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#3 野球部の事情⑦

「ささっ、気を取り直して話を始めましょう。アタシも聞いててあげるから」

「アンタが仕切んのかよ……」


 酒を没収。部屋の空気も入れ替え、大量の水を飲ませ、ようやく落ち着いたところに祈里がそう宣言した。

 多分、仲間外れにされるのが嫌だったのだろう。

 そこで頼んでもいないのに司会進行役を買って出てきた。


「ハァ、ま、いいか。まずオレな……。つっても野球部の一年からはあんまりそれっぽい話は聞けなくてよォ。まぁ、やっぱ怪我が原因とは考えられねェってことくらいだな」


 笹原が怪我したのは一月九日、今日より三日前の練習中だったらしく、対抗戦を棄権すると皆に明言したのがその翌日のこと。

 だが、九日の練習前ミーティングではすでに心ここに非ずといった様子でおかしかったという証言があった。

 冬休み中も大みそかと元日を除き、現チーム最後の試合となる対抗戦に向けて、意気揚々と練習を行っていたそうだ。


「ふむふむ。そのささ、佐々木くん? お腹が痛かったんじゃないのかなぁ~?」


「でだな、その様子がおかしくなったってのがな――」


 知ったような顔で話に割り込む祈里を無視し、大星は話を続ける。

 それに祈里は口をパクパクさせ茫然とし、やがて諦めたようにくろしろを抱いて小さくなった。


「どうにもよォ、その九日にいきなりだったみてぇなんだよ。要するに、その前日の練習後から、その日の練習が始まるまでの間に野郎に何かあったんだな。けど、それがなにかまでは一年の連中もわかんねぇらしい」


 笹原には大星が代役として対抗戦に出場することは見竹マネージャーから伝わっていはずだ。どうしても試合を執り行いたくない理由があるならば、それまでに必ず阻止しようと動くと考えられる。

 最悪でも、本番前までにはもう一度本人に問い詰める機会がある。


「多分、それと関係していると思うんだけど――」


 奈智がそう切り出した。


「その九日の朝、登校前にね、笹原くん、どうやら山王高校に顔を出してたみたいなの」

「あぁん? わざわざ朝にかよ?」

「うん。まぁでもね、わざわざっていうほどでもないみたい。笹原くんの家、山王高校の近所らしいから」


 さすがは奈智である。すでに笹原の住所まで調べてあるようだ。


「んで、野郎はなにしに山王に顔出したんだ?」

「人に会いに行ったみたいだよ。確か……」


 奈智はポケットからメモを取り出してパラパラとめくる。


「そうそう。『虎丸一郎太とらまるいちろうた』っていう人を呼んでくれって校門のところで頼んだんだって。でも結局、その時はその虎丸くんがまだ登校していなくて会えなかったみたい」


「と~ら~ま~る~、ですって~~?」


 その名になぜか祈里が反応を見せた。放っておかれたことで不貞腐れていた表情が見る見るうちに鬼の形相へと変わっていく。


「サト姉、ソイツ知ってんの?」

「知ってるも何もないっ! 大バカ野郎のストーカーよっ!」


 完全にスイッチが入ったようだった。


「って二人ともさっ、なにスカした顔してんのよっ? 覚えてないの!?」


「あぁん?」


 大星はその名前に心当たりがなかった。

 特徴的な名前であるが故、もし一度でも耳にしていれば記憶の片隅くらいには残っていそうではある。

 奈智も「ん~?」と首を傾げているので覚えがないのだろう。


「えぇ、嘘でしょう? って、あ~、ああ。名前知らなかったっけ? ほらほらっ、十年くらい前にさ、たまにこの辺に現れて暴れまくってた悪ガキよ。通称『スーパータイガーマスクマン』。覚えてんでしょ?」


 ――スーパータイガーマスクマン

 大星も奈智も、それについては良く覚えていた。


 昔、夏休みや冬休みなど、学校が長期休暇に入った時にのみ現れる悪ガキがいた。ソイツは現れるたびにいつもトラを模したマスクを被り、縦縞の入った法被を着て、この辺りを暴れ回っていたのだ。

 特にここ卯上神社はその標的とされ、かなりの被害を受けていた。

 当時からこの近所に住む者なら誰でも一度は目にしたことがあるだろう。


「あ~、いたいた。あのバカな。アイツがくると穂月がビビるからよォ、オレ何度かケンカしたことあんわ」

「うん。私も覚えてる。一時期かなり話題になったよね~」


 休みが始まる直前の学校では、そのトレードマークであるマスクと法被の絵に『こんな子には気をつけましょう』と書かれたプリントが配られたことまであった。


「アレが虎丸一郎太よっ!」


 祈里が酔いではなく怒りに顔を真っ赤にさせて声を荒げた。


「マジかよ……。でもソレなんで知ってんの? アイツいっつも自分は『スーパータイガーマスクマン』だっつって名乗んなかったろ?」


 大星はケンカした際に名前を訊いたり、顔を見ようとマスクを剥がそうとした時もあった。しかしそれは叶わぬまま、いつの日か忽然と姿を見せなくなったのだ。


「いつだったか忘れたけど、とにかくだいぶ前にね、その虎丸からアタシ宛に手紙が届いたのよ。昔、イタズラしてたのは自分でしたって、ね。当時は大阪に住んでたらしくて、こっちに親戚がいたんだって。んで、こっちに遊びにきた時に暴れまくってたらしいの」


「はぁ。でもなんでそんな手紙よこすんだ?」


 大星が不思議そうに首を傾げると、どうやら奈智には思い当たる節があったらしく「もしかして」と声を上げた。


「なっちんわかる~? そ、そうなの……、その手紙ね、ら、らら、ラブレターだったのよぉ~! たまたま見掛けたアタシに一目惚れして、どうしても近付きたかったから神社にイタズラしてしまいました~とか書いてあったわ」


 憤って赤くなっていた祈里の表情が、まるで寒中水泳でもしたかのように真っ青になっていく。よほどそのラブレターとやらが不快だったらしい。


「そ、そんでね、アタシの方からは当然だけど、返事なんて出さなかったわけ。いきなり好きでした~とか手紙よこされても困るし、むしろさ、神社にイタズラされまくってたこと思い出して怒りが沸いてきたの」


 大星と奈智は「あ~」と納得していた。なにせ虎丸の蛮行は好きなクラスメイトの女の子にちょっとちょっかいを掛けたというレベルではなかったのだ。

 境内にはスプレーで『スパータイガーマスクマンさんじょお』と落書きされ、灯篭は倒され破壊され、木の枝は折られるわ、鳥居に立ちションされるわ、もはや災害級の被害だった。


「そしたらね、しばらくしてまた手紙が来たのね。正直迷ったんだけど、一応さ、目を通したわけよ。もうね、ほん~~~~~っっっっっとにそんときは鳥肌立ったわ」


 祈里はそれを思い出すように両手で両肩を押さえ震えていた。


「アタシってさ、山王高校の卒業生じゃん? どこからかそれを知ったんだろうけど、アイツね、わざわざ高校進学の時に大阪から出てきて山王に入学しやがったらしいのよぉぉぉぉ」


 悲鳴交じりで訴えてくる祈里を、奈智は同情したような目で見つめていた。同じ女の立場として、そのストーカー振りに嫌悪感を抱いているようだった。


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