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#3 野球部の事情④

 学校にて。

 この時期になると授業も自習時間が多く、大星はその時間を使って野球部についてのことを色々と考えていた。


 何があそこまで笹原を追い詰めているのか。

 それがわからないことには、たとえ彼の代役として対抗戦に出場したところで意味がないように思えてならない。大星はそう感じていた。

 一番いいのはその問題を解決した上で笹原自身が試合に出て、尚且つ、それに勝利する。そんなシナリオだ。それならば笹原も、後輩の一年も、見竹マネも、皆が望むハッピーエンドとなるだろう。

 

 だが、現実問題として笹原は怪我を負っている。なら、それになるべく近付けるにはどうすればいいだろうか。


 そんなことを考えている内に放課後となっていた。


「矢場くん。私いまから山王高校に行ってくるから」


 いち早くカバンを持った奈智がそう告げに大星の机までやってきた。


「ああ、頼む。今晩、病院に顔出すからよォ、そんときに報告聞かせてくれっか?」


「わかった。ああ、それとね、野球部の一年生たちからも話が聞けた方がいいでしょ? 笹原くんに内緒で集まってもらうように言伝しておいたからね。一応、矢場くんのことも話しておいたから、きっと何か知っていれば教えてくれると思う」


 なんと奈智はわざわざ山王高校へ出向いてくれるだけではなく、大星のことまで気を回してくれていたらしい。


「な……、何から何まで、ホントにすまねぇ!」


 奈智の『デキル女』っぷりに大星はひれ伏すしかなかった。

 ゴンッと音がするほどに、額と自慢のリーゼントを机へと押し付けた。


「やっぱオメェのことはこれから様付けで呼ぶことにする。奈智様!」


「……あ、え、あの、それはちょっとやめてもらえる?」


 周りにいたクラスメイトの奇異が篭った視線が二人に集まり、奈智は慌てるように小声で興奮気味の大星を宥める。


「じゃあ一体オレはこの礼をどうやって返したらいいんだよ? ただでさえ、お前には幸福も――。あ~、なんかねぇの? 一個くらいあんだろ? このままじゃオレの気持ちが治まんねぇ!」


 様付けで呼ぶことが礼を返すことに繋がるかといわれると甚だ疑問ではあるが、とにかくそれくらいに大星の心の中は奈智に対する恩義に報いたいという気持ちが爆発していた。

 過去、これ以上誰かに感謝したことはないと思えるほどだった。


「穂月ちゃんが元気になること。それが一番だよ?」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや。そう言ってくれんのは嬉しいけどな。そうじゃねぇんだよ、そうじゃ!」


 もちろん奈智が穂月のことを思ってくれているのはわかっている。その為にいろいろと協力してくれているのもわかっている。だが、大星自身も奈智に助けられているのだ。その恩をどうしても形にしたかった。


「あ~……。じゃあ、そこまで言うなら一つお願い聞いてもらおうかなぁ」

「おうおうおう! 何だ? 靴でも舐めるか? 行き帰りを背負って送り迎えでもすっか? 何でも遠慮せず言ってくれ!」 


 もちろん奈智がそんなこと言うはずがない。が、それこそ大星は何だってするつもりだった。


「うん。坊主にしょう。そのリーゼントを丸坊主に」


「…………」


 しかし、とんでもない奈智の一言に、調子に乗って浮かれていた大星の時が停止した。

 大星にとって、このリーゼントはまさに自分の象徴だった。

 亡くなった父親もリーゼントだった。

 小さい頃に読んだ漫画の影響もあった。

 ずっと憧れており、高校生になってようやく実現させた魂そのものだった。周りの目などどうでもいいほどに、信念を貫き通すという証明でもあったのだ。


 それを刈れと。


 大恩人である奈智がそう言っている。

 

 何でもすると自分で言い出した手前、首を横に振ることは躊躇われた。


「わ、わ、わ、わかっ、わか、わかっ――」


 わかった、という一言がなかなか出せなかった。


「あ~、うそうそ! ごめんごめん! だからそんな悲しそうな顔しないで。ね?」


 大星が必死に頷こうとする表情は悲壮感がこれでもかというほどに溢れていた。奈智は大慌てで手を振ってそれを止める。


「……」


 涙目で見上げる大星。奈智はただ調子づいた大星を少しからかってみようと思っただけだったのだ。



 そして、今度こそ本当のお願いをそっと呟いた。


「……あぁん? そ、そんなことで、いい、のか?」


 だが、むしろそれは大星からすると拍子抜けしてしまうほどのことだった。


「全然『そんなこと』じゃないよぉ。穂月ちゃんも喜んでくれると思うんだけど――、ダメ?」


 もちろんダメではない。リーゼントを刈り上げることに比べたら諸手を上げて取り組むだろう。


「いや、オメェがそれでいいならオレはいい」

「うん。じゃ、約束したよ?」


 奈智は大星に向かって小指を立ててみせた。指切りした、ということだろう。


「もう行くね。また夜に」


 そして一言告げて小走りで教室を出ていった。


 大星がその後ろ姿を茫然と見送っていると、入れ替わるようにして二匹のウサギがピョンピョンと教室へ入ってきた。そして大星の机の上にジャンプ一番乗っかかってくる。


「遅いからきたよー。今日も野球部行くんでしょ?」

「どうかしたんですか、大星さん?」


 つぶらな四つの瞳が大星を捉えていた。


「……いや、なんでもねぇ」


 大星が弁当箱しか入っていない鞄を手に持ち、席を立つと、両肩に二匹が飛びついてきた。もぞもぞと首筋をくすぐられながら、大星はまだ「ホントにそんなことでいいのかよ」と心の中で思っていた。


 だが、とにかく今は目先のことに集中しなければならない。せっかく奈智が用意してくれた野球部一年たちと会合なのだ。


「オレはオレの役目をしっかり全うしなきゃなんねぇよな」


 そう、いつも以上に固く自身に言い聞かせる大星だった。


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