ココアは最強!
休み時間、午前中の授業も残り1時間となった。
先生に先程の授業で分からなかったところを聞き、席に戻る。
休み時間も残り一分を切った。
「ねーねー」
席に戻ったところでコイツに話しかけられた。
コイツの様子から、私が来るのを待っていたような感じがする。
「なんだ?」と私はコイツに返事をする。
「ふと思ったんだけどさ」
「ああ」
そして、コイツは言った。
「ココアってさ、最強だよね」
……は?
――キーン・コーン・カーン・コーン…………。
授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
え、ココアが最強? ストロング? ココアが強いの?
私の脳裏に一瞬、とあるコーヒーメーカーのCMで、洞窟で「ガガガガガガ」と岩を削るあの光景が浮かんできた。
いや違う、そうじゃない。
それに、これはココアじゃなくてコーヒーだ。
あーもうっ。ココアが最強って、一体どういうことなんだっ!
胸にモヤモヤを抱えながら、私は授業を迎えた。
「……終わった」
午前中の授業が終わり、昼休みとなった。
結局、最後までココアの事について考えてしまい、殆ど授業の内容が頭に入ってこなかった。
私は机に体を預けるように突っ伏す。
「なにしてるの?」
天から、もとい上の方から声が掛かる。
「見て分からないか?」
私は顔だけ上に向ける。
コイツが弁当袋を片手に持ち、頭上に?を浮かばせたような表情で此方を覗き込んでいた。
「えっと、分からないかなぁ……」
私の質問に、コイツは苦笑いをする形で答えてきた。
「そうか、なら教えてやる」
私は手招きをして、コイツにもうちょっと顔を寄せるように指示する。
「……?」
興味半分、疑問半分な趣で近づいてきたコイツに、
「おぅっ!?」
私はチョップをぶちかました。コイツは私にチョップされたところを手で押さえ、私をキッと睨んでくる。
「な、なんでぶつのかな?」
「いや、ぶった訳じゃないぞ。チョップしたんだ」
「あっ、そっか。……って、そういうことが言いたい訳じゃないんだよっ!」
おお、今回は流されなかったな。
「で、わたしをぶった理由は?」
コイツは腰に手を当て、「私、怒ってます」的なポーズを取る。
「知りたいか?」
「うん、知りたい」
「そうだな。そう、あれは雪がシンシンと降る、冬の中でもとりわけ肌寒く感じる日だった」
私は静かに目を閉じ、その日を思い出すかのようなフリをする。
「で、結論は?」
ほら、早く言えよ。と給湯器がまだ完全に水を温めきれていない、出し始めの水の如き寒さを含んだコイツの目が、私の戯言を冷ましてくる。
「ココアだ」
「ココア?」
私の言った言葉をコイツが復唱してくる。ココアだけでは理由が理解できないらしい。
「おまえ、前の休み時間に「Cocoa is the strongest!!」って言っただろ?」
「別に英語では言ってないけど、言ったね」
「それだよ」
「……ん?」
コイツがコテンと首を傾げた。未だ結論に至っていないみたいだ。
「その、ココア=最強っていうよく分からない法則が理解できなかったんだよ」
そこまで言うと、コイツは合点がいった様で、「おおっ」と手を打ち合わせる。
その暢気な態度に私はイラッときて、再びコイツの額目掛けて手刀をかました。おぉぉ……。とコイツが悶える。
「ほら、何なんだココアが最強って? ほら、答えろよほら」
続けてコイツの頭を平手で叩く、叩く、叩く、叩く、叩く。
合計五回。
「そんなに叩かないでよぉ。これ以上私の頭が悪くなったらどうしてくれるの?」
「安心しろ。これ以上悪くなることはないから」
ついでにもう一度叩きにかかる。
「何という暴論っ!」
ていっ! とコイツは私の手を白刃とりしようとするが、空振る。パンッと乾いた拍手の音がした。
何という反応の鈍さだっ!
「…………さて、どうしてココアが最強なのかって話だったねっ!」
つい一分前のことを無かったかの様に、無駄にテンションをあげて話を切り出す。
コイツ…………開き直りやがったっ!
私の視線をものともせず、コイツは話を続ける。
「想像してみて」
「想像?」
「私たちは今、寒空の下にいます」
寒空の下、肌寒い風が通り過ぎていく。
くそっ、どうして冬というのはこんなにも寒いんだ。
「通りを歩いていると目の前に自動販売機が」
「あったかーい」のと「つめたーい」のが入り交じっている自動販売機が目の前出現!
「そして右下の方にはあったかーいココア。つまり「ホットココア」がっ!」
あぁ、なんでだろう。誘われるように指がココアのメニューのボタンを押してしまう。
まさか、これが人間の本能だというのだというのか。人が寒い時にホットココアを求めるというのは、本能だというのかっ!
――ガシャコンッ!
自動販売機からホットココアが落ちる。私は少し屈み、取り出す。
缶を掴んだ手から、温もりが全身へと伝わってくる。
缶の蓋を開けた。ココアの香りが開いた口から漏れだし、冷たく乾燥した空気を甘く彩り始める。
そして一口。
…………幸せの味がした。
目を開ける。
「どう?」
コイツが訊いてくる。
「まぁ、分らんでもないかもしれない」
「でしょっ!」
私が正直に感想を述べると、コイツは得意げな顔する。
しかし、頭の中で想像しているときにふと思ったことがあるのだ。
「なぁ、ココアが最強なんだよな?」
「うんっ!」
強く頷くコイツに私は言った。
「じゃあ、コーンポタージュやお汁粉とかはどうなんだ?」
「……え?」
私の言葉が予想外だったのか、コイツはキョトンと目を丸くした。
「ココアもそうだが、コンポタやお汁粉だって自動販売機にあるし、結構定番だろ?」
「うーん、確かにそうかも」
コイツは考える素振りを見せる。
そして一分程考えた後、「よし」と手を叩いた。何か閃いたらしい。
「順番付けをしますっ!」
「順番付け?」
「いえすっ! ココア、コンポタ、お汁粉を一位から三位まで順位を決めればいいんだよっ!」
なるほどね。
「とすると、お前はどんな順番にするんだ?」
「そうだねぇ、まず一位はココアでしょ?」
「だな」
「それで二位はー……、コンポタッ!」
「ふむ」
「最後に三位は、お汁粉だねっ!」
ココア、コンポタ、お汁粉の順番か。
順番付けを終えたコイツは満足げに「うん、うん」と頷いている。
余韻に浸っているところ悪いが、
「異議あり、だ」
「ふぇっ!?」
コイツが驚いたというか、情けない声を上げる。
「い、異議あり、なの?」
「あぁ、私はお前の順位に物申さなければならない」
「な、なんで?」
おずおずと、ミニチュアダックスフントの様な小動物を彷彿とさせる雰囲気を醸し出しながら、コイツが尋ねてくる。
「私の場合、コンポタとお汁粉の順位が入れ替わるからだ」
私的にはお汁粉、コンポタなのだ。
私がそう言うと、コイツは「……そっか」と哀愁の帯びた声色を発する。
「じゃあ、決闘だね」
そして私を真剣な眼差しで捉え、突然の申し込みを投げ掛けた。
「そうだな。決闘だな」
コイツからの申し出を私は受ける。
さぁ、始めよう。己が拳に全てを掛けた、仁義なき戦いを。
私たちはアイコンタクトをし、頷き合う。
互いに自分の信じた武器を構える。
私は左手をそっと添えるように前に出し、右手を矢のように後ろへ引き絞る。
コイツは堅く握りしめた右手を腰のところで溜める様に構え、左手はその爆発しそうな右手を上から包むように抑えている。
準備は整った。
「さい!」
「しょは!」
「「グー!」」
「じゃん!」
「けん!」
いざ、参るっ!!
「「ポンッ!!!」」
目を閉じ、互いが空間を割く様な勢いで武器を振るう。
……。
……。
……。
……。
時間が止まった様な静けさが続く。
結果は、結果はどうなったんだ?
私はゆっくりと目を空ける。
私は全てを包み込む大気の様な、パー。
コイツはあらゆる障害をその一撃を持って破壊するような――グーだった。
か、か、か、か、か、か勝ったっ! 勝ったぞっ!
「私の、勝ちだな」
私は何とか嬉しさを堪え、自慢のポーカーフェイスで自分の勝利を告げる。
そしてコイツは――
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」
年頃の少女が発してはいけない声を上げて、両手で顔を覆い、蹲っていた。
何というか、凄く哀れである。哀情を感じて仕方がない。
私は悶え続けているコイツに、「おい」と肩に手を置く。
「うぅぅ、哀恤なんていらないよぉ」
「そうか。コンポタもお汁粉も争わずにすむ、いい案が有ったんだがな」
私の言葉を聞くとコイツは顔を覆っていた手をどけて、私を見上げる。
「え、ほんとう?」
「ああ、でも情けは要らないんだろう?」
「いえいえいえ、いりますいります! やっぱり今の時代に必要なのはホスピタリティ精神たっぷりの優しさだよねっ!」
おいおいどっちだよ。あっさり手のひらを返しやがったぞコイツ。
私が先程とは違う憐みの瞳でコイツを見ると、「あはははは」と苦笑いで応えてくる。
「それで、コンポタかお汁粉かで争わなくていい方法ってなに?」
手のひらを返した上に話も逸らすか。
でもまぁ、いいか。
「ココアとお汁粉で争わなくていい方法。それはな、順番なんて決めなければいいんだ」
「……え?」
「だってそうだろう? 私はコンポタよりもお汁粉が好いけど、お前はお汁粉よりコンポタの方が好い。そしてこれは譲ることのできないものだ」
「う、うん」
私の話にコイツがコクコクと相槌を打つ。
「なら、決めなければ良いんだ。寧ろ決める必要なんてない。それでも敢えて順位を付けるなら同着二位ってことで良いんじゃないかな?」
私が話し終えると、コイツは顎に人差し指を当て、考え中みたいな格好を作る。
「……うん、良いかもしれない。というより寧ろ良い!」
パァッと、地平線から昇ってきて、世界を一瞬で明るく照らす日の出のような晴れやかさを魅せた。
放課後の帰り道。
吐息が白く染まる。
「あ、ちょっとコンビに寄ってもいい?」
「別に良いけど」
私が提案に応じると、足早にコンビニの中に入っていく。
特に買うものも無かったので、私は入口の隣でコイツが出て来るのを待つことにする。
ヒューーと肌を突き刺すような冷たい風が通り過ぎる。
寒いし、早く戻ってこないかなぁ。帰ったら温かいココアでも飲もうかなぁ。
「おっまたせー!」
そんな事を考えていると、買い物を済ませたコイツが戻ってきた。
「それで、何を買ってたんだ?」
「お、気になる? 気になっちゃいます?」
ニヤニヤとコイツが尋ねてくる。
「いいから出せ」
はーい。とコイツはレジ袋から取り出したものは――、
「はい、ホットココアだよっ! そしてこれはキミの分ねっ」
私はコイツから缶を受け取る。
……あったかい。
受け取った手から、缶の温もりと、コイツの温かさが伝わってきた様な気がした。




