人ごみ
まっすぐに伸びた石畳の道、道の両脇に立ち並ぶ石造りの建物。
見るものすべてが目新しくて、少年はきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。
その様子から、少年が王都へ来たばかりだと察せられて、道行く人は微笑ましげに眺めていた。
物珍しげに王都の町並みを見ていた少年は、突然、顔に強い衝撃を受ける。
跳ね飛ばされた少年は、石畳へとしりもちをつく。
「よそ見しながら歩いてんじゃねえぞ」
その怒声に、鼻を押さえながら少年が顔をあげると、いかつい男が見下ろしていた。
自分が悪いのだから謝らないと、少年は思うが、目の前の男の怒声と迫力に声がうまく出せない。
少年は痛む鼻を押さえたまま、男を見上ることしかできなかった。
「何かあったのか?」
「あの地面に転がってる奴がよそ見しながら歩いていて、怒鳴っている男にぶつかったんだよ」
怒声に振り向いたカロンが、近くにいた通行人に話しかける。
転がっている少年は、怒鳴りつける男の迫力に圧倒され、声さえ出せないのであろう。
しょうがない、助けてやるか、少年に助け舟を出すため、カロンは二人の間に立つ。
「兄さん、兄さん、少し落ち着こう。少年、おびえてるみたいだからさ。な?」
カロンのその言葉で、男は、しりもちをついたまま動かない少年がおびえていることに気づく。
「何があったんだ?」
「こいつがよそ見しながら歩いていて、俺にぶつかってきたんだ。なのに謝りもしないから、つい、カッとなって」
カロンの仲裁に冷静さを取り戻した男は、怯えきっている少年の様子に、罪悪感が湧き上がってくる。
「兄さんの迫力に押されて声が出せないみたいだから、許してやったらどうだ?」
「そうだな。俺も少し大人げなかった。怒鳴って悪かったな」
仲裁に入ったカロンを見上げる少年の目には、うっすらと涙がにじんでいる。
それを見た男は、ばつが悪そうだ。
「よ、よそ見して、ぶつかってごめんなさい」
突然、少年が地面の上に丸まるようにして、男に謝る。
「もういい。もういいから、頭を上げろ。ごめんな、おびえさせるつもりはなかったんだ」
男は少年を立ち上がらせると、一度、頭を下げ、その場を去っていった。
「王都は人が多いから、あまりきょろきょろして歩くなよ」
少年に告げ、カロンが歩き始める。
「助けてくれてありがとうございました」
「今度は、ぶつからないように気をつけて歩け」
お礼を言った少年を振り返ると、カロンはそう言い残して、人ごみの中へと消えていった。
少年はカロンの立ち去っていた方を眺めていた。
しばらくすると、ゆっくりと深呼吸をして、歩き始める。
今度は、しっかりと前を向き、王都の石畳を踏みしめた。