#4 球技対抗戦①
「矢場先輩」
球技対抗戦当日。
一月一三日、土曜日、早朝。卯上神社前。
声をかけてきた笹原の表情は険しく、「余計なことをしてくれたな」とでも言いたげな殺気すら篭っていた。
「なんだ、んな顔して。待ち伏せか? 相手が違うんじゃね?」
笹原が抱えた事情に見当がついた今ならばいつぞやのように怯むことはない。
「………何の話ですか? 僕はただ先輩に、試合に出るのを止めてほしいと言いにきただけです」
「はぁ? んなことなんでオメェに指図されなきゃいけねぇ? オレは野球部のかわいい一年生たちが試合できねぇって困ってたからよォ、尻尾巻いて逃げたどっかのチキン野郎の代わりに試合に出てやるっつってるだけだぜ?」
そう言われた笹原は「くっ」と歯を食いしばり、拳を握った。それは悔しさではなく、明確な怒りの表れだった。
「先輩には関係ない。これはオレの問題です」
「オメェのじゃねぇ。野球部の問題だろ?」
「……一緒ですよ。どうしても試合を辞退してくれないなら……」
笹原は一歩前に踏み出して、大星のことを睨みつける。しかし、大星はその睨み合いには応じずにスルリとその身を翻した。
「ならなんだ、オレを殴ってでも止めるってか? だから相手が違ぇだろって」
無言で睨み続ける笹原だったが、
「虎丸」
と、大星がその名を出した途端、見るからに顔色を変えた。
「……やっぱそうかよ。マジに殴らなきゃいけねぇ相手、オメェだってわかってんじゃねぇか」
「そんなことっ……」
声が震えていた。
「できるわけねぇってか。まぁ確かに、野球部のオメェが他校のヤツをぶん殴っちゃ色々とマジぃよな。学校内のケンカとはわけが違ぇし」
大星はそう言うと、肩から提げていたケースから金属バットを取り出し、この前の仕返しといわんばかりにホームラン予告の格好でその先端を笹原へと向けた。
「だからよ、オメェができねぇならオレが代わりにやってやる。それなら文句ねぇよな?」
「…………」
眉間にバッドが向けられているにもかかわらず、笹原は一歩も退かない。複雑な表情のままで大星を見てはいるが、それ以上一言も発しなかった。
「フン、まぁいい。オメェも試合はベンチに入れ。このオレをブン殴ろうとするくれぇの気合があんならよォ、脅されたくれぇでビビってんじゃねぇよ、バカ」
大星はそう言い放つとバッドを肩に乗せ、笹原をその場に残して卯上神社の境内へと入っていく。
「これさえなければ僕だって……」
包帯が巻かれた左手を見つめながらの呟きは、大星の耳には届かないほどか細いものだった。
社務所を覗くと祈里の姿はなく、境内にも相変わらず人の気配がなかった。まだ寝ているのか、母屋の方にいるのかもしれない。
「おぉい、くろしろっ」
「あーい」
「あ、おはようございます、大星さん」
大星が呼ぶと、二匹のウサギが本殿から元気一杯にその姿を見せた。
「サト姉どした? まだ寝てんの?」
「ううん、もう起きてるみたいだけど」
「なんか準備があるからってさっきから部屋に閉じこもってます」
現在は七時ちょうど。プレイボールは十時なのでまだ時間は十分にあるが。
「あぁん? なんだよ準備って。もしかして化粧でもしてんのか?」
今日、祈里はラブレターをくれた相手と顔を合わせるのだ。口ではストーカーだなんだといいつつも、そう言った見栄くらいは張ってもおかしくはない。
「ん~、どうだろ。なんかバタバタしてたけどね~」
「大星さん、祈里ちゃんに御用ですか? いまから穂月ちゃんのとこに行くんですよね?」
大星はいつもどおりに穂月の元へ顔を出してから登校するつもりだったのだが、その前に祈里に伝えておかなければならないことがあった。
あの大福の件だ。
穂月には祈里の手作りだと伝えてしまったが為、その口裏を合わせておく必要がある。が、急ぐ話でもない。
「ああ、まぁ、後でもいい。じゃあオマエらさ、今日はサト姉と一緒に学校こいよ。この時間だとどうせ穂月のとこには連れてけねぇし」
「うん」
「わかりました」
「じゃ、後でな」
神社を出ると、そこにはもう笹原の姿はなかった。しかし、さすがにアレだけ言っておけば試合にも顔を見せるだろう。
大星はそのまま岬病院へと足を向けた。