晴れることを祈ってみたら……
7月6日。今日は梅雨の時季らしからぬ、晴れの日だ。
コイツに「今日は私の家で勉強しない? いや、勉強して。勉強して下さい!」と、お願いなのか、命令なのか、懇願なのかよく分からない連絡を受けた私は、現在自転車のペダルを漕いでコイツの家に向かっている。
「まぁ、分かった」と了承した私だが、もし今日の天気が雨だったら「断る」の二言で切っていたところだろう。
どうして雨に打たれてまで、コイツの家に行かなくちゃいけないんだ。
有ったかもしれない未来にブツクサと無駄に文句を垂れていると、いつの間にかコイツとその家族が住んでいるマンションに到着していた。
――おじゃまします。
――いらっしゃい。今日はあの娘の我が儘に付き合わせちゃって御免なさいね。
――いえいえ、私もあいつに良く助けてもらってますし、別に構いませんよ(社交辞令)。
という、何ともテンプレな挨拶をコイツの母親と交わす。
そして廊下をちょっと歩き、コイツの部屋の前までやってきた。
「失礼しまーす」
「えっ、わっ!」
私が部屋に入ると、コイツは授業中に居眠りをしていて、脇腹を他の人につつかれた時のような驚きを見せる。
「本当に失礼だね」
呆れ顔で私に言ってくる。
「何が?」
「普通はノックをして、向こうからの反応を待つものだと思うんだけど?」
常識的に考えて、ね。偉い学者がするような素振りをしながら、コイツが私に説いてくる。
「じゃあ、今回は残念ながら普通じゃない場合だった訳だ。ご愁傷様」
「何を他人事のように言ってるのかなっ! この場合を起こしたのは君なんだよっ?」
「起こしたのは私でも、被害を受けたのは私じゃないし」
「鬼畜だっ! ここに一匹の鬼が誕生したよっ!」
鬼は外っ! 鬼は外っ! と、コイツ何かを(多分豆なんだろうと思う)投げるジェスチャーをする。
そうか、私に帰れと。そうコイツは言いたいのか。
「成る程。じゃ、また明日」
スッと軽く手を挙げて、帰りますよと合図する。
「え、あ、帰っちゃダメ――! 鬼は内だよっ!」
コイツは席を立ち、私の揚げた手をガシッと掴む。
「なんだ、鬼は外なんだろ?」
「鬼は外でも、此処にいる鬼は優しい鬼なの。例外です」
「えー」
「じゃ、勉強を始めよっか」
有無も言えず強引に、部屋の中央に置かれているテーブルまで手を引っ張られ、誘導される。
「さあ座って」
目の間に鎮座している座布団をポフポフとコイツは叩く。
有無を言えない私に、有無を言わさない真剣な目つきで迫ってくる。
「……失礼します」
私はその座布団に正座した。
勉強を初めて1時間弱、コイツの集中力が切れて「うがーっ!」とほえた辺りで、休憩を挟むことにした。
そして私がお手洗いに行き、帰ってくると、コイツは陽気に鼻歌を口ずさんで何やら作業をしていた。
縦長の紙に文字を書き込んでいるのが窺える。
「何してるの?」
私が尋ねると、コイツはピタッと手を止め、私を見上げる形に目を合わせてくる。
「えっとね、短冊にお願い事を書いてるの」
短冊、願い事。あぁ、そう言えば――、
「明日は七夕か」
「うん。……あ、そうだ。キミも何かお願い事書かない?」
コイツは、何故かもう一枚机の上に置かれていた短冊を差し出してくる。何とも用意周到なことだ。
「いいか、願いは叶えてもらうものじゃなくて、叶えるものなんだ。だから私は書かない」
「えぇー。いいじゃん、ちょっとくらい楽しようよ〜」
折角キミのために用意したんだよ?
そう言って私をじっと見つめるその目は、心なしか目元に潤いが溜まっているような気がする。
「……分かったよ。書けばいいんだろ」
私は「はぁ」と息を零し、コイツから短冊を受け取る。
「ねぇねぇ、君はどんなお願い事をするの?」
テーブルから軽く身を乗り出し、コイツは私の短冊を覗こうとしてくる。
「見せない」
「いいじゃん。減るものじゃないでしょ?」
「私の精神ポイントが減る」
私はコイツに見えない様に背を向けて、短冊に筆を走らせる。
「みーせーてーよー」
後ろからの声と共に、私の体に人一人分くらい(どのくらいの重さかは伏せておく)の重さが圧し掛かる。そして柔らかく仄かに甘い、シャンプーの香りが私の鼻をくすぐる。
「重い。離れろ」
私の肩に軽く顎を乗せ、意地でも見ようとするコイツの頬に手に当て、押しのける。
「やーだー」
それでも私の体にしがみ付き、離れようとしない。
くっ、なんと強情な。
「そんなに……、見たいのか……?」
「もち、ろん、だよっ! ……って、あれ?」
突然、引き離そうとしていた手が引き戻されたことに驚いたのか、呆けた声が私の鼓膜を揺らす。
「どうしたの?」
コイツが私に訊いてくる。そして顔が近い。
私はグイッとコイツを押しのける。「あうっ」という声が向こうから聞こえてきたが気にしない。
「ほら、見ると良い」
ぽーっとしているコイツの額に、ピタン!と張りつけるように短冊を押し付ける。
これまた「うぴゃっ!」という声が聞こえてきたけど、これもまた気にしないで置くことにする。
「あうぅぅ。えっと、なになに、『こんな日がずっと続けばいいのにな……』」
「そうだ」
「それって、私とお喋りしたりするのが楽しいってこと?」
「……そう思うのなら、そう解釈すれば良い」
私が答えると、「うぇっへっへ」と奇妙な声を上げ始めたコイツ。
まさか、コイツ実は妖怪か何かの類なんじゃないだろうな。
「おい妖怪」
「妖怪じゃないよっ? 人間だよっ?」
妖怪っていうのは、もっとこんな風に怖いんだから! と変なジェスチャーを添えて説明をしだす。
まぁ、コイツが妖怪か人間かは置いておいて、私はふと気になったことについて尋ねる事にする。
「私の短冊を見たのは良いとして、お前は短冊に何を書いたんだ?」
「あ、うん、えっとね……」
そう言って、コイツはテーブルに置かれた短冊を手に取る。
「はい、これ」
私に渡してくる。
私は短冊を受け取り、書かれた文字に目を通す。
『ずっと楽しい日々が続きますように』
そう書かれていた。
「明日。晴れれば良いな」
私はコイツに話しかける。
「うん」
私の言葉に、星々が輝く夜空を思い浮かべているのか、弾んだ声でコイツは答えた。
あ、でも今朝やっていたニュースだと、明日の天気って微妙なんだよな。
それでも、明日が晴れることを祈ろう。
7月7日。
曇り。
……後に晴れ。




