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老人と私と未来

 一人の老人がいた。いつの間にか居た。私が気が付かないうちに。

 なんて事の無い日常の一コマ、一ページ、数秒で過ぎるワンシーン。

 何の意識をしなくても、只無意識にその一瞬は過ぎ去ってゆく。

 そんな当たり前の何千回と観たこの風景に、老人が混ざり込んでいた事に気が付いたのはつい最近のことだ。

 


 その老人が居たのは、私が通学路で通る土手の坂を少し下りたところだった。遠くからで何をしているのかはよく分からないが、座って何かをしているのは分かった。


 某日の事である。私はその老人が何をしているのかがどうしても気になった。

 その興味は授業中にふと気になってしまい、授業に集中が出来なくなってしまう位だ。結局その授業はその事を考えるだけで終わってしまい授業の内容を理解し損ねてしまった。


「あなたの所為で私は授業に集中が出来なかったんです。この落とし前どうしてくれるんですか?」

 何とも理不尽な物言いだ。流石の私でもこれは無いと思う。しかし老人に話しかけるためには何か切っ掛けが必要だ。

 私的な事ではあるが、人と話す為にはその切っ掛けが必要だと思う。

 どうしてその人が相手に話しかけるのか、何故相手は話しかけられるのか。その相互がはっきりすることで会話は成立するものなのではないだろうか。

 もちろん例外だって有ると思う。これはあ・く・ま・で私的なことなのだから……。

 何だかこんな事を話していて「あれ、私って以外と面倒な奴?」と自分でも感じてしまった。

 いや、私は論理的で合理的なのであって、そんな者ではないはずだ。

 ほらそこ「何を今更」とか言う顔をしない。


「え、なんで分かったの!?」

 私は目の前にいる私に不愉快な思いをさせてくれた友人と言って良いのかよく分からない人と話している。恐らく向こうは私のことを友人と思っているのだろう。では私はどうか、と聞かれたらその答えに困る。恐らく「どうかな」と曖昧に答えて言葉を濁すだろう。

 元来、私は人付き合いがいい方ではない。それ故に今までも私は一人で過ごしてきた。所謂「ぼっち」と言うヤツだ。別段それで困らなかったし、そんな私を見て周りも特に私に話しかけようと思う者も居なかったと思うし、実際そうであった。

 それが今まで、保育園から始まり小・中までの私の学校での過ごし方だ。今までの、そう『今まで』の、だ。

「そんなの顔に出てたから」

「そ、そうなんだ」

 そう言うのって分かるものなのかな〜。といってむむむと百面相の様に色々と顔の表情を変えていく。端から見ればそれは奇行以外の何ものでもないがそっとしておくのが優しさだろう。これでも貴重な私の話相手なのだから。

 時間が有るならコイツとの出会い、いや出遭いも話してやりたい処だが今は老人についての方が私にとって優先するべき事なので割愛させて貰う。また別の機会に話すことがあればその時に。

「それで、老人に話しかけるにはどうすればいいと思う?」

「うーん、どうするもなにも「こんにちは、いい天気ですね」とか言って話しかければ良いんじゃないかな」

「は、何それ老人相手にナンパ?」

 目の前にいる奴は変わった性癖をお持ちでいらっしゃる様だ。最早おっさん好きとかそんなものを通り越してお爺さん好きとか、人の業は深い。世界は広いな。

「そんなんじゃないよ!!」

「老人を「そんな」者扱いとか失礼だろ。老人に謝れ」

「ふぇぇ!?ご、ごめんなさい!!って話がちがーう!!」

 やはりコイツをイジるのは楽しい。つい箍が外れてしまい、イジりすぎて気分を悪くさせてしまわないか心配でもあるが。

「何だ、お前性癖の話じゃなかったのか?」

「違うよ!?そのお爺さんにどうやって話し掛けるかって話でしょ!!」

「違う!!お前の性癖の話だ!!」

「ちょ、そんな大きな声で言わないでよ!?周りの人も「え、あいつの性癖がどうしたんだ?」って少し気になった感じにこっち見てるよ〜」

 これ以上やりすぎると泣かせてしまうかもしれない、ここが引き際か。

「冗談だ、私の話だよな」

「うん……」

 あ、少し目が心なしか潤んでいるような気がする。前言撤回、引き際を些か間違えたかもしれない。

「すこし、悪戯が過ぎた気がする。済まない、謝罪する」

「うん……」

 沈黙。

「あー、その、何だ。今度何か食べに行こう。そうだな、新しく出来たケーキが美味しいと評判の喫茶店にでも行こう。勿論、私の奢りで」

 グッバイ私の野口様達よ、ご機嫌取りの為には犠牲は仕方のないことだ。

「……わかった、許す」

「感謝する」

 そう言って軽く頭を下げる。そして再び頭を上げると先ほどの不機嫌な表情はどこへ行ったのか、何時ものニコニコと綻んだ表情に戻っていた。

 ……ふ、チョロいな。

「ねぇ、今「チョロいな」とか思ったでしょ?」

「え?」

 突然自分の考えていた事が言い当てられに動揺する。

「顔に出てたよ」

 何となく分かったかも。と、したり顔で笑っていた。

 それにつられて私も、

「ふふっ」

 つられて笑ってしまった。

「あ、久しぶりに笑ったところ見たかも!!」

「笑ってない」

「笑ってたって」

「笑ってない」

「ねぇ、そう言えばお爺さんに話しかけるには、とかの話はどうするの?」

「……あ……」

 頭の中からすっぽりと抜け落ちていたみたいだ。

「だ、大丈夫。何とか成るって」

 それは自分にとって全く関係がないからこそ言えるんだ。だから、

「よし、なら付いてこい」

「え?」

 巻き込んでしまえばいい。

 後は、まぁさっきの言葉を借りるようで自分の中の何かが納得していないが、何とかなるだろう。



 何も考えずに、何とか成ると思い、ぶっつけ本番老人に話し掛けてみた。

「老人よ、貴方の所為で、貴方が何をしているのかが気になり過ぎて授業に身が入らなかった。これは貴方の所為だ、よって私に謝罪しろ。そして私に貴方が何をしているのか教えて下さい」

「えええ!?」

「ふぉっふぉっふぉ。これは何と元気な方だ」

 その結果、こうなった。

 と言うか「ふぉっふぉっふぉ」ってなんだ「ふぉっふぉっふぉ」って。そんな如何にも小説とかマンガとかの仮想の物語で使われそうな老人の笑い声のSEをこの現実の方で使う人なんて初めて見た気がする。

「ええ、どうぞ。こんな老い先短い老人の絵でよろしければ、どうぞ見てやって下さいな」

 ふぉっふぉっふぉ。と再び気にしたら負けのような言葉を最後に老人はにこやかに話を終える。どうやら観て良いようだ。

 さて、老人は一体何を描いているのだろうか。こんな所で描いてるのだから、風景画が主たるものであろう。気分転換に外で描いているだけ、というのも考えられなくはないが……。

 今まで気になっていた事を知ることが出来る。自分の知的好奇心を満たすことが出来る。その事実にどんどん気分が高揚する。

 これがマンガとかであったなら自分の絵の直ぐ隣に「ウキウキ」とか「ウズウズ」とか描かれていることだろう。そのくらい胸が高鳴っている、と言う事だ。

「うわぁ……」

 その証拠に一緒に付いてきた(無理矢理付いて来させたが正しい)コイツの顔が若干引き攣っている。

「何だ、言いたい事があるなら言っても良いんだぞ?」

 コイツの方に振り返って、ジトッと睨んで私がこう言うと、

「あー、えっと、うん。凄い嬉しそうだね」

 まるで普段とは別人みたいに。と付け加えて返ってきた。

 別に良いじゃないか、興味のあることにテンションが上がったって。

「ふん、何時も無愛想で悪かったな」

 そう言って再び老人の方をに向きをを戻す。

「別に普段が悪い訳じゃないんだけどな〜」

 後ろから聞こえてくるがもう気にしない。

「さてさて、拝見させて貰いましょうかね」

「ええ、どうぞ」

 そして老人の隣に立ち、その絵を覗く。

「…………はぁ?」

 描かれていた絵に対して思わず声が出る。

「え、どうしたの?」

 私の反応が気になったのか、コイツが心配そうに聞いてくる。

「あ、ああ何でもな……くはないな。そうだ、お前も観てみると良い」

「うん、分かった」

 そして、こっちにやって来て、私の横から絵を観る。

「……………………ナニコレ?」

「さぁ?と言うか、それを私に聞かれても困る」

 恐らく風景画なのだろうが、それが何処を描いているのかが分からない。どう観ても此処からの景色でないことは確かだ。此処から観える景色で、この絵に描かれているものが無いのだから。

 それと、よく観るとどことなくすこし近未来的なようにも思えるのだが、それすらも何を描いているのかよく分からない。

「老人」

 私は呼ぶ

「何ですかな」

 老人が返事をする。

「これは何だ」

 私はそう言う。

「これは未来です」

 老人は答える

「未来?」

 私は「何を言ってるんだこの老人は」と言う目で見る。のだがコイツは自重という言葉を知らないようで、目で見るだけでは飽きたらず、

「お爺さん、何言ってるのか全然分からない」

 普通に口にしていた。

「おい、そんな言い方は老人に失礼だぞ。確かに私も何言ってるんだこの人は、と思ったし、その意を含めた目で見ていたが」

「えー、でも学校の先生が「分からないものがあったら素直に質問しなさい」って言ってたよ。そして私だけが悪いように言ってるけど最後の一言で本音がダダ漏れだよ!!」

 だから私は悪くない!!と似もしないし、しようともさせない教師の真似をして無駄に自信たっぷりに話してくる。

 いや、それは授業とかで分からない処とか問題に対してであって、こういう時に使うものではないだろう。

 教師も可哀想なものだな、間違った解釈のされ方をされて、それで論破されたら教師に「貴方の言ったことを実行したら間違ってると言われた」と文句を言うのだろう。

 教師、哀れだ教師。哀れだと思うだけで特に慰めようとか労ろうとかは思いもしないけど。

「ふぉっふぉっふぉ。それは悪いことをしましたな」

 老人はコイツの言葉を不快に思っておらず、もはや常套句と化した笑いで返してくる。

「ああ、許そう。私は寛容なニンゲンだからな」

「今の言葉から全く寛容性が感じられないんだけど!?」

 外野が何か言っているが気にしない。

「先ほども言いましたが、私の描いているものは未来です。此処の景色の未来を描いております」

「へぇ」

 成る程、ね。それで未来を描いていると言ったのか。

「しかし、何で未来なんて曖昧で不確定なものを描いているんだ。別に今現在の風景だっていいじゃないか」

「はっはっは、確かにそうですな。こんな老い先短い爺が何夢を見てるんだって思うでしょうな」

「「確かにそうだな/いや別にそこまで……、ってええ!?」」

 二人の言葉が被る。内容は全く被りもしていないし、一方は罵倒、一方はフォローと180度方向も違うものだが。

「ちょ、さっき自分は寛容なニンゲンだって言ってたよね!?」

「時には優しく、時には厳しく。それが私のポリシーだ」

 そうしないと人は駄目になってしまう生き物だからな。

「私、厳しくしかされたことないんだけど……」

 …………。

「……、それはお前の日頃の行いが悪いからだろうな」

「ねぇ、今の間って何!?その約三秒間位の間は」

 コイツが凄い形相で詰め寄る、おい、唾が掛かる唾が。

「人って、儚いものだな」

「ええ、そうですな」

「おいこら話を変えるな!!ってお爺さんはなに割り込んで、しかも相槌しちゃってるの!?」

「それが、人だからですよ」

 ふふっ、と老人は哀愁を感じさせる笑みを浮かべる。何故か凄く意味深な感じがする。これが歳を重ねると言うことなのかもしれない。只言葉を発するだけなのに、その言葉に深い何かが込められているように感じてしまう。

「全く、困ったものだな」

「ええ、歳を取るとはこう言うことですよ」

「困ったものだな、歳を取るというものも」

「そうですな。でも、それが人で有ると言うこと、生きると言うこと、夢の為に進むと言うこと」

「人が夢みる、つまり儚む」

「儚いと分かっていても先を求めてしまうのが人という生き物なんですよ」

「でも、歩むのを止めたらどうする」

「止めませんよ」

 老人は断言する。

「随分と言い切るな」

「はい、言い切ります」

「どうして言い切れるんだ」

 私は尋ねる。

「ヒトだからです」

「ほえ?」

コイツが情け無い言葉を発し呆ける。

「どうした、そんなアホ丸出しのアホ面を晒して。お前はアホか?」

「なんで、そんなアホばっかり連呼するの!?」

「済まない老人、つい蛇足してしまった。話を続けてくれ」

「ねえ、寛容なニンゲンは何処に行ったの!?」

「今頃自宅でニートを満喫しているさ」

「もう解雇されたの!?」

 ああ、まるで聖人君子みたいで良い奴だったな。

「もしかしかしたら、途中で歩みを止めてしまう時も有るかもしれません」

 老人が話を再開する。

「まあ、歩き続けるのも疲れるからな」

「ええ、ずっと歩き続けられるものなんていません。いたとしても、それこそ超人と呼ばれるものですな」

「ならば私は超人だな」

「まさかの暴露、ネタバレ、カミングアウト!?」

「フォッフォッフォ。そうでしたか、ならば先を期待しても宜しいのですかな?」

「任せるが良い」

「もう、何もツッコマナイヨ」

「何だ、お前のツッコミは歩みを止めて終うのか?」

 コイツならもっと先へ進めると思うのだが。というかノリで言ったがツッコミの先とは何だ?意味が分からん。

「いや、もう疲れた」

「そうか」

「では話を戻そう、老人」

「はい、ヒトは時には歩みを止めることも有ります。ですがそれも無駄な足踏みではありません、必要不可欠なものです」

「途中で力尽きられても困るからな」

「そうやって歩いては休み、歩いては休み、ヒトは進み続けるのです。進まずには要られないのです。最早進むというのはヒトの中にある衝動と言えるのかもしれません。なにせ、こんな老いぼれが未だ夢を見ているのです。それが良い例には成りませんかな?」

 この言葉を最後に、私たちの会話は終わった。







「いや〜、不思議というか、もの凄く個性的に個性的を掛けたお爺さんだったね〜」

 帰り道、無言で歩く中、アイツが私に話し掛けてくる。ついでに累乗もしておく?と最後に付け加えて。

「あぁ、確かに一度会ったら忘れる事なんて今後二十年位は無理そうで、その後もふと思い出してしまうくらいインパクトとユーモラスさを兼ね備えたヒトだったな」

 話題は、先程の老人に付いてのようだ。

「どうだ、老人までが、むしろあの年齢がピンポイントで守備範囲のお前として、あの老人は何点だ?」

「まだそのネタ引きずってたの!?」

「私と共にいる間はずっと持ち越されるネタだな」

「えぇぇぇぇ〜」

 もの凄く不満しかないと言う顔で此方を睨んでくる。

「冗談だ」

 嘘だけど

「いや、嘘でしょ」

 間も置かずに即答してくる。

「よく分かったな」

「顔に出てたよ」

「そうか、なら今度からはお面でも被ることにしよう。『ひょっとこ』とかどうだ?」

「私、そんなお面被った怪しい人と一緒にいたくないんだけど……」

「え、被るのは私ではなくお前だろ?」

 私だってそんな事御免被りたい。

「被るの私!?」

「お前ならこの『ひょっとこ』だってファッションの一つとして上手く扱ってくれると信じている」

「こんな信頼のされ方いやだよ〜」

「はぁ、仕方ない諦めよう」

 少しの間、沈黙の間が出来る。

「それにね」

 そして、再びアイツが沈黙を破る。

「ん?」

「それに、私はお面なんかじゃなくてちゃんと顔を見てお話がしたいなっ!!」

 ピタッと私の足が止まる。

「どうしたの?」

 私が足を止めたことで、アイツも止まる。

 そして私は、

「ふんっ」

「あ、いたっ!!なんで打つかな〜」

 ガン、という鈍い音がアイツの頭の辺りからする。まぁ、私がアイツを打った結果起きたものなのだが。

「何となく打ちたくなった」

「何その理由、理不尽すぎる」

「変なことを言うお前が悪い」

 そう言って私はそっぽを向く。

「ん、どうしたの?」

 この行動に少し疑問も感じたようだ。

「何でもない」

「え〜、何でも無いなんて無いよ」

 そう言ってアイツは回り込んでくる。

「わ、顔がほんのり赤いような、そうでないような……」

「赤くなんて無い」

「あれ、もしかして恥ずかしかったのかな?」

「うるさい」

「あうっ!!」

 再び拳骨を食らわす。

「うぅ〜〜〜」

 そう唸りながらアイツは悶える。

「ずっとそうしてろ、帰る」

 そう言って私はまた歩き出す。さっきよりも速い速度で足を進める。

「あ、ちょっと待ってよ〜」

 アイツも後ろから追いかけてくる。

 でも待ってやらない、私の頬から熱が冷めるまでは。






 後日、私は何時もの様に道を歩いていると、そこには老人の姿は無く、一人の青年が座っていた。

 その青年は私を見ると隣に置いておいた物を手に取り、此方へ少し小走り気味に駆け寄ってくる。

 どうやら青年は私に用があるようだ。……ナンパか?

 少し不審に思った私は青年が此方に来る前に出来るだけ遠くに行ってしまおうと決め、歩く速度を速める。

「ええ!?ちょっと待って下さい!!」

 私の行動が少し予想外だったのか、青年が声を上げ、私を呼び止めようとする。

「いや、知らない人がいきなり近寄ってきたら距離とるでしょ」

「あ、まぁ普通はそうですよね。すいません考えが至らなくて」

 青年は頭を下げる。

「で、何か私に用ですか?ナンパでしたら私ではなく代わりの者を紹介しますよ?見た目もそれなりに良くてからかい甲斐の有る奴です」

 面倒事だったら全部アイツに丸投げして遣る。

「いやいや、違いますよ。あ、でも後でその子紹介して貰っても良いですか、自分まだ独身な者で」

「断る」

「あれ、でもさっき……」

「社交辞令なものですよ」

「…………」

 向こうが絶望した表情で此方を見る。

 それに対し、私は、

「では、私はこれで」

 踵を返し、その場から離れる。

「……ってちょっと、待って下さい。貴方に用が有るんですよ!!」

「私にナンパですか?」

「いや、違いますよ。本当に用が有るんですって」

 これだけからかっても、帰ろうとする素振りを見せないとは、用があるのは本当なのかもしれない。

「で、用とはなんですか?」

「あ、はい。実はですね、貴方に受け取って貰いたいものがあるんですよ」

 青年は脇に抱えていた物を私に渡してくる。

「はぁ、私にですか。別に誰かから物を貰うような事をした覚えなんて無いんですが」

 そう言いながら包みを開ける作業に取りかかる。

「いえ、祖父が必ず貴方に渡してくれと言っていたんですよ」

「祖父ですか?」

「はい、祖父です」

そして、包みを取り外し、その中に入っていた物は

「これって……」

「絵です。祖父はこれを貴方に、と仰っておりました」

 あの老人が描いていた絵だ。しかし完成はしておらず、途中までしか描かれていない。

「はぁ。処で、貴方の祖父はどうしたんですか?別に貴方がわざわざ届ける必要なんて無いでしょう。本人が直接渡せばいいのに」

 あんな元気な老人が来ずに孫に任せるなんて、ぎっくり腰にでもなったのだろうか。それはご愁傷様な事だ。

「祖父は……、昨日亡くなりました……」

「………………は?」

 思わず素の言葉が零れる。が、そんな事を気にしている余裕なんて無い。

「この絵を貴方に届けてほしい。それが最後に祖父が遺した言葉です」

「その話……本当ですか……?」

 確かに三日前から老人の姿は見なくなった。せいぜい何らかの作業でもしているんだろう。とか、今日は休みなのか?ぐらいにしか思っていなかった。

「あの、それで祖父の絵なんですが……」

「ああ、有り難く貰わせてもらいます」

「そうですか!!有り難うございます!!きっと祖父も喜ぶに違い有りません!!」

 いや、そんな大げさな。あの老人のことだから「ふぉっふぉっふぉ」の一言で終わるに違いない。

「それは良かったです。では、私はこれで」

「はい、有り難うございました!!」

 そして私はその場から立ち去ろうとするが、

「あ…………」

 踏みとどまる。

「どうかしましたか?」

青年は私に問いかける。

「一言だけ、貴方の祖父に言伝を頼んでも良いですか?」

「ええ、良いですよ。何でしょう?」

私は答える。

「期待して待っていろ。そう伝えて下さい」

 こうして私は進み始めた。

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