第3話 ときめき
昨日のだるさが嘘のように、今朝は気分がいい。
昨夜、駄目もとで、旦那に訴えた。
「たまには、一人でゆっくりしたい」
すると意外にも、旦那は
「じゃあ、明日一日、保育園にでも預けたらいい」
そう言いながら、財布から1万円札を渡してくれた。
私はいい旦那をもった。
気遣ってくれる人。
あの行為さえなければ、きっと一生信頼してついていけるのに・・・。
久しぶりに化粧をする。
眉がぼさぼさで、全く手入れされていなかった。
顔の産毛を丁寧にそり、保湿ローションをたっぷり肌に補給する。
顔がほころんでくるのが分かる。
まるで、好きな人と初めてのデートをするときみたいだ。
しっかりビューラーでまつげを上げ、マスカラで伸ばす。
いつのも2倍、目が大きい。
まだ、いけるんじゃない?私。
鏡の中の自分にエールを送った。
「どこにいくの?」
子供がちょっとだけ、不安そうに聞いてくる。
「お友達がたくさんいるところだよ。今日はいっぱい遊んでおいで。ママは夕方迎えに行くからね」
私と離れることに慣れていない子供は、もじもじしながら言いたい言葉を飲み込む。
「4歳の子はみんな幼稚園や保育園に通ってるんだよ。すぐに友達ができるから、安心してて」
私は、子供の不安と自分の不安を消すように、少し大きな声で言った。
その保育園は、マンションの一室にあった。
2つの部屋の仕切りは取り除かれ、10畳以上あると思われるスペースに20人程度の子供たちと、先生が3人いた。
「高井さんですね?」
先生の一人が、受付までにこやかにやってくる。
子供が簡単に出られないように、出入り口には大人の腰の高さくらいある扉が付けられていた。
手続きを済ませている間、子供は奥の方を見ながらそわそわしていた。
明るい室内に、子供たちのにぎやかな声が響く。
その中に早く入っていきたいのだろう。私の方も見ないで、奥にいる少年達に興味津々の様子。
よかった・・・。
これで安心して、夕方まで一人でゆっくりできる。
一人でゆっくり・・・。
何をしたらいいのか、全く考えられなかった。
保育園を出ると、太陽はすでに高く上がっていて、汗ばむ陽気になってきた。
今日は、くたびれたカーディガンを着なかった。
暑かったから、それだけではない。
古ぼけた服をきていると、自分自身が古ぼけた存在のように思うようになったからだ。
公園で会った二人の主婦は、すごく清潔に見えた。
それは、新品の服を着ていたからではなく、ブランド物をしっかり身につけていたからでもないだろう。
彼女たちはきっと誰に会っても恥ずかしくない格好を、常に考えて服を選んでいるんじゃないかと思う。
私は、今まで着ていた色あせた服を、処分した。
今日は、少し自分のために服でも買ってみたい。
高くなくていい、ブランドじゃなくても、清潔感のある服を。
今日、着ている半袖のTシャツは、お気に入りのブランドのもの。
ネットオークションで安く落札したのに、なかなか着る機会がなくて、1年間箪笥で寝かせていた一張羅だ。
キラキラとビーズやスパンコールが、太陽に照らされ、高級なジュエリーを身につけているような贅沢な気分にさせてくれる。
下はジーンズ。これはピッタリ体に吸いつくような形で、ブーツカットなので足が長く見えるような気がする。
簡単な格好だけど、自分ではどんなドレスを着るより、豪華な感じがした。
誰に会っても恥ずかしくない、今日の自分はそんな気がした。