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#2 大星、人助けを試みる④

 校門を出て、左右を確認する。

 右手に真っ直ぐ伸びた道の先に人影はなく、左手には緩やかなカーブを描く下り坂が続いている。大星は左手に歩みを向けた。

 するとすぐに、前方をとぼとぼと歩く笹原と思われる後ろ姿が目に入る。


「へいへい! ちょい待ち、部長くん!」


 大星が大声で呼びかけると、笹原は立ち止まった。

 どうやら逃げ出すつもりはなさそうだ。大星は笹原の元まで追い付くと、肩に手を置き、顔を覗き込む。


「テメェさぁ……、女泣かしといてとっとと去るとかクズかよぉ?」


 そして乱れた息を整えつつ、開口一番にそう言った。当然、笹原の表情が曇る。


「アンタね、そんなこと言ったら事情聞けないでしょ!」

「それに大星さんが言えた義理じゃ……、あ、ごめんなさい」


 くろことましろが耳元で騒ぐ。


「ウぐッ、そうか……」


 二匹の姿も見えず、声も聞こえない笹原はそんな大星の反応に、より一層眉根に皺を寄せた。


「矢場先輩、でしたよね……? まだ何か用ですか……?」

「ん、お、おう。なんか揉めてるみてぇだったしよ、野球部がなんか困ってんじゃねぇのかなって思ってな。良かったらオレが話聞いてやるけど――」


 大星は気持ちを落ち着けつつ、なるべく言葉使いに気をつけながらに言った。つもりだったのだが、すでに笹原の中の心象は黒く染まっていたようだ。


「別に困ってません」


 大星の話を途中で遮るように、笹原は強い声音でそう言い切った。

 その態度を受けた大星はやや頭に血が上り掛けたが、二匹に耳を引っ張られ、口を出そうになった暴言を咄嗟に飲み込んだ。そしてひきつった笑みを見せながら下手下手に言葉を告げた。


「ま、まぁまぁ、そう怒んなよ。対抗戦を棄権するとかしないとかで揉めてたんだろ? オメェの代役がオレで不満なら他のヤツ見つけてやるしよ、とりあえず落ち着け。な?」


 大星にしてはよくやったといえる口上だった。相手の状況をこちら側が知っていると告げた上で、自分に話を聞く意志があるのだということは笹原に伝わったはずだ。

 笹原もその言葉を聞き、しかめた顔から力を抜いた。


 だが。


「お気持ちは有り難いんですけど、これは僕の問題ですので先輩には関係ありません」


 そう言って、大星に背を向けてしまう。

 コイツ、一度ならず二度までも――。大星は自分勝手ながらにそう思った。


「おおっとぉ」


 大星は笹原の行く手を阻むように前に体を回り込ませた。


「……どいてください」


 明らかな敵意が篭った視線を笹原は向けてくる。が、元々その程度で怯む大星ではない。


「ヤダね。悪ィけどこっちにはこっちの事情があってな。是非ともオメェさんに話を聞かせてもらいてぇんだわ。ここを通して欲しけりゃ事情を話せや」


 完全に三下の悪党が言うセリフだった。二匹の溜息が大星の両耳をくすぐる。


 両者の睨み合いが一秒、二秒、と続いた。


「ハァ」


 先に痺れを切らしたのは笹原だった。短い溜息が白く染まり、肩に下げていた細めの長い筒状の鞄をフッと下す。

 勝った。と大星は思った。これで話を聞き出すことには成功したも同然だと思った。


 しかし、笹原は下した鞄の口を開け、中からバットを取り出した。

 窮鼠猫を噛む。そんなことわざがふと大星の頭を過る。


「お、おい」


 呻きに似た声を上げながら二歩三歩と後ずさる大星に、笹原はまるでホームラン予告をするかのように、抜き出したバットの先端をビシッとかかげた。


「先輩、僕はもう帰りますので、そこを通して頂けますか?」


 笹原の目を本気だった。声は低く、重い。覚悟が垣間見えていた。

 左手に怪我をしているとはいえ、バットを振りかざすことくらいは出来るだろう。ましてや野球部員のスイングを浴びればどうなるかなど想像に容易い。ただでさえ退院したばかりで、しかもここで再び病院送りとなれば作戦どころではなくなってしまう。


 大星の取れる選択肢は一つしかなかった。


「……ぉぅ……、気ぃつけて帰れよ……」


 そそくさと身を引く大星。笹原は「失礼します」と無表情で呟き、スタスタと坂道を下りていく。


 逆に冷たい風がヒューッと坂を上がってきた。


「…………なんなんだよ」


 笹原の背中を見送りながら、大星がボソッと一人ごちる。


「アホ」

「ダメ過ぎます」


 両肩のウサギたちから、風にも負けない冷ややかな一言が浴びせられた。


「い、いや、ほらっ、今はその、逃げられちまったけどよォ、なんか只事じゃねぇってことはわかったよな、な?」


 事情を誰かに話すよりも、バットで殴ってでも黙っていたい。笹原のそんな心境が察せられたのは確かだ。


「アンタね、逃げられたってどの口が言うのよ」

「大星さんが道を譲っているように見えましたけど」


 二匹は呆れたような声で言う。


「うるせぇなぁ。とにかく一回戻るぞ。さっきのマネも何か知ってんだろ。何が何でも口を割らせてやる!」


 大星はそう意気込み、大股で来た道を引き返した。


「こりゃまたダメかもね」

「うん……」


 二匹が洩らしたその言葉は、大星には届かなかった。


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