テラス席
「お前なあ、回復アイテム、ちゃんと使えよ」
「なんだかもったいないような気がして、ぎりぎりまで使えないんですよ」
マサナオに頼み込まれて、ダンジョンに同行したカロンだったが、マサナオが回復アイテムの使用を渋る場面を何度も目にしていた。
そのことが気になっていたので、カロンは街に戻ってからマサナオへと告げた。
「アイテムがもったいないと思うなら、術でも会得しろよ」
「術ですか?」
「自分で調べてみることも大事だぞ。人に聞いてばかりじゃなくて、少しは調べてみろよ」
マサナオは人に聞くことで済ましてしまおうとするが、自分で調べて知るということもカロンは大切だと思っている。
「簡単に教えるから、あとでちゃんと調べろよ」
「はい」
わからないことを素直に人に聞けることも才能だな。
マサナオを見ていると、カロンはそうも思えた。
「まずは、神官に職業チェンジだ」
「はい」
マサナオは神官へと職業チェンジする。
今まで、神官をやったことの無いマサナオは、いくつかのスキルを会得した。
「今、会得したスキルの中に光の術っていうスキルがあるはずだ」
「ありました」
自分のスキル欄をチェックして、マサナオは光の術というスキルを見つける。
「それを指でタッチ。開いた術一覧の中から癒しの光をタッチして使ってみな」
「わかりました」
マサナオはカロンの言うとおりに操作をして、癒しの光を発動する。
目の前に数字が表示され、カウントがゼロになると、温かな光がマサナオの全身へと降り注いだ。
「回復量は落ちるけど、神官以外の職業でも使えるから、ケチらず使うこと」
「これが術か。これでアイテムいらずですね」
「いやいや、回復したい時に術が使えない場合もあるから、ちゃんと回復アイテムは持っていくこと」
初めて使った術に感激しているマサナオの言葉は、カロンの予想通りのものだった。
マサナオのあまりのもの知らずぶりに、カロンは頭を抱えたくなる。
「あとでちゃんと調べろよ」
カロン口から、大きなため息が漏れた。
「今日は付き合ってくれたお礼にご飯、おごりますよ。ここの店、おいしいって評判なんで食べていきましょう」
「あ、おい、引っ張るなよ」
ぐいぐいとカロンの腕を引っ張ると、マサナオは店の中へと入っていく。
「テラス席が空いてるみたいですね。そっちでいいですか?」
「ああ」
カロンとマサナオは、手近なテラス席へと腰を下ろす。
「何を頼みます?」
「お前のおすすめは?」
「そうですね、これとこれかなあ」
二人はメニューを開き、注文する料理を選び始めた。
「そこは、私の席です。どいてくださいませんか?」
注文を決め、マサナオが店員を呼ぼうとしていると、突然、女に非難の声を投げつけられる。
声のした方へと目を向けると、一組の男女が立っていた。
回りには空席がある。
マサナオがこの席を選んだ際、テーブルの上に予約席の札はのっていなかった。
誰かがこの席を使っている風でもなかったはずだ。
わざわざそんなことを言った女の真意がつかめず、カロンとマサナオは顔を見合わせ、首をかしげる。
「この席はお嬢様のお気に入りの場所でございまして、よろしければ譲っていただけませんか?」
状況のつかめない二人に男の方が声をかけてきた。
「構わないよ。マサナオ、あっちの席に移ろう」
「はい」
素直に応じたカロンに続き、マサナオも立ち上がるが、不満そうな顔をしていた
「なんですか、あの女。えらそうに」
「何でも自分の好きになる、と思ってる奴に、何を言っても無駄。できるだけ関わらないに限る」
新しい席につくなり、不満をもらすマサナオを、カロンはそうなだめる。
「あの席のお客、いつもあんな感じ?」
「ええ。あの席がとても気に入られているようで。お連れの方のおかげで、大きな騒ぎにはならないのですが、店の方としても困惑気味なんですよ」
注文を受けに来た店員に、カロンは女についてたずねる。
「あの席をいつも空けておくことは可能か?」
「店長に聞いてみないとわかりませんが、多分大丈夫だと思いますよ」
「じゃあさ」
カロンは店員の耳元で、解決策をつぶやいた。
しばらくすると、店員が注文した料理を運んでくる。
テーブルに置かれた料理は、注文したものよりも二品、多かった。
「この一皿は、あちらの男性からです」
店員の視線の先を追うと、先ほどの男と目が合う。
男が軽く頭を下げてくる。
「もう一品は店からです。先ほどのご提案、店長に伝え、了承を得ました。あちらのお客様、毎日来てくれる常連様なので、問題を避けられるなら構わないとの判断です」
提案したカロンもここまであっさりと通るとは思っていなかった。
この店の店長は大物なのかもしれないな、そう感じさせるほどの即決である。
「では、料理をお楽しみください」
一礼すると、店員は立ち去る。
カロンとマサナオはおいしい食事と楽しい時間を存分に味わった。
あら、今日は誰も座っていないのね。
女がお気に入りの席へとつく。
その瞬間、周囲がざわめく。
「あれが噂のお嬢様か」
「へえ、あの子、自分のことお嬢様だと思っているのね」
ざわめきに混じってそんな声が聞こえてくる。
なんか騒がしいわね。
周囲を見回した女の目に、テーブルに置かれた札が映る。
そこに書かれた文字を見て、女の顔は恥ずかしさのあまりに真っ赤に染まる。
札には、お嬢様専用席と書かれていた。
女は札をつかみ、立ち上がると、店員へと説明を求める。
「この前、あなた様に席を譲ったお客様から専用席にしたらどうかとのご提案がありまして、店長の了承も得られたので、取り入れることにしました」
店員の説明を聞き終わると、女は男の顔を思い浮かべ、店の外へと駆け出す。
急に駆け出しすという女の行動にあっけに取られていた連れの男だったが、すぐに後を追いかけていった。
「ちょっとそこのあなた」
街中を走り回り、やっとカロンを見つけた女が大きな声を上げる。
「この間のお嬢様」
「あの席を私の専用席にという提案はとてもありがたいのですが、このお嬢様専用席ってどういうことですか。せめて、私の名を」
そこまで言うと、女はひざに手をつき、肩で息をし始める。
「だってな。店の人もあんたの名前知らなくてさ。唯一わかっていたことが、後ろにいる兄さんがお嬢様って呼んでいることだけだったし。ちゃんと、名前を書くスペースは空けてあるだろ?」
カロンの指摘に、女は札をよく見てみる。
確かに、お嬢様の前に名前を書き込むためのスペースがとられていた。
「ガトがお嬢様って呼んでいるだけで、私はメリーシャという名です」
涼しい顔で後ろに立っている男を見ながら、自分の名を告げると、メリーシャはその場に座り込んでしまった。
カロンを探すために街中を走り回り、疲れたらしい。
涼しい顔をしているように見えたガトだが、カロンには必死に笑いをかみ殺している様にしか見えない。
お嬢様専用席が、よほど笑いのつぼに入ったようだ。
メリーシャのお気に入りのテラス席には、一枚の札が置かれている。
札にはメリーシャの名が書き込まれ、お嬢様の部分には二重線が引かれている。
自分の名を書き込む際、メリーシャは余白に一文を付け加えた。
この席は私のお気に入りなので、譲っていただけるとありがたいです、と。