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#4 球技対抗戦④

 すでに山王高校の試合前練習が始まっている。持ち時間は二十分ずつ。この後には天川高校の練習時間があり、その後すぐに試合開始だ。


 大星はそれまでに考えを纏めておかなくてはならなかった。

 どうすれば野球部員たちの幸福を増やすことできるのか、だ。


 大星は棄権もせず、当然ながらわざと負けたりもせず、予定通りに試合を行うことこそがそれに繋がると考えていた。脅迫に関してはそれに屈しないという確固たる意志を見せればどうとでもなる。

 簡単にいって、自分が虎丸をブッ飛ばせばいいと思っていた。


 仮にこのまま試合を行い、そしてこちらが勝ちでもすれば、虎丸は間違いなく見竹マネや一年生たちを不幸にしようとするだろう。


 それを阻止すべく、大星が割って入り、虎丸をブッ飛ばす。


 確かにその場は凌げるかもしれない。

 が、神使が絡んできているとわかった今、それで解決に至るとは思えない。


 なにせ相手の脅迫は危害を加える、襲う、といった物理的なものではなく、もっと本質的なもの。いわば幸福を人質に取られたのと同意なのだ。

 しかも実際に手を下すのは虎丸ではなく、神使であるがゆえ、それにどう対応すればいいのか見当もつかない。


「……あぁん? まてよ」


 そう、相手は神使なのだ。いくら虎丸が笹原を脅したって、神使がいなければ誰かを不幸にすることなどできはしない。ましてや神使がそんな悪事に加担するだろうか。


 神使のことは神使に訊くのが一番なのだろうが、生憎とくろことましろは未だその姿を見せていない。祈里の準備とやらに時間がかかっているのか、そもそも試合には興味なく虎丸をブッ飛ばすシーンだけを見にくるつもりなのかはわからないが、今この場にいない誰かを頼ることはできない。


 そう大星が思った時、ふと虎丸の姿が確認できていないことに気が付いた。思い返してみれば、記憶の中にある虎丸一郎太は終始マスク姿だったのだ。素顔など知らないし、昔の話だ。雰囲気もあの当時と変わっているかもしれない。


「なぁ、例のアイツってどれよ?」


 アップを始めている一年生たちに指示を出している笹原を捉まえてそう訊くと、


「いやそれが、まだきてないみたいです」

「あぁん? んなはず……」


 神使がいる以上、虎丸だってもう到着しているはず。

 そう思いはしたが、いないならいないでそれは好都合にも思えた。

 このまま姿を見せないということはさすがにないだろうが、今ならトラ神使との接触が可能。先程までは山王野球部が近くにいたが、練習が始まったことでトラの近くには誰もいなくなっている。

 この機を逃す手はない。


 大星は思い立ったがままに三塁側へと移動した。

 試合前のランニングを装い、何食わぬ顔でトラ神使の隣まで行き、これまたわざとらしく一息をつく。

 あくまで練習風景を見学していますといったように、目線をグラウンド方向に向けてから、その口を開いた。


「おい、トラ」


 その呼びかけに、トラは伏せたまま「んー?」と視線だけを動かすと、


「あっじぶん、さっきからウチにごっつ熱っつう視線を送ってくれとった男前やぁん」


 どうやら大星が見ていたことに気付いていたらしい。

 それをどう捉えたのか、トラはなかなかに艶っぽい声を上げながら四本足で立ち上がり、大星の目の前へと歩み寄る。


 近くで見ると凄まじい迫力だった。

 さすがの大星も固唾を飲まずにはいられず、一気に背中から冷たい汗が噴き出すのを感じた。


「もしかして、ウチに一目惚れしてしもたん?」

「ん、おぉ?」


 固まってしまった大星はろくな返事も返せない。が、トラはこれまたそれをどう捉えたのか、


「なんや緊張してはんの? しょうがあれへんなぁ」


 と、その場で瞬く間に人の姿へと変わってみせた。


 現れたのは、身長は大星よりもやや小さく、光沢があるウェーブがかった美しい髪が胸元まで伸びた女の姿だった。

 その身に纏った虎柄の着物は豊かな胸と細い腰元を強調しており、ミニスカートのような丈の長さの為、そこからはスラリとした脚が顔を覗かせている。


 見た感じでいえば、大星よりも少し上の年代。

 くろことましろとはまた違うその派手さと色っぽさに少々戸惑いを隠せないが、トラ姿よりは幾分話し易く思えた。


「……やっぱ神使か」


「せや。大阪の寅坂とらさか神社の神使、名は『こがね』といいます。気軽に『こがね』って呼んでやぁ」


 こがねは上目使いでそう名乗ると、大星の腕に軽く触れながらその身を寄せて、


「じぶんのお名前も教えてくれへん?」


 と、訊いてきた。透き通るような胸の谷間が物凄い主張を見せてきて、思わず胸がドキリと高鳴ってしまう。

 大星はそんな雑念を振り払うように「矢場大星だ」とわざとぶっきらぼうに名乗った。


「ええ名前やん。で、その大星はんはウチになんの用があるんかなぁ? 会ったばっかで好きや言われてもウチ、困ってまうんやけどぉ?」


 そう言いつつも、こがねはまんざらでもなさそうな顔をしている。

 が、どこまで本気なのかもわからない。

 このまま相手のペースに合わせていてはいけない、そう感じた大星はいつも以上に眉間に力を込めた。


「ツレはどうした?」

「あ、イッチーのこと知ってはるんや。何か準備する言うてたけど、もうすぐくる思うんよ」


 イッチーとは虎丸一郎太のことだろう。

 こがねは大星を誘惑でもするかのようにベタベタと引っ付いてくる。


「オメェ、ヤツがウチの野球部脅してんの知ってんだろ」


 大星が鬱陶しそうしながらにそう言うと、こがねはサッと大星から手を離し、


「ああ、そんな話なん。ガッカリやわぁ」


 と、つまらなさそうに髪を弄り始める。


「まさかマジに加担したりしねぇよな?」


 神の使いがそんな悪さを見逃すはずがない。脅迫自体が虎丸の独りよがりなら、何の遠慮もせずに叩きのめせばそれでいい。そう思った。そうであれば話が早い。


 しかし、大星の考え通りには事は運ばなかった。

 こがねが首を横に振ったのだ。


「ウチはな、惚れた男の為にはどんなことだってする女なんや。イッチーが罪もない人から幸福を奪え言うんなら、ウチは迷わずそうするし、実際にもうしてもうてる」


 こがねはそう言って一塁側に目を向けた。


「あの子や」


 細く綺麗な人差し指が差す先にいたのは、笹原だった。


「アイツからはもう、幸福を奪ったってことか?」


 こがねは頷いた。


「イッチーは『身をもって知ればわかるやろ』言うたたわ」


 虎丸は『不幸にする』という脅迫が嘘ではないことを笹原に身をもって知らしめる為に、こがねにその幸福を抜き取らせた。

 おそらく脅す際にでも笹原に対して「お前の身にも不幸が起こる」などと言っていたのだ。そして実際に笹原は怪我をした。

 しかも虎丸自身に怪我をさせられたわけではない。練習中の怪我という偶発的に身に降りかかったはずのその不幸が、笹原にはまるで虎丸に掛けられた呪いのように感じたことだろう。

 虎丸に対して異常なまでに恐怖を感じていたのは、自らの勘によってこがねの存在を感じ取っていただけではなく、そういった策に嵌っていたこともあったのだ。


「……とんだ悪党じゃねぇか」


 幸福が無いこと、不幸なことがその人にとってどれだけ辛いことなのか。それをまるで気にもしていないような暴挙に、大星のはらわたは地獄の釜のように煮えたぐっていた。

 ましてやその理由が己が身の保身、しかも『のぞき』という低俗な罪の恩赦とあらば、もはや地獄の業火すら生ぬるく感じてしまうほどだ。


「ウチだってわかっとるんや。でも……、惚れた弱みいうんかなぁ。ダメな女なんや、ウチ」


 こがねはよほど虎丸のことが好きらしい。

 昔の姿や最近の話からは、虎丸の一体どこに惚れる要素があるのか皆目見当もつかないが、大星に女心などわかるはずもない。それが神使ならなおさらだ。


「せやからな、もしイッチーの学校が試合に負けるようなことがあれば、ウチはきっとたくさんの人を不幸にするやろ。きっとじぶんのことも不幸にしてまうわ。悪いことは言わんから、棄権なりわざと負けるなりした方が身の為やよ?」


 試合の結果次第では、こがねは間違いなく実行に移すだろう。そうなった時、大星の力でそれを阻止できるかはやはり困難だといえる。


 だが、すでに大星の中ではそんなことはどうでもよくなっていた。


「悪ィけどオレはよォ、もうその『不幸』ってヤツなんだわ」


 すでに大星の幸福は全て抜き取られ、穂月の一部となっている。


「……わざと負けたりはせぇへんってこと?」

「試合なんてやってみねぇとわかんねぇ。そっちが勝ちゃそれで話は終わり。こっちが勝ってもオメェはしたいようにすりゃいいさ」


「じぶん以外も不幸になってまうかもしれんのやよ?」

「そうなったときはオメェとバカ野郎をぶっ殺して、奪われた幸福全部奪い返してやる。こっちにも神使がついてっからな。やろうと思えばできんだよ」


 大星は許せなかった。

 現在不幸で苦しむ穂月を初め、病気に努力で打ち勝った奈智や、今まさに戦っている祐佳の顔まで浮かんできていた。

 その重みを知らずして、いたずらに不幸な人間を増やそうとする虎丸に、自らの感情を抑えておくことなどとてもじゃないができなかった。


 大星の言葉に偽りがないことがわかったのだろう。こがねは茫然と大星を見つめている。


「オメェの大事なバカ野郎がきたら伝えろ。首洗って待っとけって、な」


 大星はそう言い放ち、自陣へと戻る。


「……」


 その後ろ姿を、こがねがいつまでも目で追っていた。


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