05,時雨さん、ヘルプ館です。
朝の日課を手早く終えて今日は色々見て回る予定なので朝ご飯もたっぷり食べました。
……ちょっと食べ過ぎたかもしれません。
片づけを済ませてリビングの椅子に座ってちょっとお腹がこなれるまでまったりします。
やっぱりいつも通りの量を食べるべきですね。反省です。
フェアリアル・ファームに存在する街は全部で4つです。
始まったばかりでは行ける街は1つですが、ストーリーモードを進めていくとどんどん行ける範囲が増えていきます。
最初に行ける街はアバターなどの設定と一緒に行われるのですが、ここは私の夢なのでどこに行けるのかはまだ知りません。
でも4つの街のどれかなので大丈夫でしょう。こうみえても私はストーリーモードを実装している範囲で全てやり終えていますからね!
街にもっていくものは籠と肩掛け鞄と空っぽのお財布です。
籠の中には残った栄養剤全部を入れてあります。全部入れても全然重くないから便利ですね。
これで準備は完了なので、さぁ出発です。
庭の唯一の出口の先はちょっと不思議な空間です。
ゲーム内ではタップしたら行き先を選べる画面が出てきて選ぶだけでしたが……どうすればいいのでしょうか?
不思議な空間を見つめていたら半透明の画面が出てきました。
どうやら畑や錬金板と一緒のようです。
しかも選択肢がありました! どうやらゲームと一緒のようです。これはありがたいですね。
「マッドの街だ!」
行き先の選択肢は1つだけ。マッドの街です。
マッドの街は4つの街のうちの1つでワールドマップで見ると東側にある街ですね。
特色としては農業と牧畜が盛んだったと思います。
栄養剤のクエストがたくさんありそうですね!
半透明の選択肢をタップすると不思議な空間だった場所に扉が現れました。
びっくりです。こうやって移動するんですねぇ。どこでも……これ以上はいけません!
扉を押し開いて出るとそこは街道のような場所でした。
4車線分くらいの広い道は舗装などされていない土を踏み固めたような道です。
でもそこを数人の武装した人達を連れた荷馬車の大群が通っていたり、大きな荷物を背負った行商人みたいな人が歩いていたりする様はすごく新鮮です。
だって車がまったく走っていないんです。代わりに馬車です。馬が大きいです。すごいです。
「珍しいですか?」
「ふえ!?」
口を大きく開けて街道を行く人達を眺めていたら、突然話しかけられてしまって変な声が出てしまいました。だ、誰でしょう。
「失礼しました。イチノセ様でよろしいでしょうか?
私はフェアリアル・ホルダーのサポート役を仰せつかったアリス・シンジョウジと申します」
「あ、えっと、はい。一之瀬時雨です。よろしくお願いします?」
「はい、よろしくお願いいたします」
突然話しかけてきて自己紹介をしてきた人はスーツをパリッと着こなした女性でした。
どこかの大きな会社で秘書をやっていると言われても違和感がないくらいの格好いい女性です。
私の勤めている会社の社長の秘書さんよりもずっと仕事ができそうですね。
長い金髪をポニーテールにしていて赤い瞳が妖艶です。
シンジョウジという日本風な苗字なのに西洋風な顔立ちです。日系とか言うやつでしょうか?
ちなみにフェアリアル・ホルダーとは、妖精契約者の事をいいます。つまりは私ですね。
プレイヤーは皆須らく妖精契約者。つまりはフェアリアル・ホルダーとなりますのでまったく使われなかった用語です。
「それではさっそくですが、イチノセ様。私達のサポートをお受けしていただけますか?」
「あ、はい。お願いします」
「そうですか、それはよかった。ではこちらへどうぞ」
初めて街に出たプレイヤーはこのサポート役の人に街の主要施設のチュートリアルを受けるのですが、もちろん内容を知っていれば拒否できます。
でも私は街を見て回る気満々だったのでもちろんお願いするのです。
シンジョウジさんの後をついていくと、3階建ての立派な建物に通されました。
入ってすぐに受付と椅子があって、窓際には商談用でしょうか。ソファーとテーブルも置いてあります。
受付には2人女性がいますが、受付の数はもっとたくさんあります。でも誰もいませんし、大丈夫みたいですね。
入ってきた私達を見て受付嬢さん達はとても柔らかい笑顔を向けてくれました。私もにっこり笑顔で会釈しておきます。
「それではこちらでお待ちいただけますか? すぐに戻りますので」
「あ、はい。わかりました」
さっき見た窓際のソファーまで行くとアリスさんがそういいました。
すぐに戻ってくるそうなので大人しく待つことにします。
さりげなくもっと室内の観察もしておきましょう。
シンジョウジさんが受付の奥に消えるのと入れ替わりに受付嬢さんの1人がお茶とクッキーを持ってきてくれました。
お礼を言ったら「おかわりはいっぱいありますからご遠慮なく」ととても嬉しい事を言ってくれました。
お茶とクッキーは本当におかわりを貰いたくなるくらい美味しかったです。
室内観察をしつつもお茶とクッキーを楽しんでいるとシンジョウジさんが戻ってきました。本当にすぐでしたね。
あれ、でも後ろに誰かいますね。
「お待たせしました」
「お待たせしてしまってごめんなさぃ~。
フェアリアル・ホルダー、サポート役のノーイ・シュヴァルツァーですぅ~」
「あ、一之瀬時雨です。よろしくお願いします、シュヴァルツァーさん」
「ノーイって気軽に呼んで下さぃ~」
「私もアリスとお気軽に」
「わかりました。では私の事もシグレと呼んで下さい」
ノーイさんは少しぽっちゃりな感じの柔らかそうなのんびりした人みたいです。
ふんわりとした銀髪はウェーブがかかっていて柔らかそうな印象を与えてきます。ぽっちゃんりな感じとニコニコ笑顔と相まってより一層のんびり感がすごいです。
アリスさんは秘書さん。ノーイさんは優しいお姉さんって感じですね。
「わかりました、シグレ様」
「わかりましたぁ~、シグレさまぁ~」
「さ、さまはいらないです」
そんな2人に様付けなんてされるのは私には恐れ多すぎて無理です。
苗字なら社会人ならたまにありますので問題ないですけど、名前は無理すぎます。
私が困っているのをすぐに察してくれた2人は様付けをさん付けにしてくれました。やっぱり気遣いの出来る大人の女性ですね。助かりました。
ちなみにゲーム中ではサポート役は1人だったんですけど、こうして微妙に現実っぽい夢の中だと休みも必要だし1人じゃ大変ですよね。
それにどうやらこの建物はゲーム中ではヘルプ館と呼ばれていた場所のようです。
ヘルプを参照する時にあの受付のような場所が背景になっていましたので間違いないと思います。
「それにしても私、妖精道具初めて見ましたぁ~」
「妖精道具?」
「シグレさんがお持ちの籠の事ですよぉ~」
「妖精道具はフェアリアル・ホルダーしか扱えない妖精の作った神秘の塊です。
シグレさんがお持ちの籠も、一見するとただの籠にしか見えないですが我々のように妖精道具に関する知識を持った者が見ればすぐにわかります」
「あ、だから私の事をすぐわかったんですね」
「それもありますが、フェアリアル・ゲートから出てくるところを見ていましたので」
「そ、そうでしたかぁ~」
フェアリアル・ゲートとは畑なんかがある庭から出てくるときに通った扉の事です。
じゃあもしかして口をあけて街道の人達を眺めていたのをずっと見られていたのでしょうか……。ちょっと恥ずかしいです。
「そ、そうするとこの籠みたいな物は街にはないんですか?」
恥ずかしかったので話題の転換を試みます。
この籠は神秘の塊という表現がぴったりなくらいにいっぱい物が入りますし、倉庫ともやり取りできる優れものです。
「もちろんですよぉ~。妖精道具を持っているのはフェアリアル・ホルダーだけなんですぅ~。羨ましいですぅ~」
「妖精道具はフェアリアル・ホルダーにしか扱えませんし、妖精が作った特別な道具ですので基本的に逸品物なんです」
「そ、そうなんですか」
ノーイさんのとても物欲しそうな瞳に若干気圧されてしまいます。
今にも飛び出しそうに両手をわきわきしているノーイさんをアリスさんが抑えてくれなければ、私逃げていたかもしれません。戦略的撤退ってやつですよ?
「それではさっそくですが、街の案内などをしたいのですがよろしいですか?」
「あ、はい。もちろんです。よろしくお願いします」
お互いの自己紹介も済んでこれで街の主要施設のチュートリアルの開始ですね。
サポート役のお仕事開始という事でノーイさんの怪しかった瞳も元の優しそうな柔らかいものに戻ったので内心でホッとしながら、アリスさんに促されてヘルプ館の外に出ました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
外に出るとそこには馬車が待っていました。
平台や幌が張ってある馬車ではなく、所謂箱馬車というヤツでしょうか。
偉い人やお金持ちなんかが乗るようなやつですね。
アリスさんが馬車のドアを開けて中に導いてくれます。すごいです。王子様みたいですよ、アリスさん。
というか馬車なんて初めて乗りました!
徒歩でもよかったんですけど、確かにマッドの街まで少し距離がありますからね。
街に用事があるときはこのヘルプ館――正式名称、フェアリアルサポート館――に来てくれればいつでも馬車を出してくれるそうなのです。
いつでもアリスさんかノーイさんがいるそうなので、どちらかが同行してくれるそうです。
逆に1人で街に行くのはなるべくしないで欲しいとも言われました。
まぁ私の見た目は8歳児ですからね。仕方ないです。
馬車はガタガタと街道をゆっくりと進んでいきます。
アリスさんとノーイさんが代わる代わる景色の説明をしてくれます。
マッドの街は農業と牧畜が盛んな街です。
街の周りにはたくさんの畑や牧草地帯があります。とても広くて地平線の先まで広がっているくらいです。
その広大な景色にはところどころに石の塔が立っています。
その石の塔のこともアリスさんが説明してくれました。
なんとあの石の塔は魔物や害獣除けの塔なのだそうです。
でも人間には効かないので泥棒対策として畑や牧草地帯に点在している詰め所があり、兵が巡回を行っているそうです。ちょっと物騒です。
でも街の中なら安全なので安心してねぇ~とノーイさんが笑顔で言ってくれたので大丈夫ですね。
あ、もしかしてそういう泥棒とかいて危ないから1人で街に行くのは止めて欲しいって言ったのかな?
街道を馬車で進むこと20分くらいでマッドの街の近くまでやってきました。
マッドの街はとても大きな街です。
街の周りを大きな堀が囲み、その幅は10メートル以上あります。深さもかなり深いそうです。
堀にはとても澄んだ水が流れていて魚もたくさん生息しているそうです。釣りとか出来そうですね! やっちゃだめみたいで残念です。
堀に架けられた橋を渡れば遂にマッドの街です。
ゲーム内では主要施設しか使えませんでしたが、この夢なら街のどこにでもいけそうですね。
とても楽しみです!