#3 野球部の事情⑧
「今は三年生らしいよ。その虎丸くん」
「へぇ~、タメだったんか。で、そのストーカー野郎はここにも顔出してきたんか?」
過去の過ちを告白し、ラブレターを送り、はたまた思い人の母校にまで入学するのだ。当然、祈里の周りをうろついていてもおかしくはない。
「い、いや、それがね……、その山生に合格したって報告の手紙にさ、こう書かれたんだよ。『卒業したらプレゼントを持って迎えに行く』「それまでは手紙だけで」……って」
そう言って祈里は崩れ落ちた。
虎丸一郎太を思い出すことはよほど心身にダメージを与えたようだ。神社を傷付けられた被害者であるくろことましろですら、そんな祈里の様子にいたたまれなくなったようで、気遣うように鼻先をちょんちょんと当てている。
「ハァ……、まぁソイツがバカでイカれたストーカー野郎ってことはわかってけどよォ、問題は部長くんがなんでそんな野郎に会いに行ったのかってことだよな。元々ツレだったとかか?」
「う~ん、残念だけど二人の関係はわからなかったの。もしかしたらその虎丸くんも野球部なのかなぁって思って山王の子に訊いてみたんだけど、どうにも部活とかに打ち込むようなタイプではないみたい」
奈智はそう言うと、チラッと気まずそうに大星の顔を窺った。それだけで何が言いたいのかはわかってしまう。
「ああ、不良ってことな。まぁオレは違うけどよ」
「あ、そういう意味じゃないよ。うん、わかってる」
奈智はパタパタと手を振った。そう見られがちな自分を気遣って不良という言葉を使いたくなかったのだろうことくらい、大星もわかっている。
「でもね、山王野球部には仲の良かった友達がいたみたいでね。冬休み中に一緒になって問題を起こしたらしいの」
「問題? ケンカとか?」
野球部員がケンカなどして不祥事を起こせばそれなりの処分が下されるだろう。もしかすれば笹原はそれに巻き込まれた口か。大星はそう思ったのだが。
「のぞきだって」
「……あぁん?」
「なんか女子テニス部の更衣室をのぞいたのがバレて問題になったんだって。それで本当なら野球部に活動停止処分が申し渡される予定だったんだけど、対抗戦が間近でしょ? 山王の校長先生は対抗戦にすっごく力を入れてるから、そこで勝てば恩赦って話が付いたみたい」
「つってぇと……、山王野球部はバレちまったのぞきを見逃してもらう為に対抗戦に勝たなくちゃならねぇ。だからこっちに棄権しろって迫った。そういうことか?」
「どうかなぁ……。今のところはそんな感じだと思うけど……」
奈智は自信なさげに頷いた。
「ハァァァァァ? バッッッッッッカじゃねぇの! くっだらねぇ! こんなくだらねぇ話がホントにあんのかよ? 真面目に考えてたオレらの方がバカみてぇじゃねぇか」
大星はバタンと大の字で寝転がった。付き合いきれない。そんな想いが込み上げてきた。
「でも、矢場くん。もしそうだとしてもさ、笹原くんが脅されているってことになるし、それを何とかしなくちゃいけないんじゃない?」
「奈智よォ、出歯亀する様なクズどもに大した脅しなんてできっこねぇよ。どっちにしろ部長くんは試合には出らねェし、まぁオレがこのまま代役するにしてもだ、それにサクッと勝った後にでもストーカー野郎をブッ飛ばせばこの話は万事解決すんだろ」
奈智はやや不安な面持ちではあったが、大星はまるで一仕事終えたようにう~んと伸びをした。
「なによ大星、明日、虎丸ブッ飛ばすわけ?」
どうやら崩れ落ちたまま耳を傾けていたらしい祈里が顔を上げた。
「ああ、ブッ飛ばす!」
「んじゃ、アタシもそれ見に行く」
「おお、こいこい。何ならサト姉も一緒にブッ飛ばそうぜ」
大星が半分冗談でそう誘うと、祈里はニヤリと笑みを浮かべた。思わぬところでストーカーへの恨みを返す機会ができて喜んでいるようにも見える。
「くろもブッ飛ばすわっ。イタズラの恨みを晴らすのっ!」
「じゃ、じゃあ、しろもっ」
何だか妙な盛り上がりを見せ始める一同を、奈智だけが不安そうに見守っていたのだった。