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プロローグ

 一月一〇日、水曜日。


 空は朝から厚い雲に覆われており、昼頃よりちらつき始めた小雪が今もまだ降り続いている。

 積もるような雪ではないが、冷え切った空気は無防備な顔を刺すのに容赦がない。

 吐く息も雪の中に溶けていくように白く広がっていく。

 

 ここ、私立天川高校は下校時刻を迎えていた。

 校門付近には家路を急ぐ生徒たちの姿がポツポツと見受けられる。


「おいっ、そこのオメェ、ちょい待てや」


 その内の一人、習字道具を持っているので書道部だろう――、女生徒を呼び止める男がいた。

 鋭い目つきをしたその男はコートも羽織らず傘も差していない。学ランは雪のせいでじっとりと湿っており、寒さのせいで耳が真っ赤になっている。

 だがビシッと決めたリーゼントだけはそんな雪にも負けずに燦然としていた。

 

 誰が見ても『不良』と口を揃えて言うだろう。

 現に女生徒は男の風貌を見るなり「ヒエッ」と息を飲み、その目つきによって蛇に睨まれた蛙のように固まっている。

 

 だがそれに構う様子もなく、男は話し始めた。


「オレは三年の矢場っつうもんだけどよ」


 男の名は矢場大星やばたいせい。同高校の三年生だ。


「オメェは一年か?」

「…………」


 大星がそう尋ねるが、女生徒は固まってしまったまま動かない。


「オメェよ、なんか困ったこととかねぇか?」

「…………」


 質問を重ねても、やはり女生徒は固まったままだった。


「……どうなんだよ?」


 痺れを切らした大星が詰め寄ろうとすると、女生徒は体をビクッと弾ませて差していた水玉模様の傘を放り出し、慌てたようにカバンをごそごそとし始める。


 取り出したのは可愛いピンクの財布だった。


「い、いままさに困ってます~、こ、これで、ゆ、ゆるしてくださぁい!!」


 大星にそれを押し付けるように渡し、女生徒はその場から脱兎の如く走り去っていく。


「ちょ、お、おいっ!」


 その逃げ足は咄嗟に引き止めようとした大星に影を踏ませぬほどだった。もしかすると書道部などではなく陸上部だったのかもしれない。


 手元には残された財布。そして足元を転がる傘。


「……ハァ~」


 それを見ながら大星は深い深い溜息をついた。


「うわっ、カツアゲ?」

「いまの子かわいそう……」

「先生呼んできた方がいいかなぁ?」


 するといつの間にか遠巻きには下校する生徒たちの人だかりが出来ていた。一部始終を眺めていた彼等はひそひそ声と凍るような視線を浴びせ掛けてくる。


「何見てんだよっ」


 大星が顔を上げて周囲を威嚇すると、その生徒たちは蜘蛛の子を散らす。


 その瞬間、――バシン! と、尻を叩かれた。


「あぁん?」

「『あぁん?』じゃないでしょっ!」

 

 大星が背後に目を落とすと、そこにはハリセンを手にした少女が立っていた。

 きりっとした上品な顔立ちは頬を膨らませているせいで年相応にあどけなく、『ちょっとおませなお嬢ちゃん』といった雰囲気を醸し出している。


「くろこよォ、なにも殴るこたぁねぇだろ」


 その少女の名は『くろこ』という。

 くろこは背筋をピンと伸ばし、腰に手を当てた仁王立ち状態で、尻を擦りながら文句を口にする大星のことを睨んだ。


「殴られて当然っ。何人に逃げられたと思ってんの? もう数えるのもバカらしくなった!」


 そして怒涛の勢いで怒りを吐き捨てた。


「ほらっアンタも、隠れてないで何か言ってやりなさい!」


 くろこにせっつかれ、背中に隠れていたもう一人の少女がおずおずと顔を出す。


「う、うん。えっと……、声を掛けるにしても、もうちょっとやり方があると思います……。あ、ご、ごめんなさい……」


 申し訳なさげにそう告げた少女は『ましろ』という。

 おっとりした表情、モジモジとさせた手、自信なさげに丸めた背中。見ているだけで何とも庇護欲をそそられる。


「別に普通に話し掛けただけだし。オレは何も悪くねぇし」


 大星は言い訳がましくそう言うも、


「その目つき! その喋り方! その髪型!」


 間髪いれずにくろのがパパパッと大星の目と口と頭を指差した。ましろもそれに「うんうん」と頷いている。


「くっ……、髪型は関係ねぇだろ」


 大星は思わず呻き声を上げた。くろのの指摘通り、目つきや口調に関しては自覚があったのだ。しかし、まさか気に入ってやっているリーゼントまで注意されるとは思っていなかった。

 

 そもそも見た目がまるっきり小学生の二人にこうも責められたとあっては立つ瀬などあるはずもない。

 しかもくろことましろは、その幼児体型に『バニーガール』のコスチュームを纏っているのだ。それが大星の落ちる肩に一層と拍車をかけていた。

 

 くろこは黒を基調とした三つボタンのベストにショートパンツ。頭にはピンと伸びた黒耳カチューシャ。お尻には同じく黒のまんまるなしっぽ。


 一方のましろが着ているのは純白のワンピースタイプで、頭に付けた白とピンクの耳が左右にぴょこっと垂れている。お尻に付けたふわふわなしっぽも真っ白だ。


 季節は真冬で、今日は雪まで降っている。

 にもかかわらず、二人の少女は上着すら羽織っていない上に露出が多い。

 それでもバニーガール特有のセクシーさは微塵も感じられないが、微笑ましい愛らしさは存分に引き出されているといえるだろう。パッと見、子供のちょっとしたコスプレみたいなものだ。

 

 しかし自分が通う高校の前で、最上級生であるはずの自分が、よりにもよってバニーガール姿の少女に土石流のようなお説教を喰らっているのだ。誰かに見られる心配はないとはいえ、その状況自体が大星に精神的深刻なダメージを与えているのは間違いなかった。


「これじゃいつまでたってもお願い叶わないよっ!」

「そうです、叶わないですっ」


 小言が止まらない二人だが、大星としても元よりカツアゲする気なんて毛頭なく、それどころか相手を怯えさそうという気すら露ほどもない。


「これでも気ぃ遣ってんだよ……」

「あわわ……、で、ですよね、努力してますよねっ」


 落胆する大星に、すぐさまましろは慰めの言葉をかけるが、


「まっっったく、そうは思えないっ!」


 と、くろこは雀の涙ほどの容赦すらなかった。


「えっ、そ、そうですっ、やっぱりそうは思えないです」


 それにつられるようにましろまで本音を投げかけてくる。


「……あ~、分かった分かった。とにかくコレ、職員室に届けてくっから。オマエらはそこで待ってろや」


 今日は一時間ほど下校する生徒たちを狙って声を掛け続けた大星だが、ずっとこんな調子ではゼロだった。その代わりといっては何だが、生徒が置いていった財布が三つと傘一本。

 

 大星は少女たちから逃げるように、雪に濡れた肩をすっかりと落としながら、それらを持って校内へと向かっていった。もしそのまま財布を持ち帰ってなどしてしまったら、それこそ本当の不良として噂が広まってしまうだろう。それだけでは済まないかもしれない。そうなってしまえばますます話など聞いてもらえなくなってしまう。それだけは何としても避けねばならなかった。


「ちょっとキツく言い過ぎちゃった、かなぁ……?」


 大星の寂しげな後ろ姿を眺めつつ、ましろがそう呟いた。


「甘いわっ! だって、このままじゃ……」

「そう、だよね……。わたしたちも、もっともっと頑張らないと、だよね……」


 しかし、くろこも一際小さく見える大星の背中に罪悪感が湧いてしまったようだった。


「ま、でも、う~ん……、ちょっとだけ言い過ぎたかも……。んもうっ! 仕方ないから後で『もふもふ』させてあげましょ」

「うん! やっぱくろちゃんは優しいね」

「仕方なくよっ、し・か・か・な・く!」


 顔を真っ赤に染めるくろこ、嬉しそうに微笑むましろ。

 

 大星には何が何でも叶えねばならない願いがあった。

 それを手伝う二人のバニーガール少女たち。

 きっかけとなる出来事は今から十日ほど前に遡る。


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