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#4 球技対抗戦⑦

 試合は中盤を越えて均衡していた。

 大星の活躍もあって三回裏に二点、そして調子の戻らない相手ピッチャーを責め立て四回裏にも二点を追加し、一時は『0―4』でリードしていた天川高校。

 だが、毎回ランナーを出しながらもすんでのところで踏ん張っていたこちらの一年生ピッチャーも、徐々に相手打線に捕まり始めてしまう。


 5回、6回と共に一点ずつ返され、スコアボードは『2―4』。


 点が入ったことで精神的に立ち直ったのか、相手ピッチャーからはその後、点が取れずに迎えた八回表。


 ついに恐れていたことが起きた。


 一死二塁三塁の場面。これまで緩い打球しか飛んできていなかったライト方向に、ライナー性の良い当たりが飛んだ。大星はそれをものの見事に後ろに反らしてしまう。

 記録上は走者一掃のタイムリースリーベース。

 しかし、ほぼ大星のエラーとも呼べる代物だ。


 後続は何とか断ち切ったものの、この土壇場で『4―4』の同点となった。



「……すまねぇ」


 いつもならば笑いながら「悪ィ悪ィ」の一言で済ませそうなものだが、ベンチに戻るなり、大星は素直に頭を下げる。

 大星の中にもチームプレイとしての責任感が生まれてきていたのだ。

 幸福を得るという自分の目的だけでなく、一年生たちやマネージャーの想い、そして笹原の想いを強く感じていた。

 だからこそ試合が始まる前よりも今、数段勝ちに拘りを持っている。それゆえに自らのエラーが心苦しかった。


「先輩、なにを謝ってるんです? 記録上はエラーじゃないですよ?」


 殊勝な態度を見せた大星に笹原が言った。


「いや、後ろに逸らさなきゃ一点で済んでた。俺のせいだ」


 大星は頭を下げたまま。


「でもわざとやったわけじゃない。全力を注ぎ込んでる中に『誰のせい』も『誰のおかげ』も存在しません。それがチームってもんでしょ」


 笹原の言葉に一年生たちも頷いていた。それがまた大星の心を締め付けるようだった。


 だが、


「ちなみに先輩のエラーは最初からマイナス三点で計算してましたんで、あと一点余裕がありますよ。ま、無理に使えとは言いませんけど」


 と、続けられた言葉にはさすがに我慢ならずに顔を上げる大星。


「あぁん? 俺のおかげで四点取ったも同然だろ? 差し引いても全然プラスじゃねぇかっ」


「いや、だから誰のおかげもありませんって。チームで取った四点ですし、チームが取られた四点です」


 笹原はそう言うと、今までに見せたことのない表情を見せた。


「でも、僕たちがいま試合をできてるのは先輩のおかげですよ。この終盤になって同点とか、こんな熱くなる試合はなかなかない。滾るじゃないですか」


 何とも不敵な笑みだった。

 色々なものがかかった試合だからこそ、大星は勝ちに拘りを持った。一年生たちもきっとそうだろう。だが、笹原は心底この状況を楽しんでいるようだった。


「オメェはマジに野球が好きなんだな」

「そりゃそうですよ。じゃなきゃわざわざ転校した先々で野球部に入ったりしませんって。一人じゃできない競技ですし、そこが楽しいんですよ」


 笹原は声を高らかに上げた。


「さぁ、最終回! 声出していこう!」

『はいっ!』


 良いチームだ――。大星はそう思った。そして、意気揚々としたチームの空気は追い風になる。


 はずだった。


 九回表、山王高校の攻撃は下位打線からのスタート。七番を三振に、八番を内野ゴロで打ち取り、二死まで追い込んだ。対抗戦には延長がない為、あと一人、ラストバッターさえ抑えれば負けはなくなるところまできた。


 そこに、


「お~ぅい、なんやなんやっ勝ってへんのかいなぁ、なっさけないのう~!」


 そう大声を上げながら乱入してきたのはトラのマスクを着け、縦縞のユニフォームに身を包んだ一人の男。


 そう。虎丸一郎太だ。


 山王高校野球部一同が虎丸の元に集まる。


「いままでなにやってたんだっ」


 その内の一人が詰め寄ると、虎丸は足元のバットを拾い上げ、


「ヒーローっちゅうもんは遅れて登場するもんや。せやろ?」


 と、次のバッターを差し置いて、左打席へと立った。


「審判はん。代打や、代打。ワイが試合を決めたるわ」


 その強引さに山王野球部員はすごすごとベンチへ引き下がっていく。審判もその珍妙なマスク姿に戸惑いはしていたが、球技対抗戦自体がお祭りのようなもの。結局は虎丸を代打として認めたようだった。


 観客もド派手な登場をかました虎丸に盛り上がりを見せている。


 だが、とはいえ虎丸は野球部員ではない。試合を決めるなどと大口を叩いていても、ランナーもいないこの場面で素人と思われる相手がラストバッターとなるのだ。天川高校からすればこの上ないチャンスといえる。ベンチで見つめる笹原も特に試合を中断させることなく、バッテリーに向かって首肯するだけにとどまった。


 バッテリーはおそらく虎丸のことを知らない。この場面で投入される代打なのだから只者ではないと思っていることだろう。笹原はそれでいいと考えたのだ。敢えて相手が素人だと知らせず、その上で真っ向勝負を指示した。寸分の油断もないように。


 そうして放たれた第一球目、アウトコース低めに外れるボール。


 まずは様子見といったところだろう。狙い通りの投球であると示すように、キャッチャーが頷く。


「なんや、ビビっとんのかい」


 虎丸が一人ごちるが、誰もそれには相手をしない。


 そして続く二球目のことだった。


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