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融通が利く事も有るらしい

 十二月二十二日、日曜日の今日。「一緒に宿題やろっ!」と電話を受けた私は家を出て、吐き出す息も白く色付く外を自転車で駆け抜け、コイツの家までやってきた。最高気温九度、最低気温三度という気象情報を朝食時にテレビで見て、「うん、今日はストーブの効いた部屋でまったり過ごそう」と心の中で誓ったにも関わらず、この様である。

 ドアのチャイムを押し、鳴らす。

『はーい、どちら様ですか?』

「私だ」

『あ、うん。今開けるね』

 ガチャッと言うドアの開く音と共にコイツが顔を見せる。

「いらっしゃい。ゴメンね、こんな寒い中呼び出しちゃって」

「そう思うなら呼ぶな。今日は一日中ストーブの効いた部屋に籠ろうと決めていたのに……」

「あはは……。それは悪い事しちゃったね」

 私がちょっと皮肉を込めて文句を言ってやると、苦笑い気味にコイツが返事をしてくる。

「早く中に入れてくれ。外は寒いんだ、今日の最低気温は三度なんだから」

「わっ、そうだった。入って入って、最高気温は九度だから滅茶苦茶寒いって訳じゃないと思うけど。北海道なんて最低気温マイナス四度だよ」

 コイツのその言葉を聞いて、私はもし旅行をする機会があっても候補地の中に北海道を入れるのは止めようと決めた。

 寒がりな私である。

 因みに暑がりでもある。根っからの空調の効いた所でしか活動の出来ない現代っ子なのだ、私は。

 コイツの家に入り、今へ通される。エアコンが二六度くらいに設定されているこの部屋は、外で体の芯まで冷やされた私の体を温かく迎えてくれた。

「はい、ホットな緑茶だよ」

 コトンと私の前に置かれる。湯呑からは湯気が立ち込めており、飲むまでも無くその注がれたお茶が熱い事を私に伝えてくれている。

 私は湯呑を掴み、口元へ運び、一口飲む。私の中へと入っていったその液体が、冷えた事で緊張しきったこの体を緩やかに解していく。

 ほう、と安堵の息を漏らす。外ではその寒さ故に白く染まったが、生憎とこの部屋で染まることは無い。

 さて、体も温まった事だし、宿題を始めようか。私の方は昨日の内に既に終わってるんだけどね。



「うぅ……、もう駄目」

「何を突っ伏して軟弱な事を言っているんだ」

 宿題を始めてから体感時間的に一時間を少し過ぎた位、時計を確認してみて一時間と四五分位を過ぎたところ。コイツの集中が切れた。

 私の目の前にはグテッとテーブルに体重を預け倒れたコイツがいる。

「ねぇ」

「何だ?」

「休憩しよ?」

「一時間後にねっ♪」

「無理無理無理、絶対無理」

「大丈夫。お前なら頑張れる筈」

「その根拠は何処から来てるのかな?」

「え? そんなの私の独断と偏見だけど?」

「鬼だっ! ここに鬼がいるよ皆!」

「いや、要るのは天使だろ?」

「天使? 悪魔でしょっ?」

「いやいや、天使だよ」

「悪魔! 悪魔!」

「さて休憩するか」

「凄く天使だ!」

「……はぁ」


 時刻は正午を過ぎていたので、休憩兼昼食と言う事になった。

 そして今は其処からさらに経った一時過ぎである。

「はい、お待たせ」

 そう言ってコイツが料理を運んでくる。

「何か、カボチャ料理が多くないか?」

 テーブルに並べられた料理の品々を見て、私は呟いた。

「うん、だって今日は冬至でしょ?」

「そう言えば、そうだったな」

 冬至、北半球で太陽の位置が一年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなる日。夏至との日照時間を比べると、その差は約四時間四十分にも及ぶらしい。

 そして、冬至では縁起物と言う事で「ん」の付く食べ物――にんじんやだいこん、れんこん等を食べる習慣がある。何でも「ん」の付く食べ物を食べる事で「運」を呼び込む為たしい。

 なら、かぼちゃは如何なのだろうか。一見すると何処にも「ん」など付いていない様に思われる。しかし、かぼちゃは漢字で書くと南の瓜――南瓜と書け、“なんきん”と読む事が出来て、結果的に「ん」が入っている。

 結構強引だな、と前に調べてみた時に私は思った。

 蛇足では有るが、かぼちゃはビタミンAやカロチンが豊富で、風邪の予防にもなるらしく、冬に栄養をとるための賢人の知恵でもあるらしい。

「ねぇねぇ」

 頂きます、としようとしたところでコイツに話しかけられ、動きを止める。

「どうした?」

 動きを止められたのが些か不服で、少しばかり冷たい感じの怒気を含んだ言葉を出す。

「冬至の日ってかぼちゃの料理を食べて、柚子の入ったお風呂に入るのが慣わしじゃない」

「そうだな。後、食べるのはかぼちゃだけじゃ無くて「ん」の付いた食べ物だ」

「あ、そうだったんだ、知らなかった。それで、ふと疑問に思った事が有るんだ」

「何だ? 言ってみろ」


「何でお風呂に入れるのは柚子って決まっているんだろう。柑橘系なら別に蜜柑とか檸檬とかカボスとかじゃいけないのかなって」


 あはは、何か変な事聞いちゃったね。とコイツが笑う。

「いや、別に疑問を持つのは悪い事じゃない」

「そうなの?」

 私の返答にキョトンとして首を傾げる。

「そうなの。疑問を持つことで人は先に進めるんだ」

「疑問を持ったら止まるものじゃないの?」

「一時期は止まるかも知れない。でも、その疑問という壁を解決――壊す事で先に進む事が出来る。寧ろ何の疑問も持たずに進む事は出来ない。進んでいる様に見えて本当は進んでない。進んでいる様に見えて、ずっとハムスターとかが入ってカラカラと回してるアレみたいに、ずっとその場所で足踏みしてだけ。そう私は思う。だからお前は一歩前に進む事が出来る」

「そう、かな……」

「うん。疑問を持っただけで解決はしてないけど」

「じゃあ、教えてっ!」

 嬉しそうにテーブルを越えて私の手を掴み頼んでくる。自分で調べようという気は無いのだろうか。それとも私の事をグーグル先生か何かだと思ってるんじゃないだろうか……。

 そう言う意趣を込めて手を掴みニコニコを笑っているコイツに視線を送る。

 しかし、その私のアイコンタクトに全く気が付いていないようで、ずっと私の事を見て、ニコニコ微笑んでいる。

「分かったよ、教えればいいんだろ。教えれば」

 結局私は折れた。

「うんっ!」

 返事だけは一丁前な奴だ。

「あ、その前に冷めちゃうといけないからご飯食べよっか?」

 それには私も賛成だ。


「それで、何で柚子を入れるかと言う事なんだけど……」

「うんうん」

 ご飯も食べ終わり、食後のお茶を飲みながら語り始める。

 私の言葉にコイツは待ってましたと言わんばかりに、楽しそうに相槌を打ってくる。

「別に柑橘系の物だから入れている訳じゃないからな」

「あ、そうなんだ」

「そうなんだよ。それで、どうして柚子を入れるかと言うと……禊だな」

「禊って、巫女さんとかが冷たい水とかパシャーンって被るやつ?」

「多分それで間違ってないと思う。運を呼び込む前の厄払いだな。柚子は香りが強いからそこには邪気が来ないって思われていたらしい」

 他にも柚子は実るまでに長い年月を必要とするから、苦労が実りますようにという意味合いも込められているらしい。

「へぇ~」

「それが元みたいだけど、今だと柚子は融通が利く、冬至は湯治と言った語呂合わせも有るみたいだけどな」

「なるほど~。私的に後の方が覚えやすくていいなぁ。語呂合わせだし」

「まぁ、良いんじゃない?」

「うん、そうする」



「あ、そうだ」

 宿題も一通り終わり、家に帰ろうと玄関の扉に手を掛けた所で、後ろからコイツが今まさに思い付きましたと言った感じに、無意識的だろうと思われる言葉を発する。

「どうしたんだ?」

 私は振り返りコイツに尋ねる。

「ねぇ、一緒に初詣に行こうよ? いや、一緒に除夜の鐘突きに行こうよっ!」

「帰る」

 後ろから「え、ちょっと待って!」という静止の呼びかけを無視し、私はコイツの家を後にした。

 

 寒いのは苦手なんだ。

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