透明なコトバに色を付けて
「喜びはオレンジ色、怒りは赤色で悲しみは青色、そして楽しみは黄色」
放課後、図書室に本を返し教室に戻ってくると、コイツが窓から外を眺めながらそんな事を呟いていた。
「何だ、その「おとといはウサギを見て、きのうは鹿、きょうはあなたに会ったわ」みたいなモノは?」
先程まで借りていた本、『たんぽぽ娘』の登場人物のセリフを言ってみる。特に理由は無い。妙に印象的だっただけだ。
私の声にピクリと反応し、コイツが顔を私の方に向ける。
「あ、戻ってきたんだ。それで、おとといはウサギを見て何やらって、なに?」
私の言った事にコテンと首を傾げる。
「悪い、待たせたな。それと別に気にしなくていいよ。ただ言ってみたかっただけだし」
「そうなんだ。あと、別に五分くらいだし、それ程待ってないよ」
そう言ってコイツはヘニャリと春の陽だまりを感じさせる笑顔を見せる。
春か……。
それにしても、もう季節的には春の筈なのに雪が降ったり、春という言葉の意味を調べ返したくなる日が続いている。
チラリと窓から外を眺める。校庭の端には未だに溶けずに残っている雪の塊がチラホラと見える。何でも五十年に一度の大豪雪だとか。あれ、百年に一度だったっけ? 昨晩ニュースでやっていたのを見たのにど忘れてしまった。取り敢えず、雪がすごく積もった、その事実は変わらない。
あ、でも二月――如月は、春でもまだ寒さが残っているので、衣を更に着る月であるから衣更着とも言うらしい。そう考えると、未だ寒さが続くのは仕方ないのかもしれない。
とは言っても、私としては一日でも早く終わってほしいのだが……。
「それで、さっきの良く分からない独り言は何なんだ?」
私がそう尋ねると、コイツが少し驚いた表情をする。
「え、聞いてたの?」
「ああ、「喜びはオレンジ色、怒りは赤色で悲しみは青色、そして楽しみは黄色」だったか?」
「うん、そうだよ。えっとね……、言葉に色を付けてたんだよ」
「はぁ?」
言葉に色を付ける?
なんだそれ。またコイツは面倒くさそうなことをやってるな。
「例えばさ、「甘い」っていう言葉があるじゃない。その「甘い」という言葉に色を付けるとしたら、君はどんな色が似合うと思う?」
コイツにそう言われたので、考えてみる。
甘い。その言葉から連想するのはお菓子。ケーキとかどうだろうか。ケーキ、生クリーム……。
「そうだな、クリーム色とかどうだ?」
「なるほどー。分かりやすくて良いね」
フムフム、と頷く。何だその反応は。私の考えが安直だとでも言うのだろうか。
「ならお前は、そうだな、「速い」はどうだ?」
お返しに、と私はコイツに質問する。
因みに私は薄い水色だ。この色から、空をビュンと速く飛んでいるイメージが浮かんだからだ。
「うーん、そうだねぇ。赤色かなぁ」
「赤色?」
赤色、私の薄い水色とは全く対極的な色だ。コイツは一体どんなイメージをしたのだろうか。
「うん、何か速そうなイメージしない? F1の車とか赤色な感じがするし」
「確かに……」
確かにそうかもしれない。フェラーリとかも赤色の車を連想するし。
「それじゃあ――」
コイツは閑散とした教室をキョロキョロと軽く見渡す。
「「教室」とか、どうかな?」
「教室?」
「うん、教室」
私はコイツが先程やっていたように辺りを見渡す。
そこにあるのは机に黒板、ロッカーに掲示板、教壇位のモノだろう。そこからどうやって色を付ければ良いのだろうか。
そして視線を軽く下に向けた事で、丁度目に入ったのは床。
「そうだな、「教室」は茶色だな」
「今、床を見てから言ったよね? 「あ、これでいいか」とか思って言ったよね?」
「ハテナンノコトヤラ」
「その言葉、床を見ながらじゃなくて、わたしの目を見て言える?」
コイツの追求に、私はコイツ目を見て、そして逸らした。
「なんで逸らしたのっ?」
「済まないが、私は人の顔をジッと見つめる事が出来ない性質なんだ」
「初めて聞いたよそんな事っ!」
「だって初めて言ったもの」
私がそう言うとコイツは「ふーん……」と言って、
「でも、今そんなこと言っても全く信憑性がない事は分かるよね?」
ニッコリと、笑っているけど笑っていない、そんな有無を言わさぬ笑みを浮かべ私に問い掛けてきた。
こんな時にどうでも良い事だが、笑顔というものは威嚇の一つとされることもあるらしい。つまり何が言いたいかと言うと、コイツの笑顔から嫌と言うほどプレッシャーを感じる、と言うことだ。
「あ、ああ……」
ただ私に出来る事は、首を縦に振る事だった。
「ねぇ」
借りてきた本を鞄に詰め、席を立つ。そして、帰ろうとしたところでコイツに呼び止められ、立ち止まる。
コイツも帰り支度を済ませたのか、席を立ち、私の隣に並ぶ。
「ん、何だ?」
私はコイツの方に振り返り、返事をする。
そんな私にコイツが言った。
「君は、「コトバ」にどんな色を付ける?」
「「コトバ」?」
私が聞き返すと、コイツがコクリと頷く。
「うん、「コトバ」」
コトバ、他の何物でもない「コトバ」という言葉。言葉を作るために必要なもの。
そんな言葉に私は――――、
「私は何も付けないな」
「何も付けないって、つまり白色ってこと?」
私の答えにコイツが困ったような表情を見せる。
確かに、どんな色を付けるかと尋ねたのに、何も付けないと言われれば、こんな表情をするのも無理もない事だ。
「いや、白色は白色だろ。何も付けない、要するに透明だ」
「透明? どうして君はそう思ったの?」
キョトンした顔をしているコイツからの質問に、「それはな――」と前置きをして、一呼吸開ける。
「「コトバ」は言葉として色々なものに変わっていく。つまり「コトバ」は色付くために存在しているんだ」
コイツは目を瞑って私の言葉を聞いている。
何だか授業をしているみたいだな。生徒はコイツ一人だけだけど。だとしたら家庭教師かな。
「だから、「コトバ」は何の色も持たない無色、透明であると私は思う」
私はそう結論づけて持論を終える。
そして私の話を聞き終えると、コイツ静かに、ゆっくりと目を開ける。
「うん、凄く良いと思う」
納得、というか、スッキリしたような顔をしている。
「そうか?」
何だかあっけない程にコイツが満足しているので、私は聞き返す。
「そうだよ。これ以上ないくらいに、ピッタリな答えだと私は思うな」
まぁ、コイツがそう言うのなら、それで良いのだろう。
言葉行き交うこの中で、私はそう思った。
「因みに聞くけどさ」
「ん、何だ?」
教室を出て、廊下を歩いている中、隣を歩くコイツに話しかけられる。
「「わたし」は何色?」
コイツの色?
……。
「脳内お花畑の、ピンク色だ」
「ちょっ、それ酷くないっ?」
「当然のことを言っただけで、何も酷くない」
そう言って、少し歩く速度上げてコイツを引き離す。
「あっ、ちょっと待ってよっ!」
ついでに、コイツの温かさや、優しさを表した色だ。
でもそれは言ってやらない。ヘタに言って騒がれるのもイヤだし、何より恥ずかしいから。
そんな今の「私」は、羞恥心で熟れたリンゴの様に赤色だ。




