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春の息吹を感じて

 三月も半ばを過ぎ、三年生が卒業して一週間が経とうとしている。

 ホームルームを終え、後は帰るだけ私はふと、窓の外を眺めた。

 強風だ。

 此処最近、妙に風の強い日が多いような気がしてならない。雄大にそびえ立つ木々も、今にも折れてしまうのではないだろうかと思わせる程に、その枝を激しくしならせている。

 その様を見て、私は軽くため息を吐く。

「何を見てるの?」

 後ろから声が掛かる。毎日のように聞いている、相手を安心させる優しい声だ。

「見ての通り、外を見ているんだ」

 私は後ろを振り返り、声の主であるコイツからの質問に答える。

「外?」

「そう、外」

「外に何かあるの?」

 コイツは窓に近づき、外を見る。

「いや、別に何も」

「じゃあ、どうして外を見てるの?」

「特に理由は無いな」

 そう言うと、コイツはジッと外を見つめる。

「んー……。風が強いねぇ」

「そうだな。強いな」

 風が唸り、ガタガタと窓が震える。

「それで、何の用だ?」

「ふぇ?」

 コイツに対して私が問いかけると、コイツは情けない声を出して反応する。

「何だ? 用があって私に声を掛けたんじゃないのか?」

「あ、そうだった……」

 言われて漸く気が付いた様で、握り拳にした右手で左手の手の平をポンと叩き、相槌を打つ。

「えっとね、この前卒業式があったじゃない?」

「ああ、そうだな」

「それで思い出したんだけど――」

 そしてコイツはこう言った。

「春の息吹って、何なのかな?」

「……はぁ?」

 今日もコイツは絶好調の様だった。


「それで、一体どういうことだ?」

 私は疑問をぶつけてきたコイツに質問する。

 さすがに詳しく説明してもらわなければ、どうしようもない。

「うーんと、わたしが小学生の時の卒業式で卒業生からの言葉っていうのがあったの」

「ふーん」

 それなら私の卒業式でもあったような気がする。

「それで、その卒業生からの言葉の最初の言葉が「春の息吹を感じる三月」だったんだけど……」

「その「春の息吹」が何なのか疑問を感じたというわけか」

「うん、そういうこと。あの時は特に何の疑問も感じなかったんだけど、今思い出したら何なんだろうって気になっちゃって」

 あはは、とコイツが頬を人差し指で搔き、少し申し訳なさそうに苦笑する。

 春の息吹、か。またコイツは面倒な疑問を持ってしまったみたいだ。

「そうだなぁ……」

 私はコイツから視線を外し、外へ向ける。相変わらず強い風が吹いている。

「これじゃないか?」

 親指で窓の外を指さすことによって答えを示した。

「これって、どれ?」

 コイツは私の指さす方に目を向けるも、「何も無いよ?」と此方を振り返り、訝しげな表情を浮かべ尋ねてくる。

「風だよ」

「かぜ?」

「そう、風。春一番だ」

 息吹だし、まぁ風で良いんじゃないのだろうか? という安直な考えによる答えである。

「それで良いのかなぁ……」

「どうだろうな」

 不満げな表情のコイツを見て、私は息吹という言葉について考えることにする。

 息吹とは、息づかい。呼吸。そして、いきいきと活動する気配。生気。

 そこから考えると、「春の息吹」とは――

「春が来たなぁ、という感じか」

「え?」

 私の呟きにコイツはキョトンと目を丸くする。

「だから「春の息吹」だよ。こう、例えば、今まで寒かったのが段々と暖かくなって、「春になったのかな?」って感じがするモノなんじゃないかな?」

「「春になったのかな?」って、土筆(つくし)が生えてくるとか?」

「まぁ、土筆が生えてるのを見れば春が来たなって思えるし、良いんじゃないかな」

 他にも蒲公英、桜が咲いたとか、蝶々が飛び始めたとか。花が咲いたり、動物が活動を始めると春を感じるような気がする。

「なるほどー。「春が来た」って感じが春の息吹かぁ。なんか良いかもっ!」

 そう言ってコイツは楽しそうに笑った。


「ねぇねぇ」

「ん? どうした?」

 帰り道、並列して歩くコイツに話しかけられる。

「さっき君が言っていた春一番って、何なの?」

「は?」

 コイツからの問い掛けに、つい言葉強めに聞き返してしまう。気象情報とかを見ていれば自然と耳にするモノだと思うのだが……。

「あっ、もちろん春一番って言葉は知ってるよ? でも知ってるだけで、春一番がどういうものなのかは知らないの」

 取り繕う様にコイツは言葉を続ける。

 ああ、そう言う事か。

「そうだな、春一番というのはその年初めての、今の時期ぐらいに吹く南寄りの風の事をいうんだ。そして、春一番が吹く日は気温が急激に上昇する」

「強い風が吹いて気温が上がる……、それって今日みたいな日のことをいうのかな?」

「その通り。今日吹いている風こそ、春一番だ」

「おぉ-!」

 私の言葉にパチパチとコイツが拍手をする。乾いた音が場を支配し、私の耳に伝わる。

「そしてこの春一番だが、元々は気象用語では無かったんだ」

「えっ、どういう事?」

「春一番という言葉は、その昔、石川県能登地方・三重県志摩地方より西の地方で船乗りが使っていた言葉なんだ」

「船乗りの人達が……、どうして?」

「なんでも、安政六年――1859年の3月17日に沖に出た漁師たちが春の強風、つまり春一番に遭って全員遭難してしまったんだ」

「そうなんだぁ」

「……」

 それはないだろう。

「……ごめん」

「そして、この事故から春に初めて吹く強い風の事を「春一」、「春一番」と呼ぶようになったらしい」

 隣から「まさかのスルーッ?」と聞こえてきたような気がしなくもないが、それをさらにスルーする事にする。

 滑りには厳しい人間、それが私。


「あっ!」

 説明を終え、ノンビリと歩いていると突然コイツが大声を上げる。何かを発見したような、その声から嬉しさが感じられる。

「行き成り大声を上げてどうした?」

「ほらっ、桜だよ桜っ!」

 そう言って、コイツは急かす様に私の腕を執拗に引っ張ってくる。

 「おい、分かったからそんなに引っ張るな。腕が痛い」

 私に見せたいのは分かったから、もう少し引っ張る力を抑えて欲しい。

「あ、ごめん……」

 私の言葉に、申し訳なさそうに掴んでいた手を放す。

「はぁ……。それで、どこに桜があるんだ?」

 少々辟易しながらもコイツに聞いてみると、「これだよこれっ!」と指さす。

 そしてコイツが指した方向を追って見ると――


 咲いていた。確かにそこに、咲いていた。


 まだ六分咲きといったところだろうか。蕾も多く残っており、満開となるにはまだ時間がかかるだろう。それでも、そこに桜は咲いていた。


「春だねぇ」

 コイツが朗らかに言う。

「春だな」

 私が和やかに言った。

 

 ――あぁ、もう春なんだ。


 新しい季節の訪れを、春の息吹を、私は感じた。

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