パンはパンでも食べられないパン
『今回特集するのは最近流行のパンケーキ!!そして――』
晩ご飯時、何となく変えたチャンネルではこの様な特集を組んでいた。
「パン、ケーキ……」
何処かで聞いたことは有るような名前。しかし今聞いて新鮮な感じがするので私の記憶の中では風化されていたに違いない。
番組が進みパンケーキが全貌を表す。あれ、このパンケーキってアレに似てない?
そして私は思った。
このパンケーキってホットケーキと似てる気がするけど、どう違うの?
そして終盤へと番組は進み、パンケーキが最近コンビニのデザート商品として売られ始めたことを私は知る。
これは食べて見る必要があるな。そう私は決意した。
翌日、学校に行く途中、その通り道にあるコンビニで特集されていたパンケーキを購入する。
テレビで放送されていた事もあってか、私がコンビニに来たときには残り三つにまで数を減らしていた。
そして午前の授業が終わり、少しだけ待ったお昼休みの時間になる。
「ご飯食ーべよっ!」
という弾んだ声と共にコイツが弁当を片手にやって来て、私の前の机の向きを反対にし、私の机とくっつけ、座る。
因みに、「ご飯」で私の前まで来て、「食ーべ」で机の向きを変えくっつけ、「よっ!」で座る、と言った流れだ。誰の得にもならない説明である。
「やーだよ」
と私は返事をする。
「まさかの拒絶!?」
愕然とするコイツ。
「そもそも私が返事をする前にすべての準備を済ませるとは、これ如何に?」
そう私が言うと「うっ」とコイツは言葉を詰まらせ、「いや、もう一緒に食べるのが当たり前な気がして、つい……。だめ、だった?」と若干縋るような目で此方を伺ってくる。
やめろ、そんな目で見るんじゃない。良心が痛む。
「……駄目じゃない、冗談だ。何となく言ってみただけ」
「そ、そうなんだ」
私の言葉にコイツが安堵した表情を見せる。
「冗談でも傷つけるようなことを言って悪かったな」
「えっ?ううん、ちょっとビックリしただけだから気にしないで」
「本当に?」
確かめる私。
「本当に」
答えるコイツ。
「本当の本当に?」
再度確かめる私。
「本当の本当に」
もう一度答えるコイツ。
「本当の本当のほんと――」「止めよう!!このやり取りだけで昼休みが終わっちゃうような未来が一瞬だけ見えた気がしたから!!」「……」
残念でもないがこのループはコイツによって抜け出されてしまった。
「さて、早くお昼ご飯食べようか。誰かさんの所為で不毛な時間を費やしてしまったし、のんびり食べてるとお昼休みが終わってしまう。
それに、五限は移動教室だから余計に食事に時間が掛けてる余裕なんて無い。
一体誰なんだ、こんな無駄な時間を作り出してしまったのは……」
なんて恐ろしい人なんだ。きっと生まれた時代が時代なら稀代の策士になっていたに違いない。
「自分だよ自分!?私の目の前にいる人だよ!!って体ズラして私の目線から逃れようとしない!!やることが妙にやんちゃな小学生みたいだよ!!ってまた無駄な時間を過ごしてる!?」
ああ、もうどうすれば良いの!?とコイツが徐々に荒れ始める。
そんなコイツに「食べ始めれば良いじゃない」と声を掛けると、コイツの荒々しさは次第に治まり「……うん」と箸箱から箸を取り出し、両手を合わせる。
私もそれに倣い箸を取り出し、そして両手を合わせる。
「「いただきます」」
お昼休みが始まり五分以上が経った今、漸く私たちは其々の弁当に手を付け始めた。
「「御馳走様でした」」
弁当を食べ終える。
そして私はバッグから今朝買ったパンケーキを取り出す。
「パンケーキ、だよね?」
コイツが聞いてくる。
「そう、行き掛けに買ってきたの」
「へー。もしかして昨日の特集見てたりする?」
「その通り」
コイツも昨日の特集を見ていた様だ。
「ね、ねぇ」
「なに?」
「一口、貰っても良い、かな?」
恐る恐ると言った感じにコイツが聞いてくる。
「別に良いよ」
特にこれと言って断る理由なんてないし。
私はパンケーキをフォークで半分に切り「ほら、早く食べろ」とケーキの乗った容器をコイツの方に少し押す。
「え、一口って言ったのに、半分なんて悪いよ」
コイツは申し訳なさそうに私の方を見る。
「気にしないで」
そう私が言うとコイツは「う、うん。じゃあ貰うね」とフォークで刺し、その半分を口にする。
「……」
咀嚼し、味わう。
「……どう?」
私の質問に対し、コイツは半分残った容器を私の方に寄せる事で応える。
『どういう事だ?』
と言う私の視線に対し。
『食べれば分かるよっ!』
と言っているかの様な意味の籠った視線を返してくる。
そして私はパンケーキを刺し、口まで運ぶ。
緊張の一瞬。口を開け、パンケーキを――――
パクッ。
食べた。
「……」
まぁ、美味しいんじゃないかな。ふわふわのケーキに生クリーム、とても良く合っている。
ちょっと値段的にコンビニのデザートとしては私の主観的に高いような気がしないでもなかったが、之なら許せる範囲内だと思う。
「……どうだった?」
コイツが感想を聞いてくる。
「食べればわかるよっ!」
「もう無いよ!?というか口には出してないけど、私のセリフだよそれ!?」
「まぁ、感想としては……」
「しては……?」
「美味しいと思うよ」
評論家のようにコレコレがこう美味しかった、とかは表現できないので純粋に思った事だけを口にする。
「うん、私も美味しいと思ったよ」
「なに私の意見に乗っかってるの?」
「別に乗っかったわけじゃないよ!?私も美味しいと思ったからそう言っただけなんだよ!?」
「その意見も私と同じ」
「何時言ったの!?」
「さっき心の中で」
「そんなの横暴だ!声にしてないなら私が最初!」
「……ところでさ」
「話の流れをぶっちぎったよこの人!?」
私は急な話の路線変更を行う。
「いや、もうそろそろ昼休みも終わりに近いじゃん。だから聞いておきたくて」
昼休みも残り十分位に差し掛かる。
「ふーん。で、なに?」
私は昨日抱いた疑問を投げ掛ける。
「パンケーキとホットケーキって、どう違うの?」
「……あー、えっと……、どうなんだろうね?」
私の質問にコイツは言葉を詰まらせる。
「分からないなら分からないと言うべき。言葉で」
「分かりませんっ!」
潔くピンと張った声。
「そう……、なら調べて」
「はいっ!ってどうして私が調べる事になるの?私の疑問じゃないのに」
「でも、お前は気にならないの?」
「気になりますっ」
「なら調べて」
「……自分では調べないの?」
そのコイツからの問い掛けに対し、私は「私のフィーチャーフォンよりお前のスマートフォンの方が早いだろ」と答える。
「そうかな?」
「そうだよ」
「うーん、分かった」
と言って、コイツはポケットから取り出そうとするが――
「ストップ。時間切れ。移動教室する」
私はそれを止める。もうお昼休みの終了五分前で教室にいる他の人達も各々移動し始めていた。
「う~……」
コイツが恨めし声で唸りを上げる。
「続きは放課後だな」
「……そうだね」
私達の疑問の解決は放課後まで見送りとなった。
「さて、謎解きの時間だよっ!」
「何を言ってるの?」
放課後になると直ぐに、コイツは私のところに来る。とは言っても別に席は遠く離れている訳でも無く、私の二つ先の右斜め前なのだが……。
取り敢えず良く分からない口上を述べていたので追及してみる。
「スイマセン、ちょっとテンションが上がってつい……。深く詮索しないでください」
「分かった。それで如何してそんな訳の分からない事を言ってたの?」
「詮索しないでって言ったよね!?五秒くらい前に!」
「それでも気にしてしまうのが人間の悪いところ」
「皆を巻き込まないで!それは自分一人の事だよ!」
「人類皆兄弟」
「それの使い方は間違ってる!」
知ってる。
「さて……、調べよっか?」
「なんて強引な話の逸らし方……。じゃあ調べるよ?」
「了解」
そしてコイツはスマートフォンを取り出す。
「キーワードは?」
そう聞いてくるので――
「パンケーキ、ホットケーキ、違い、で良いんじゃないか?」
「分かった。パンケーキ、ホットケーキ、違い、っと。……うん、出たね」
ふむふむ、なるほどなるほど、と納得したように画面を眺める。
「それで、何が違うんだ?」
私はコイツに尋ねる。
「えっとね……。森永製菓さん的には「ホットケーキは厚みのあるスイーツ系、パンケーキは食事系」だってさ。
ぶっちゃけると、小麦粉に卵・牛乳などを混ぜた生地をフライパンで焼いたものはパンケーキ。つまりホットケーキもパンケーキに含まれるみたいだね。
余談として、パンケーキの「パン」はbreadのパンじゃなくて、frying pan、フライパンのパンを意味するらしいよ」
「ふーん……」
「何か反応薄くない?」
コイツがジトッと見てくる。
「いや、普通こんなもんじゃないか?無駄に「凄いね!吃驚だね!ワンダフォー!」とかリアクションするのもやらせっぽいだろ」
そんなリアクションをとる私を想像する。……、想像しなかったことにした。
「そうかな?」
「そうだよ」
「結構冷えてきたね……」
昇降口をでて外にでる。ここ最近気温が下がってきたからか、コイツがそんな事を口にする。
「そうだな。こう寒くなると……、おでんが恋しくなる」
「あー、おでんかぁ。何が好き?」
「餅巾着」
これが私のフェイバリット。「そう言うお前は」と私は尋ねる。
「ダイコン。しっかりと汁の沁み込んだ」
「そこは拘るんだ」
「うん、これは譲れない」
そう言ってコイツは、少し得意げに笑った。