転売屋
ハガネに素材アイテムを売ることは、カロンの日常になりつつある。
換金アイテムをNPC商人に売りに来た時に、ハガネが露店を出していたら買取を頼み、ちょっとした話をする。
二人はそんな仲になっていた。
「鍛冶師でも鉱山の上層を探索できるようになったから、鉱物の採掘がはかどるよ」
「常に採掘ポイントの感知範囲が広がった状態だからな。採掘回数、かなり増えたろ?」
「そうだな。職業チェンジする手間もかからなくて、快適だ」
最近まで、カロンはシーフと鍛冶師に職業チェンジを繰り返し、鉱石集めをしていた。
鍛冶師で探索できるということは、常に採掘に適した状態なのだ。
「で、そろそろ鍛冶師用の武器が欲しくなってさ」
そこまで言いかけたカロンは、ハガネが険しい顔で別のところを見ていることに気づく。
「どうした?」
ハガネの視線の先を追うと、二人の男が何かを話していた。
「あいつ、またやってる」
「あいつ?」
「ああ、ちょっと悪質な転売屋でな。アイテムをNPC商人の買取価格以下で買い取って転売している。相手は、王都に来たばっかりの奴ら」
「それはちょっとやり過ぎかもな」
「だろ。俺や他の奴も何度か注意したんだが、やめようとしないんだ」
ハガネは険しい顔で転売屋をにらみつける。
転売というのは、アイテムを安く仕入れ、高値で売り、その差額を設けるという行為だ。
安値で仕入れ、高値で売る、これは自体は商売の理念なので、悪いことではない。
ただ、NPC商人以下の金額での買取を、王都の来たばかりで状況がよくわかっていない者たちに対して行うのは、少々やりすぎである。
だまされる方が悪いといわれればそれまでだが、もちろん、だます方は更に悪いのだ。
「なら、ちょっと懲らしめてやろうぜ。あっちのカモにされてる奴、前に会ったことがある奴だから、助けてやりたい。ハガネ、手伝ってくれるか?」
「いいぜ。どうやって懲らしめる?」
しばらく考えたカロンが、ハガネに耳打ちをする。
それを聞いたハガネは頷き、にやりと笑った。
転売屋にカモにされていたのは、前にカロンが仲裁に入った時、半べそをかいていた少年である。
「悪い悪い。遅れた」
突然、声をかけてきたカロンを少年と転売屋が見る。
少年の方は、大きく目を見開く。
どうやら、カロンのことを思い出したようだ。
転売屋と少年の間に立ち、カロンは自分を盾に、少年を転売屋の視線から隠す。
「俺たちに話を合わせろ。何を言っていいかわからなかったら、頷くだけでいい」
その隙に、ハガネは少年に耳打ちをする。
「おめえら、いきなり割り込んでくんじゃねえよ。こいつは俺と商談中なんだよ」
「俺達さ、こいつと会う約束してたんだけどちょっと遅れてな。だろ?」
不機嫌そうにカロンとハガネをにらみつける転売屋に詫びを入れながら、カロンは少年に同意を求める。
少年はハガネに言われたとおりに、こくんと頷く。
「で、商談ってなんだ?」
「俺はこいつにアイテムを売って欲しいと頼んでたんだよ」
ニコニコと笑っているカロンとは対照的に、転売屋は不機嫌なままだ。
「へえ。俺達は、こいつにどこでアイテムを売ればいいかを聞かれていてな、今日はその待ち合わせだ。な?」
ハガネの言葉に、少年はこくこくと頷く。
「邪魔した詫びって訳じゃないけど、俺のアイテムを買い取ってくれよ」
「いいぜ、アイテムを見せてくれ」
アイテムの買取を持ち出したカロンを、転売屋は品定めするように見て、にやっと笑った。
カロンの方が金になるアイテムを持っているように見えたからだ。
トレード画面を開くと、カロンは素材アイテムや換金アイテムを次々と移動させる。
表示されるアイテムの種類と数に、転売屋はこみ上げる笑いを抑えることができず、いやらしい笑みを浮かべた。
だが、すべてのアイテムが鑑定済みであることに気づくと、転売屋の笑みは見事なまでに凍りついた。
アイテムは鑑定すると、詳しい情報が判明する。
鑑定のスキルレベルが高いほど、判明する情報量も多い。
NPC商人への売却価格も、情報の一つとして、表示される。
街に戻ってくるたびに、商人に職業チェンジして、アイテムの鑑定を行っているカロンの鑑定のスキルレベルは高めだ。
転売屋がカモにしている王都に来たばかりの連中は、アイテムの鑑定などしない。
だからこそ、転売屋はNPC商人以下の金額で、アイテムを買い取ることができた。
アイテムの売却価格がはっきりと表示されている状態では、今まで転売屋が行ってきた手段は通用しない。
転売屋の背を一筋の冷たい汗が流れ落ちた。
「いくらで買い取ってくれる?」
カロンは相変わらず、ニコニコと笑っている。
カロンの策を知るハガネは、二人のやり取りを面白そうに眺めていた。
ハガネの様子に、転売屋はカロンの策にはまったことに気づく。
うかつなことは言えない、何とか切り抜けないと。
転売屋は混乱した頭で考えるが、カロンの策からうまく逃れる手段は見つからない。
「すまん。今、手持ちの金があまり無くて、この数のアイテムを買い取ることができない。悪いがこの話は無かったことにしてくれ」
やっとのことで転売屋は、商談を無しにすることを思いついた。
最良の切り抜け方でないことは、百も承知だが、他に解決策を思い浮かばない。
平静を装って告げた転売屋は、いつの間にか握り締めていたこぶしの力をゆるめる。
手のひらはいやな汗で湿っていた。
「そっか、それは残念」
にこっと笑うと、カロンはトレード画面を閉じた。
転売屋は体の力が一気に抜けて、その場へとへたり込んでしまう。
「転売自体は悪いことじゃねえが、お前のはちょっとやり過ぎだ。ほどほどにな」
カロンにやりこまれた転売屋の姿があまりにも哀れで、ハガネは忠告を残す。
「お前、この間も、今日も、トラブルに巻き込まれすぎだ。もう少し、うまく世渡りしような」
「はい。二回も助けてくれて、ありがとうございます」
カロンの苦言を聞きつつ、少年は深々と頭を下げた。
「二回ともこっちが勝手にやったことだ。気にしなくていい」
少年の素直な反応に、カロンの方が気恥ずかしくなる。
礼をしながら少年は、カロンの名を知らないことに気づく。
「今更ですが、俺、マサナオって言います。すみません、あなたの名前を教えてくれませんか?」
「俺か?俺の名はカロン。で、あそこにいるのがハガネな」
カロンはナオマサにそう言いながら、転売人の側にいるハガネを見た。
「あそこまでやりこまれると、さすがにちょっと哀れだよなあ」
ハガネのつぶやきに、露店を出していた商人達が頷く。
転売屋はふらつきながら立ち上がると、通りをとぼとぼと歩いて、立ち去っていった。