露店商
「素材アイテムの買取?」
「おう。よければ売ってくれ」
問うカロンに、男がそう答えた。
男の露店には、武器や防具、アクセサリーなどが所狭しと並べられている。
露店を出すためには、露店商のスキルが必要になる。
露店商は商人になることで、自動的に会得できるスキルの一つだ。
目についた一振りの短剣を手に取ると、カロンは、アイテムの詳細情報を表示する。
人の手により製作されたアイテムの詳細情報には、製作者の欄が追加され、名前が表示される。
短剣の製作者は、ハガネになっていた。
「俺、もの作りが好きでさ。いろいろな製作に手を出してるけど、素材が足りなくてな。自作の装備を売りながら、素材の買取もしてんだ」
男が話している間も、カロンは露店の商品の情報をチェックを繰り返す。
商品のほとんどの製作者は、ハガネになっていた。
男は自作の装備といったので、ハガネという名前がこの男の名前なのだろう。
「えっと、あなたがこの装備品は製作者のハガネさん?」
「おうよ。さんはいらない。ハガネでいい」
「で、青年よ。素材を売ってくれるのか?」
ハガネの言葉に、カロンはアイテム欄にある素材アイテムを思い出す。
売るとしたら、短剣の製作に使用しないあの二つか。
カロンはそう考え、アイテム欄から素材アイテムを二つ、取り出した。
一つ目のコウモリの翼は、宝飾製作に、二つ目のクモの糸は、織布製作に使われる素材アイテムだ。
カロンはどちらのスキルも会得していないため、何の材料なのかはわからない。
「この二種類でよければ、買取をお願いする」
「コウモリの翼とクモの糸だな」
カロンの差し出したアイテムを、ハガネが受け取る。
「数はどれくらいある?」
「えっと、クモの糸がこんだけで、コウモリの翼がこれだけかな」
カロンは紙に数を書き出し、ハガネに渡す。
「結構、持ってんだな」
紙に書かれた数を確認し、ハガネは買取額を算出する。
「まず、クモの糸な。これは、縫製師に買取を頼まれてるから、その値段での買取だ。コウモリの翼はちょうど、俺が欲しかった素材だから、少し上乗せして、これくらいだな」
紙に買取金額を書き足し、ハガネはカロンに提示した。
提示された金額は、NPCに売ったときよりも、断然に高い。
「数集めるのが面倒だから、その手間賃と、アイテムが鑑定済みだったから、その分も少し上乗せしておいた」
思ったよりも買取金額が高かったことにカロンが驚いていると、ハガネが付け加えた。
「買取金額はこれで構わないよ。この素材は何の材料なんだ?」
どんなアイテムの材料なのか気になっていたので、カロンはハガネに尋ねてみる。
「クモの糸は特殊な加工をすると軽くて丈夫な布になる。で、コウモリの翼はこの装備の材料だ」
そう言いながら、ハガネは装備品をアイテム欄から装備欄に移す。
「装備するとこんな感じになる」
ハガネはアイテムを装備すると、カロンに背を向けた。
ハガネの肩甲骨の辺りに、何かが装備されてる。
それは、黒いコウモリの翼、いわゆる、悪魔の翼だった。
「い、いい。いいな、それ。すごく格好いい。ちょっと触ってもいいか?」
「構わんぞ」
驚愕と好奇心いっぱいのカロンは目を大きく見開きながら、ハガネに許可を求める。
ハガネの許可を得たカロンは、そろりと装備品に触れてみる。
ひんやりと冷たく、滑らかな感触。
とても、触り心地がよい。
カロンは、しばらく感触を楽しむと手を離した。
「これ、悪魔の翼ってアクセサリーなんだけどな。指輪作りに夢中になってたら、宝飾のスキルのレベルが上がって、作れるようになってた」
ハガネは、背中の悪魔の翼に目を向ける。
宝飾はアクセサリーの製作や、宝石の加工などを行うためのスキルだ。
「いいなあ、それ。俺にも一つ作ってくれないか?」
カロンは、ハガネの背の悪魔の翼をじっと見ている。
自分の作った装備品がここまで気に入られると、ハガネとしても嬉しい。
カロンから買い取るコウモリの翼の数から、いくつ悪魔の翼を作れるかをハガネは考えてみる。
一つをカロンに渡すとしても、それ以外にも数個できる計算になった。
「いいぜ。買取金額から一つ分の材料費を引くことになる。そうだな、材料持込だから、手数料はいらん」
「ありがとう。確か工房の使用料とかかるはずだよな。その分は払うよ」
「いらんいらん。あれだけのコウモリの翼があれば、何個か悪魔の翼作れるから、それを売れば十分に回収できる」
短剣の製作に興味のあるカロンは、製作施設の工房は使用料がかかることを知っていた。
「新規の顧客と、素材の入手先の獲得チャンスだからな。そのための投資だ。それに、青年に頼みたいこともあるしな」
ハガネにとっては顧客と素材の入手先、カロンにとっては馴染みの生産職と素材の販売先が得られるので、両者に損はない。
「頼みってなんだ?」
もちろん、カロンも異論はないが、頼みというのが気になった。
「大したことじゃない。この試作品の悪魔の翼をしばらく装備していて欲しい。こんな装備があるというお披露目のためにな」
装備して、歩き回れば色々な人が目にする可能性が増える。
ハガネの頼みとはそういうことだ。
「わかった」
すぐに悪魔の翼を装備することができるので、カロンは二つ返事で引き受けた。
「じゃあ、トレード画面を開くよ。数の確認よろしく」
カロンは、トレード画面を開くと、アイテム欄からコウモリの翼とクモの糸を移動する。
「じゃあ、これが悪魔の翼と買取金な」
ハガネは装備欄からトレード画面に悪魔の翼を移動し、金額の入力欄に買取額を入力した。
カロンは金額と悪魔の翼を、ハガネはコウモリの翼とクモの糸の数量を確認すると、了承の文字をタッチする。
トレード成立を知らせる電子音が鳴ると、トレード画面上のアイテムと金がそれぞれのアイテム欄に移動した。
カロンは早速、アイテム欄を開き、悪魔の翼を装備する。
「悪魔の翼について聞かれたら、職人に頼まれた、とだけ言っておいてくれ。大量に売りたいとは思ってないからな。そういうのは、他の誰かに任せるさ」
ハガネにとっては、金を儲けることよりも物を作るということの方が大事なのだ。
「悪魔の翼が出来たら知らせるから、連絡先を交換しておこう」
ハガネからカロンに連絡先交換の申請が送られてきた。
カロンはその申請を承認する。
「青年はカロンて名前なのか。よろしくな、カロン」
ハガネはカロンの名を確認するかのように、声をかけた。