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#3 野球部の事情⑥

 真っ暗な境内。


 葉の落ちた木々の影。


 ひっそり佇む石像や装飾の数々。

 

 お祭りでもない限り、夜の神社といえば普通は物々しい雰囲気が漂っている。夏ならば絶好の肝試しスポットにもなり得るだろう。

 しかし、ここ卯上神社はそうではない。


「およよ~、たいせ~い! もう戻ってきたの~。あっ、なっちんじゃ~ん! ごぶさたごぶさた~。ほらっ、早く上がってきなよっ。こっちで一緒に一杯やろやろっ?」


 その元凶は全て、この卯上神社の巫女である佐兎山祈里にある。


 祈里が顔を出す社務所の窓からは煌々とした灯りが洩れており、それは境内にまで届いている。ましてや酔っ払いのアハハという甲高い笑い声まで聞こえてきては神社の持つ『薄気味悪さ』というアイデンティティは完全に損なわれているといえよう。


 卯上神社の夜はこれが平常運転なのだ。


 たとえシーズン真っ盛りでも、ここで肝試しをしようと思う人はいない。


「あ~、祈里ちゃんは相変わらずだぁ……」


 奈智も変わらぬ祈里の様子に苦笑するしかない様子だった。


「ていうか、矢場くん。さっきまでここにいたんだね。もしかしてそれかな?」


 奈智がそう指差したのは大星がずっと肩から提げていた筒状のケースだ。


「ん、あ、まぁ……。いやいや、言っとくけど練習とかじゃねぇから! ただの運動だし!」


 中身は野球部から借りてきた金属バットだ。穂月の元へ顔を出す前に、大星はここで素振りをしていた。


「コイツってばねぇ~、ガラにもなく必死な顔してバット振ってたんだよ~。しかもかれこれ三時間くらい! アタシはそれ肴にしてずっとお酒飲んでたけど。アハハハハハ」


 祈里がはしたなく笑う中、奈智は肩をすくめて「へぇ~」と流し目を大星に向けた。


「あぁん? ななななんだよっ。別に運動すんのはオレの自由だろっ」


 そう言った大星の顔が赤いのは寒さのせいだろうか。


「あ~、それよかサト姉よォ、これから大事な話すっからさぁ、ちょっと中に入れてくれよ。外寒ィんだ」


 大星が話の矛先を変えると、祈里は「ささ、上がってきなぁ」と二人を呼び込んだ。

 くろことましろはここに到着した時点でウサギ姿に変わり、すでに窓からピョンと社務所内へ入っている。大星と奈智はそそくさと玄関からお邪魔した。

 社務所自体は小さな建物だ。奥に台所とトイレ、それに物置きがあるが、部屋は祈里が陣取っている窓口付きの一室があるだけ。


「…………」


 その部屋に足を踏み入れた大星と那智はその惨状に絶句した。


 十畳ほどの広さがある畳部屋の中心には網が乗せられた火鉢が置かれ、その上でパチパチと餅とスルメが踊っており、隅の方にはボーリングができるほどの空になった一升瓶が転がっている。

 その他、漫画や雑誌、携帯ゲーム機までが散乱し、おみくじが入った小さな棚や絵馬、お守りなどの授与品が並ぶ箱も窓口の傍に置いてはあるが、もはや完全に祈里の私室と化していた。


 しかもその部屋の主である祈里は巫女装束を肌蹴させ、更に紅潮した頬と相まって、かなり扇情的であられもない姿となっていた。

 祈里はフラフラと立ち上がると、手にしていたコップに並々とお酒を注ぐ。


「さささ、かっけつっけ一杯っ」


 そして陽気な拍子を踏み、それを大星に渡した。


「おいおい、それでも巫女かよ。酒とかいらねぇから、どうせなら熱いお茶でも入れてくれ」

「お茶~? お茶って何よ! アンタそんなもん飲んで酔っ払えるっていうの!?」


 大星が真っ当な断りを入れると、祈里は酔っ払い特有の意味不明なキレ方をした。


「ほら、祈里ちゃん。私たち未成年だから、ね?」


 奈智も困り果てた様子だった。


 この時点で、二人はすでに来る場所を間違えたと後悔していた。


「コラッ祈里ッ! からまないの!」

「お二人はこれから大事なお話をするんだよ!」


 くろしろが仲裁に入る。さすがはここの神使だけあって、この酔っ払いの扱いには慣れている様子だった。


「大事な話~? 何が大事……、え? まさか――」


 祈里は火照った顔をいやらしく歪ませた。


「子供、デキちゃった?」


「できてねぇよっ!」

「できてませんっ!」


 こんなにもゲスな巫女、全国どこを探してもここ以外にはいないだろう。大星は頭を抑え、その隣では奈智が顔を真っ赤に染め上げている。


「ったくよぉ、穂月の話に決まってんだろ? ちょっと酔い覚ましてくれや」

「あ~、なになに大星。アンタ、あれだけ大口叩いていたくせになっちんに手伝ってもらってんの? なっさけないわねぇ~」


 痛いところを突かれた大星は思わず言葉に詰まってしまう。なにせ手伝ってもらっているどころか、いまのところ大半を奈智がになってくれているのだ。


「いいの、いいんだよ、祈里ちゃん! 私が手伝いたいって思ってやってることだから」


 奈智は大星の様子に見兼ねたのか、咄嗟にそうフォローを入れる。


 しかし祈里は「ふ~ん」と首を傾げ、


「ラブ、だね!」


 と、今日一番にいい笑顔を見せてそう言った。


 奈智の頭から蒸気が噴き出した瞬間、大星とくろしろによってその酔っ払いは取り押さえられることと相なった。


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