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#4 球技対抗戦③

 通常、ここ天川高校は土曜日でも授業が行われているが、本日は丸一日球技対抗戦に当てられていた。もちろん全校生徒が各競技に参加するわけではないのだが、それでも登校は義務付けられており、一応は応援か自習を選べるようになされている。主に受験を控えた三年生への配慮だろう。事実、一、二年生はそのほとんどが応援に回り、三年生の姿は疎らだ。


「おっ、もう揃ってっか」


 そんな数少ない三年生参加者の一人である大星は、集合時間を五分ほど過ぎたところで天川高校グラウンドへと顔を出した。ユニフォーム姿がまるで似合っていない。


「あれだけ大口叩いておいて逃げ出したのかと思いましたよ、先輩」


 着いて早々に突っかかってきたのは笹原だ。大星同様にユニフォームとなっているが、こちらは見事に様になっている。どこからどうみても高校球児だ。


「その格好、腹括ったか」


 そう言い返すと、笹原は神妙な面持ちで大星の袖を掴み、「ちょっといいですか」と部員たちから距離を取った。


「矢場先輩は虎丸一郎太のこと、どの程度知ってるんですか?」


 どの程度? おかしなことを聞いてくるなぁ、と大星は思った。


「あぁん? ガキの頃に顔合わせたことがあるだけだ。まぁ今でも頭のネジが十本くらいブッ飛んでるってことは想像はついてる。そんくれぇだけど?」


 すると笹原は「頭だけじゃなく見た目もブッ飛んでますけど」と付け加え、


「アイツは、ただの不良じゃない……、と思います」


 そう言った。

 その表情は複雑だが、確かに恐怖の色も含まれている。


「どういう意味だ?」


 大星が聞き返すが、笹原は首を傾げ、考えながらその口を開いた。


「その、上手く伝えられないんですけど……、アイツを前にした時、こう、震えがきたんですよ」

「そりゃオメェ、脅されてビビったんじゃねぇのか」


「いや、ビビったって言われればそうかもしれませんけど、見た目とか不良だからとかじゃないんです。もっと、ええ、何て言えば……、悪寒というか、不穏というか……」


 現在の虎丸がどんな外見をしているかは知らないが、不良という枠で見るならば大星も似たようなものだろう。笹原はそんな大星に凄まれた時、全く持って怯んだ様子を見せなかった。

 事情を抱えていたとはいえ、元来の性格として度胸が据わっているタイプだと思われる。

 にもかかわらず、虎丸に対しては脅しに従ってしまうほどの『何か』を感じたという。


 大星は奈智が憂慮していたことを思い出した。

 笹原が何を脅され、何に恐怖を感じていたのかを気にしていたのだ。


「要するにだ、オメェは脅しの内容云々じゃなく、ヤツ自身をヤベェと思ってんのか?」


「まぁ……、そう、ですね。僕は転校ばっかしてたんで、その学校その学校でいろんな人間を見てきました。そのせいかわかりませんけど、絶対にコイツにだけは近付いちゃダメだっていうヤツがなんとなくわかるんです。そんなことで、って思うかもしれませんが……」


 要するに『勘が働いた』とでもいえばいいのだろう。確かにそれでは誰かに相談するにしても危機感を上手く伝えることは難しそうだ。

 それに転校生という立場、そしてまた転校すると決まった立場。

 そういったモノが、なるべく場を荒立てないようにしよう、という感情をも生み出しているのかもしれない。


 そう大星が思った矢先のことだった。


「あの、笹原くん、山王の皆さんが着いたみたいだけど……」


 と、見竹マネージャーが呼びにきた。見竹は大星には視線すら向けてこず、むしろわざと見ないようにしているといった雰囲気がありありと感じられた。どうやら先日の一件ですっかり印象を悪くしたらしい。


「わかった、すぐ行くから」


 笹原がそう言うと、見竹は心配そうにしながら戻っていく。


「先輩、僕がここにきたのは腹を括ったからじゃない。先輩を説得する為です。正直、先輩のような人が本気で試合に出るなんて言っているとは思ってなかった自分も悪かったです。でも、やっぱり虎丸には逆らわない方がいい。アイツは、僕がいままで見てきた中で一番ヤバイ」


 笹原は真剣だった。


「今から両校の試合前練習があります。試合開始までに隙を見て、わざと負けることを虎丸に伝えに行きます。もうそれしかないんです。これ以上、邪魔はしないでください。でないと、僕は先輩をバットで殴ってでも試合を止めなくちゃならなくなる」


 両校が集合した今から棄権をするというのは難しい。生徒や教師など、衆人環視の中でそれをしてしまえばその理由を説明せねばならないし、何より目立つ。噂にもなるだろう。

 こうなった原因を考えればそれは望ましくない。いたずらに相手の逆鱗に触れることになり兼ねないのだ。

 残るは降伏の意志を示すこと、となるわけだ。笹原はそうすることが最も自分たちが傷つかない道だと考えている。


 大星も考えざるを得なかった。試合を取り行うこと自体が大星の目的ではない。野球部連中の幸福を増やし、そこから少し分けてもらうこと。それが達成されればいい。

 ここにきて笹原の意見を否定することがそこに繋がっていくのか、大星は慎重にならざるを得なくなった。

 それほどまでに笹原の言葉には鬼気迫る何かがあったのだ。


 笹原は部員たちの元へと歩み始める。大星もそれに続く。


 そこに山王高校野球部たちの姿が目に入った。


「おいっ、あれ、なんだ……?」


「……なにがですか?」


 大星の視線の先を見て、笹原は訝しげに首を傾げている。


「あぁん? いや、いい……。それよりオメェ、野郎になんつって脅されたんだ?」

「え、ああ……、ご想像の通りだと思いますけど。僕が転校することを向こうも知ってたみたいで、棄権しなければ一年たちやマネージャーを、と」


「を――、なんだよ?」


 大星は山王高校野球部が集合する三塁側を見つめながらそう訊いた。なぜそこまで訊くのか、笹原は不思議そうにしつつも答えた。


「『不幸』にする、そうですよ?」


 笹原は大星にそう告げて、一度部員たちの元へ戻っていく。


「っつうことは……」


 さすがにこの距離だと勘が働かないのか。それでも笹原はなかなかに鋭い男なのかもしれない。


 虎丸を前にして感じたという悪寒、不穏な空気。

 今まさにその正体が大星にも『見えた』のだ。


 三塁側ベンチ付近。山王高校野球部員たちを見守るかのように佇んでいるその姿は、人よりも一回り二周りは大きく、黄色に黒の縦縞模様が入っている。


 そこには紛れもなくトラがいた。そう、タイガーだ。


 しかし、グラウンドに集まった生徒たちは誰一人として騒ぎ立てていない。かといって、その存在を認めているわけでもない。


 気付いていない。

 見えていない。


 獰猛かつ雄大なその姿が日常風景の中に佇む様はどこか滑稽に見え、大星も驚くより、妙に納得してしまっていた。


 特定の人物にしか見えない動物。すぐに思い浮かぶのは――。

 くろことましろ、だ。


 そして、虎丸の「不幸にする」という脅し文句。

 不幸とはすなわち幸福が無い状態のこと。

 その幸福を抜き取ることができる存在。


 すなわち、――神使。


「ってことだよな」


 そのトラを見つめながら、大星はそう呟いたのだった。


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