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お御籤でも表せないほどの幸せを

 富士山山頂。

「はいっ! 出来立てアツアツの、焼きナスだよっ!」

 コイツは焼きナスの乗ったお皿を私に渡してくる。

「どうも」

 そう言って私がお皿を受け取った、その時だった。


「ピエーーーーーーーッ!」


 その声と共に私の目の前をナニカが通り過ぎる。

「あっ! な、ナスが。焼きナスが無くなってるよっ?」

「え、あ、本当だ」

 コイツに言われて気が付く。お皿を残し、焼きナスが無くなっていたのだ。

「鷹だよ! 鷹の仕業だ! コラーーーッ! 焼きナスを返せーーーーっ!」

 どうしてコイツは焼きナスを奪ったのが鷹だと分かったのだろうか、とはツッコまないでおく。だってこれ夢の中だし。

 焼きナスの無くなった皿を私はボーッと茫然と眺め続け、コイツは鷹の去って行った方向に怒鳴り続けていた。



「ッ!?」

 目が覚め、バッと私の体を温めるために覆っていた布団やら毛布やらを押し除け、起き上がる。

 起きて早々なのか、頭が上手く働かない。働かないが、これだけはハッキリしている。

 何か物凄く混沌とした夢を見ていたのではないだろうか。

 初夢において縁起が良いとされているが、一富士・二鷹・三茄子。

 そう考えると、私の見ていた夢はその三つが出てきたのだから縁起が非常に良かったと言える。言えるのだが……。

 内容に関して、どうしても私はアレをいいモノだと認めたくない。

 そんな思いが私を頭を埋め尽くしていた。

 六時三十五分、私は新しい朝を迎えた。


「明けまして、おめでとうございます」

 席に座り、父と母に挨拶をする。二人からも「おめでとう」と帰ってくる。

「そう言えば、時間は大丈夫? 確か友達と初詣に行く約束をしていたんでしょ?」

「うん。七時半に神社の前集合だから」

「そうか。なら早くご飯食べて、遅れないようにしないとな」

 私は父の言葉に頷いて、早速目の前に並べられたご飯を食べ始める。


 朝食を食べ終え、歯を磨き、顔を洗う。

 部屋に戻り、出かける準備を済ませる。

「行ってきます」

 そう言い残し、私は家を後にした。



 私が神社に着いたのは約束の時間の十五分前。

「ごめんね! 待った?」

「待った」

 コイツが謝りながら駆け寄ってきたのはそれから二十分後。約束の時間を五分オーバーしてからの事だった。

「うっ、申し訳ありません。あ、明けましておめでとうございます!」

「どうも。こちらこそ、明けましておめでとうございます」

 互いに新年の挨拶を交わす。

「よし、じゃあ行こっか!」

 気を取り直したようで、私に語り掛けてくる。

 と言うか、そのセリフは遅れてきたコイツでは無く、私のセリフの様な気がしてならないのだが。

 まぁ、此処で愚痴愚痴言っても仕方がない事なので気にしないでおく。

 鳥居前。軽く一礼して潜る。

「あ、中央は歩くなよ」

 そうコイツに注意しておく。辺りは私たちと同じように初詣の参拝客でごった返しているので困難なことかもしれないが。それに端の方には露店が並んでいるので余計に難しい。

「え、どうして?」

「この参道の真ん中は神様の通り道だからだよ。人が一杯いて気にしてられないかもしれないけど、一応端を歩こうと意識はするように」

「はーい」

 ボンヤリとした雰囲気でコイツが間延びに返事をしてくる。

「それにしても……」

 言葉を止め、私はコイツの方をチラッと見る。

「ん? どうかした?」

 私の視線を感じ、コイツが不思議そうに尋ねてくる。

「お前の事だからてっきり着物で来ると思ってたんだが、普通だな」

 そう、コイツの服装は私と買い物をする時と同じ様な、カジュアルな格好で来ていた。勿論私も私服だ。こんな人混みのなか着物で動こうという気にはなれない。それに髙いし、転んだりしたら目も当てられない。

「えっ? もしかして期待していたの?」

 心なしか少し嬉しそうな声色で聞いてくる。

「いや別に」

「ガーン……」

 無駄に声で効果音を表しカックシと頭を垂れる。

 この視線を下に向ける、と言うのが誤りだった。

「わっ!?」

 誰かとぶつかったのか、コイツはよろめきバランスを崩す。

 ここで倒れたらコイツも危ないし後ろの参拝客の人達にも迷惑が掛かってしまう。

 私はコイツの肩を掴み自分の方に引き寄せる。軽くコイツと接触する、が気にするほどの衝撃は無い。

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……」

 ビックリして一気に心拍数が上がったのか、上気して顔が赤くなっている。

「無駄にオーバーなリアクションを取るからだ。こういう人が大勢いるところでは自粛しとけ」

「そうしておくね。あ、そうだ!」

 コイツが私の手を取り、握ってくる。

「一応聞いておくけど、何だこれは?」

「何だって、手をつないだだけだよ?」

「どうして手をつなぐ必要があるんだ?」

「だって、さっきみたいになったらヤダし。それに、こんなに大勢の人がいるんだもん。もし逸れちゃったら大変でしょ」

 まぁ、言っている事は正論で、間違っていはいない。

「他意は?」

「海老で釣るもの~」

「……」

「はい、有りません。何も有りません」

「分かった」

 誰がコントをしろと言った。特に上手いとも思わなかったし。コレが大喜利だったら座布団が持って行かれてもおかしくない。

 そうこうしている内に拝殿に到着する。

 軽く一礼。

 鈴を鳴らす。

 私は財布から百十五円を取り出し、賽銭箱に入れる。言うのもなんだけど、「良いご縁を」という語呂合わせだ。何だかちょっと恥ずかしい。

 コイツは四十五円。恐らく「始終ご縁が有りますように」という意味だろう。

「え? あ、いや、取り敢えず小銭入れに入ってた残りのお金を入れただけなんだけど……」

 止めろ、そんな申し訳なさそうな目で見ないでくれ。私まで悲しくなってくるだろう。

「あ、そうだ。気になる事が有るんだけど」

 二礼。

「……何だ?」

 パン、パン。二拍手。

「どうしてこうやってお参りするとは『二礼二拍手一礼』って決まっているのかな」

「……後で教える」

「あ、はい」

 どうかコイツが自分から疑問を調べてくれる様になりますように。ってどうしてコイツの事をお願いしているんだ?

 スイマセン神様、今のは無しで。今年も無事に過ごせますように……。

 そして一礼。

 コイツの方は既に終わったようで、私が終わるのを待っていた。

 互いに見合わせ、拝殿を後にする。


 再び参道。

「ねぇねぇ、何をお願いしたの?」

「秘密。こういうモノは余り易々と口にするモノじゃないだろ」

「えっとね、私は――」

「おい、私の話聞いてたよな。どうして言った傍から話そうとしているんだ?」

「え? だって『相手の名前を尋ねる時は先ずは自分から』ってあるでしょ?それと同じノリで」

「いやいやいや、可笑しい。その理屈は可笑しいから」

 私は全力で否定しにかかる。

 有っている様で、有って無い様な……。それに、別に名前は特に理由がない限り秘密とかにするモノではないと思うし。

「あ、アソコで甘酒配ってるよ。行こっ!」

 私の頭の中で行われている問答を余所に、コイツは私の腕を引っ張り、甘酒が配られているテントの元へ歩いて行く。

「甘酒二つお願いしますっ!」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございますっ!」

 お婆さんから受け取った、紙コップに入れられた甘酒の片方を「はい」と渡してくる。

「はぁ……。幸せ~」

 一口飲むと、コイツはそんな言葉を漏らす。

 私も飲む。うん、美味しい。

「どうしてこういう処で飲む甘酒って家で飲むより美味しいく感じるのかなぁ」

「さあね、こういう処だから美味しく思うんじゃないの? あと寒いから、ね」

「寒いから?」

「そう。例えば今の時期、駅で電車を待っている間に自動販売機で買って飲むホットココア」

「それは美味しい!」

 話終え、もう一口飲む。

 甘酒にかかわらず、こういう中で飲む温かい物は何と言うか……。体だけでなく、心まで温めてくれている様な、ホッとした気持ちになる。

「あ、ねぇねぇ」

 私の袖をクイクイッと引っ張る。

「ん、何?」

「二礼二拍手一礼」

「あ、そうだったな」

 甘酒飲んでほっこりしてたらすっかり忘れてしまっていた。

「これは、どうして『二礼二拍手』なのかと言うよりも、どうして『二回という数字』なのかの説明になるのかな」

「二回?」

「そう、この数字が重要なの。『二』という数字は陰と陽を表していて、古代中国では尊いとされている『一』や『三』とかの奇数を使わずこの偶数の数字を使う事で、神様ではなく人がお祈りに来た事を示すために、この『二』を使う事にしたとされているんだ」

「じゃあ『二』は尊くないの?」

「飽くまで陰陽思想とかの話だけどね。二の足を踏む、とか人を呪わば穴二つ。『二』を使う諺だけど、余り良い意味ではないでしょ?」

「確かに」

 しかし、『二』という数字は対を表す数字で互いに補完をし合い、新しい価値を創り出すという面も持っているので一概に決め付ける事は出来ない。

「他にも、昔神様に捧げる食事に柏の葉っぱで編んだ食器を使って、神様に食事を捧げる合図として二泊の手打ちを行ったんだ。このことから、『二』は神様に願い事をするための合図とされて、二礼二拍手をするようになったとされているな」

「へぇ……」

 コップに残っていた甘酒を飲み干し、空にする。

 さて、帰ろうか。



 参道を歩き、鳥居を抜ける。

 そして再び集合場所に行き着く。

「じゃ、バイバイ!」

「うん、又ね」

 そう言って別れる。

 いや、別れようと一歩踏み出した時――

「あ、そうだっ!」

 コイツはそう言うと、私の方を振り返る。

「……何だ?」

 私が尋ねる。

「えっとね――」

 そしてニコッと笑う。


「今年もよろしくねっ!!」


 その笑顔は甘酒やココアに負けないくらい温かく、見逃した初日の出を私に見せているかのように眩しかった。

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