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#3 野球部の事情①

野球部部長の笹原から、ただならない何かを感じ取った大星。

まずはマネージャーから話を聞くことに。

 翌日、一月一一日木曜日、放課後。

 

天川高校三年四組の教室に野球部マネージャーである見竹亜子がやってきた。

 昨日の見竹は泣いてしまったことで動揺が見られ、冷静な話を訊けないだろうと奈智が判断し、この場へと持ちこされることになっていた。


 クラスメイトは全員帰宅しており、すでに教室内は大星と奈智、そしてくろことましろが陣取っている。おずおずとした見竹を中へと呼び込み、席に座らせ、その前の席と横の席に大星、奈智と腰を下ろした。くろしろは見竹の座る席の机の上にウサギ姿でジッと耳を傾けている。


「あぁん? そんなヤツがせっかくの試合を棄権しちまうのか? 要はあの野郎にとってこの学校で、このチームでの最後の試合になるんだろ、対抗戦がよォ」


 大星は机に肘をつき、納得のいかない顔をしてそう言った。


 野球部部長である笹原は今月いっぱいで転校することが決まっているらしい。どうやら親が転勤族らしく、子供の頃から数々の学校を渡り歩いているそうだ。野球が好きで、その腕も確かなのだが、高校球児の夢である甲子園は考えていないという。

野球の強豪校などは寮で暮らす生徒も多く、練習に明け暮れる毎日を送っているだろうが笹原はそうはしなかった。

弱くてもいい、勝てなくてもいい。チームで野球ができること自体が嬉しくてしょうがない、そんな男だそうだ。


「そうなんです、野球ができることを笹原くん自身が一番大事にしてます。それでも彼は怪我したから棄権するって言い張ってて……」


 一日経って落ち着いた様子の見竹がそう話す。

 しかも野球部は笹原が抜けてしまえば残すは一年生のみの八人。新入部員が入る春までは練習試合もろくにできなくなってしまう。だからこそ明日の対抗戦はより重要なものとなりそうに思える。


「怪我、怪我ねぇ……。アイツ左手に包帯巻いてたけどよォ、その怪我の具合ってのはどんなもんなんだ?」


 笹原は腕を三角巾などで吊っているようなことはしておらず、ただ左手に包帯を巻いていただけだった。


「練習中の怪我でした。打球に飛びついた時に小指を骨折しちゃったんです」

「ああ、それだとグローブがはめられないんだね」


 練習中ならば仮病という線はないだろう。


「ん~、話からすっとよ、自分が出られなくなったからつって後輩巻き込んでまで試合を棄権しようって考えるヤツじゃねぇ、ってなふうにオメェさんは思ってるんだよな?」

「はい。そう思ってるのはわたしだけじゃないですけど……。誰かに代わりをお願いすれば試合は行えますし、一年生たちだって、怪我しちゃった笹原くんを最後に勝って送り出すんだって意気込んでました」


 どうやら笹原の怪我は事実のようだが、それが原因とは考えにくい。

加えて一年生たちが笹原と一緒に試合ができないなら意味がない、というボイコット的な何かを企てている様子もない。

ともすれば、試合を棄権せねばならない原因は他に何が考えられるか。


「フン、なるほどな……」


 大星は肘をつく腕を変えて溜息をついた。


「矢場くん、何か分かったの?」


 奈智がそう訊くと、見竹マネージャーも不安そうに大星に視線を送ってくる。


「いんや、なんも分っかんねぇ」

「ちょっとっ」

「た、大星さん……」


 ぶっきらぼうに言い放つ大星に、机の上のくろことましろから非難の声が飛んだ。


「……そう」


 奈智も見竹もがっくりと肩を落としている。


「あ~、つかよォ、どうして転校しちまうヤツの言うことなんかに従ってんだ? 耳を貸す必要なんてなくねぇ?」


 大星が半ば呆れたようにそう言うと、奈智もそれに同意するように口を開いた。


「う~ん、そもそもね、この対抗戦は学校同士の行事なの。本当に止む追えない場合じゃないと棄権なんてできないわ。たとえ野球部全員が出ないって言っても、生徒会が代役を考えて試合を行おうとするよ?」


 実際問題、棄権を提言しているのは笹原のみで、その理由も人数不足ならば代役を立てることで解消できる。どちらにせよ笹原は怪我で出られないわけだが、他のメンバーで試合を取り行うのが自然な流れだろう。


「え、でもそれだと笹原くんの気持ちが……」


 見竹はそう食い下がるが、


「あぁん? なんだオメェ、ヤツの専属マネージャー気取りなのかよ? そうじゃねぇだろ、『野球部』のマネージャーなんだろ? じゃあオメェ、残される一年にとって試合すんのとしないのと、どっちがいいか考えれば答えは一つしかねぇよなぁ?」


 大星が問い詰めるようにそう言うと、見竹は口を噤み、その目に涙を浮かべて俯いてしまう。


「泣くんじゃねぇよ、メンドくせぇなぁ。いいからオメェは野郎に伝えろ。対抗戦、野球部は棄権しねぇ。三年の矢場が腑抜けたオメェの代わりに試合に出てやる、ってな。ああ、あとよォ、文句があんなら試合を見にこいっつっとけ。いいな?」

「えっ、あ……、はい」


 声を震わして返事をした見竹マネージャーは奈智によって慰められつつ、教室から立ち去って行った。


「ア、アンタねぇ、真剣に悩んでる女の子になんてヒドイこと言うの!」

「いくらなんでも酷すぎると思います」

「うっせぇなぁ、ちびっこ共は黙ってろや」


 邪険に扱う大星に、ウサギたちが「キーッ」と奇声を上げている。


「ふぅ……、ウサちゃんたちが何を言っているのか想像つくね……。ま、私も基本的には矢場くんと同じ意見なんだけどさ」


 見竹を見送った奈智がため息交じりに口を開いた。


「でも矢場くんのことだから、か弱い後輩女子を泣かせただけ、なんてことはないと思ってるけど?」


 奈智は試すような視線を大星に送ってくる。


「……オレはああいう言い方しかできねぇんだよ」


 大星はバツが悪そうに頭をボリボリと掻いた。


「野郎はなんか隠してるよな?」

「だね。怪我をしたことが棄権の直接的な原因じゃないのは明白だよ」


 見竹の話す笹原の性格と、対抗戦が代役の認められた試合である、ということを加味すれば「怪我をしたから試合はしません」と言ったって説得力がまるでないだろう。


「一年たちがどうしても野郎と一緒に試合してぇってごねてるわけでもねぇ」


 むしろ最後の試合に向けての士気が高いという話だ。


「かといってマネージャーにも心当たりがねぇ。本人はなんも喋んねぇ。んじゃあよ、あとどこを調べんのっつったときに残ってんのは――」


 大星はフッと視線を向ける。


「対戦相手。山王高校ね」


 その意図を汲み取った奈智がすぐに答えを出した。


「つーわけだ」


「ふーん、一応考えてるんだ。意外ね」

「あ、さっきは出過ぎたことを言っちゃって……、ごめんなさい」


 くろことましろは目をまん丸とさせていた。


「当たりめぇだろうが。こっちも簡単に引き下がるわけにはいかねぇんだ。ほら、時間がねぇからさっさと行くぞ」


 大星がそう言って立ち上がると「あ、ちょっと待って」と奈智が止めた。


「今からだとさ、多分もうほとんどの人が下校しちゃってると思うよ?」

「ん、あ~、そうか……」


 時計の針はすでに五時を回っている。今から山王高校へと向かえば到着は六時過ぎになるだろう。それでは部活動の連中ですら残っているかどうか怪しい。


「明日の方がいいよね。それと……、行くのは私一人で、って思ってたんだけど……」

「あぁん? いやいや、わざわざ奈智に出向いてもらうのも悪ィだろ」


 いくら協力してくれているからといって甘え過ぎるのもよくない。ただでさえ奈智は生徒会の仕事を手伝ったりと忙しい身なのだ。


 大星はそう思って言ったのだが、「アホねぇ」とくろこが呆れていた。


「ハァ……、奈智の言いたいことわからないの?」

「なにがだよ?」

「あ、あの、奈智さんは、大星さんが違う学校に行って問題を起こさないかを心配して言ってくれたんだと思いますけど……。あ、違ってたらごめんなさい」


 ましろがビクビクしながら言うのを聞き、大星は思わず「うっ」と言葉が詰まった。

 自分の学校の生徒にもろくに話を聞けないのに、他校に出向いてそれができるとはとてもじゃないが思えない。むしろましろの言うように、何か問題を起こしてしまう事態なら容易に想像できてしまった。


「あ~……、奈智。すまん。頼めるか?」

「うん、任せて。私、山王に知り合いがいるからさ、何かあれば話も聞けると思うし」


 奈智は優しく微笑んだ。それが何だか大星には心苦しかった。


「フフ、また何かウサちゃんたちに言われたんでしょ? 私ならホントに平気だから気にしないでね。おーい。どこにいるか見えないけど、ウサちゃんたちもあんまり矢場くんのこといじめちゃダメだよ?」


 奈智はあさっての方向を向きながら、くろことましろに話しかけた。


 しかし、当の二匹は、


「アンタはもう、奈智のこと『奈智様』って呼びなさいよっ」

「大星さんは奈智さんのことをもう少し見習った方がいいかもです」


 と、実に辛辣なことを言っていた。

 実際、大星は奈智に頼りっきりになっており、自身はまだ何もしていないのに等しい。そんな二匹に言い返せる言葉は持ち合わせていなかった。


「くっ……、あの、な、奈智、さっ……様……、よろしく頼む、ます……」

「えっ……、う、うん……」


 顔をひくひくとさせながら頭を下げる大星に、奈智はドン引きしながらも頷く。


「ああ、それとよォ、もし山王行って何かわかっても――」

「大丈夫、わかってる。話を聞くだけ、だよね?」


 あくまで大星自身が『誰かの幸福を増やす』役目であり、奈智はそれをちゃんと理解している様子だった。その上、大星が思い描いている意図すらも読み切っているかのような顔をしている。


「奈智よォ、オメェまさかエスパーかなんかじゃねぇだろな?」


 大星は素直に感嘆の意味を込めてそう言うと、


「ん~、……だったらどうする?」


 と、奈智は艶やかな笑みを見せて首を傾げた。


「…………ああ、いや、どうもしねぇけどさ」


 大星はハッとした。一瞬、時が止まってしまったのかと錯覚した。


「んじゃ、今日は帰るか」


 奈智の視線から逃げるように席を立つ大星。

 これ以上顔を合わせていると、本当に全てが見透かされてしまうんじゃないかと思ってしまっていた。


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