ただ待つだけ、ただそれだけ
休日。私は待ち合わせ場所である、駅の中にある奇怪なオブジェの前に立つ。
何時見ても、どんな事を考えて芸術家の人はこのようなオブジェを作ったのか、私には理解できない。芸術家の人は凄い感性を持っていると思う。素直に感心する。
腕時計を見て時間を確認する。約束の時間まで後九分といったところだ。ゆっくり音楽でも聞いて待つことにする。
因みに、今流れている曲はヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲ヘ短調「冬」で、某車のCMに使われていたりするあの曲だ。ソロのヴァイオリンは歯をガチガチと震わせている様を表現しているらしい。
って誰に説明しているのだろうか、私は……。
待っているのが退屈で少し可笑しくなってしまったのかもしれない。これならカフェにでも入って時間を潰していた方が得策だったかも。今からでも入ってしまおうか。でも、もし私がカフェに入った後に入れ違いにコイツが来て待たせてしまったら申し訳ない。どうしようか。
そんな時だった。
マナーモードにしていた携帯が震える。メールが来た。送り主はコイツからだった。
内容を確認する。適当に要約すると、少し遅れるからごめんなさい、といったところだろうか。
……遅れるのか。
ここでずっと立っていても疲れるだけなので、さっき考えていたようにカフェに入ることにした。
その前にコイツに「気にするな」と返信しておくことにする。
カフェに入ると直ぐ、コーヒのいい香りが私の鼻を刺激してくる。うん、カフェに来たって感じがする。
レジでカフェラテを注文し、会計を……。ついでにケーキも注文してしまおうか。
私はカフェラテとチーズケーキを注文することにした。
空いている席に座る。そしてチーズケーキを掬い、食べ、カフェラテを一口飲む。
ああ、これこそ至福のひと時。これだけであと三十分、いや四十分は過ごせる自信はある。いや、そんなにここで時間を過ごしていたら今度は私がコイツを待たせてしまうのではないだろうか。そうだな、十分くらいで良いかな。それくらい待てばコイツも来ると思うし。
席から窓の向こう、駅の様子を見る。休日だというのに駅は慌ただしく人が行き来している。いや、平日休日なんて関係ないか。私が休みだとしても今日が出勤日の人だっているし、私と同じように出掛ける人だっている。部活で学校に行く人、乗り換えに利用する人もいる。この駅に降りる人もいる。
色んな人がこの駅の中にいる。なんだかそれって、面白い。
カフェを出て、再びオブジェの前に戻る。
今度は音楽プレイヤーを起動させず、この駅の喧騒に耳を傾ける事にする。
歩く音。駆ける音。人の話し声。駅のアナウンス。改札の音。ここでは聞こえないけど、改札の向こうでは電車の音やホームのアナウンス。
これら一つだけでは何てことない、一つの音だ。でもこれらの音が全部合わさって「駅」という場所を作り上げている。そんな感じがする。
そう考えるとこの喧騒が心地よく思えてくる。この喧騒こそ「駅」の鼓動なのかもしれない。「駅」もまた、一つの「イキモノ」なのではないだろうか。
人の中に「血」が流れているように、駅には「人」が流れている。
そう考えてみると白血球は警察官の人達。送る、という意味で改札は心臓。駅の中に入っているお店とかは臓器、でいいのかな。あれ、そうすると駅員の人達は何に当てはまるのだろうか……。「駅」はイキモノだと考えたのに、肝心の駅で働く駅員の人を蔑にしてどうするんだ。私としたことが、何たる失敗。
目の前で行き交う人たちを見る。性別も年齢も職種も住んでいる地域もバラバラで、なんの接点も無い人たちが一度に集まっている。
特に意識してしている訳でも無く、気が付いたらやっている事なのだが、私は「人」を見るのが好きだ。
昔、とある人に「もしかして人間観察が好きだったりする?」と言われたこともある。いや、そう言われるまで私のしている事が「人間観察」だなんて思いもしなかったことなのだが、どうやら私は人間観察が好きみたいだ。
まぁ、確かに目の前を通る人の服装や髪形、手に持っているものなどに自然と目が行ってしまうし、これからこの人は何をするのだろうかと考えたりもしてしまう。
どうしてこんな事をするようになったのかは自分でも疑問なことだ。
それにしても遅い。「ちょっと」と言っておいてメールが着てからかれこれ三十分になる。もう少し長くカフェに入っていても良かったと後悔している。
コイツがこんなにも遅れる理由は何なのだろうか。一見、能天気そうに思えるが、いや実際能天気なのだが、一応はこういう事に対してはしっかりしている。多少遅れる事はあるが、こんなには遅れないはずだ。
知らない人に道を聞かれた? まぁ、無い確率の方が高いが無くはないな。
弟が駄々こねた? まぁ、小学生だし姉離れが出来ない年ごろだろう。でもこんなに遅れる事ではないと思う。兄弟姉妹がいない私には分からない事だが。
母親に用事を頼まれた? 一番ありそうな事だ。頼まれた用事にも因るけど。
候補を挙げればキリがない。
約束の時間に九分前にここに来て、カフェで十五分程度時間を潰し、再びここで七、八分待ちぼうけをくらっている。
三十分はここにいる私だが、もう二、三時間はここにいる様な錯覚に陥っている。
コイツが来たら何と言ってやろうか。
遅い。
待った。
何か奢れ。
何をしていた。
時間がもったいない。
人を待たせるのが大好きみたいだな。
そうかそうか、つまりお前はそんな奴だったんだな。
お前の中のちょっとはどれくらいの時間をさしているんだ。
こんなに私を待たせた奴は、生まれてこの方お前が初めてかも知れないな。
「遅れてゴメンね! 本当にゴメンね!」
…………。
「それ程待ってない」
結局私はそう答えるのだった。