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今の時代の中で

「お前は今の生活をどう思う?」

 私の問い掛けに「うーん」と唸る。

「どう思うって聞かれても。あんまりそう言うのって意識した事なんて無いなぁ」

「だろうね」

 コイツに限った事では無く、そう答えるのは仕方のない事だと私は思った。私だって今の自分の生活についてこの様な事を考えたのは昨夜のことなんだし。

「あ、でも君と一緒にこうやてってお話ししたりするのは好きだよ?」

 コテンと首を傾げ、フォローなのかどうなのか分からない言葉を付け足す。

「それで、君はどうなの?私とお話しするのは嫌い?」

 ジーッと、一言一句聞き漏らしませんと言っているかの様に、真剣な表情で私を見つめてくる。

「いや別に」

「……よかったぁ」

 私の答えにホッと安心し、胸をなで下ろす。そこまで心配するような事柄だろうか?

「それはそれは大切なことだよ!大切なんだよっ!」

「そ、そうなんだ……」

 コイツの迫力にたじろぐ。どうして復唱する必要があるのだろうか。あ、机をバンバン叩くのは止めてほしい。食事中なんだから埃が舞ったら大変じゃないか。

「ねぇねぇ」

「ん、何だ?」

「君はどうして生活がどうとか聞いてきたの?」



 ――どうして昭和の時代って「古き良き時代」って言われるんだろう?


 私は平成生まれだ。まぁ年齢を考えれば当たり前の事である。

 そんな私だが、偶にテレビで昭和の特集を報じていて、耳にする言葉がある。


「古き良き時代」


 昔は良かった。あの頃に戻りたい。昔を見習うべきだ。こんな事が言われている。

 さっきも言ったけど、私は平成生まれだ。昭和生まれでは無く、その時代の生活を体験していない。

 生まれた時からテレビはカラーで、携帯電話もあって、パソコン、インターネットも普及していて、高校、大学に進学するのも一般的な時代である。

 そんな時代に私は生きている。だからこそ私は番組を見る度に思うのだ。


 ――なら、今の時代は良くない時代?


 オールウェイズ三丁目の夕日。昭和33年の東京の下町を舞台にした映画で、夕日町三丁目に暮らす人々の暖かな交流が描かれている。何回もテレビで再放送されている。今では東京の地に雄大にそびえ立っている東京タワーも映画の中では建設途中の状態で映っているのが私にとっては逆に新鮮である。それに数年前に建てられた東京スカイツリーなんてスの時も出てこない。

 映画を見ていて思ったことは、人と人との距離がとても近いと言うことだ。人との距離といっても言葉通りの事では無く、何と言ったら良いのだろうか……。そう、「心」の距離が近いと言えば良いのかもしれない。その「心」の近さが私達に温もりを与えてくれる。その温もりが私達に懐かしさを覚えさせる。

 その時代はインターネットだって碌に普及してなかっただろうし、テレビだって白黒、携帯電話だって無かっただろう。

 私達の当たり前が当たり前では無かった時代。そんな時代に私達が居たとして、私達はその生活に満足できるだろうか。満足できなかったとしたら、その時代は「良き時代なんて」言えるのだろうか?

 

「良き時代、かぁ……」

 コイツが呟く。

「そう、古き、ね。私からしたら思い出補正が掛かりすぎてるようにしか思えないんだけど。良い思い出も悪い思い出も全部ひっくるめてごちゃ混ぜにして、相乗して、上乗せして、フィルター掛けた結果、「ああ、良かったな」ってね」

「それはちょっと、辛辣すぎるんじゃないかな?本当にあの時代が好きだったって人も居るかもしれないじゃん」

「良いじゃない。飽くまで私の意見なんだし」

 私の答えにコイツは「うーん……」と眉を顰め、思案に潜む。

「で、お前はどうなんだ?」

「私、は……。肯定も否定もしないかな。ううん、しないんじゃなくて出来ない、かな。今は今、昭和は昭和、それぞれ良いところが有ると思うの。その良いところを無碍には私は出来ないな。優柔不断かな?私って」「いや、別に良いんじゃないか。そんな意見があっても」

「それにね、私思ったんだ――」

 

「なら、私達が「今は良き時代」にしていけば良いんじゃないかな」


「今は良き時代?」

「うん、今は良き時代。今の時代をどんどん盛り上げていた結果、今の時代を生きている人たちが振り返って思うの、「ああ、あの時代は良かったな」って。どうかな?」

「へぇ」

 純粋に、私はコイツの言ったことに歓心した。自分と、特定範囲内のその周辺――親しい人物にしか余り関心を寄せない私にとっては思いつかなかった事柄だと思ったからだ。だから、私では考えつかなかったであろうその意見をとても面白く感じた。

 まぁ面白くは感じたけど、狭いコミュニティで満足している私は、「良き時代」作ろうとか、盛り上げようなんて考えつかなった。つまり、盛り上げようなんて思わない。

「じゃ、頑張って」

 つまり、その意見に対して私は肯定もしないし否定もしない。「良き時代」にする?凄いね、面白そうだね、出来たらいいね、応援はするよ?で終わるのである。

「え、君は!?」

 私の反応にコイツはビックリしたような反応を見せる。

「あー、無理無理。そんなの出来ない。他人のために、見ず知らずの奉公しても恩を感じようともせず、寧ろされるのが当たり前とか思っちゃうかもしれない冷たい人たちの為に頑張ろうとは思えないんだ、私は。そんな事してるんだったら、ごく少数の親しい人が困ってたらちょっぴり手を貸して上げる方が性に合ってると思う。だから頑張って。私はやらないけど」

「えー……」

 手をヒラヒラと振ってお断りですとジェスチャーすると、コイツから残念そうな落胆した嘆きが返ってくる。

 これだけじゃ気が付かないか……。

「お前は「良き時代」にしたいと思うんだろ?まぁお前の事だから思うだけで、どうやったら良く出来るとかは全く考えて無い様な気がして成らないんだけど」

「あ、うん。良く分かったね。ビックリだよ」

 突然の私の切り出しにキョトンとした顔を見せる。

「まぁ、私は親しい極少数の人にしか手を貸さない器量の悪い、心の狭い人間なんだ」

「え、別に君はそんな人じゃないと思うよ。と言うかどうして君は自虐し始めてるの!?」

 私の列列並べ立てる口上に反論してくる。

「だ、か、ら。私は関わりのない大衆の為に奮闘する気は無いけど、関わりのある小衆の為に多少は尽力する気はあるんだ」

 そう言い切ってチラリとコイツを観察すると、コイツはポカンとマンボウのように情けなく口を開けている。

「あ、えっと、その……」

 しどろもどろにコイツは言葉を紡ぎ出し始める。そして無駄に殊勝な態度をしている。

「ん、何だ?」

 そんなコイツに謦咳し尋ねる。自分でやっといて何だが、酷く態とらしく思える。特に出だしの咳払いが。

 ほら、だからコイツが可笑しそうに、楽しそうに、悪戯した子供を見つけた母親のように、困りながらも嬉しそうに笑っている。

「私って、小衆の中に入ってるんだよね?」

「入ってるな」

「じゃあ、もし私が困ってたら助けてくれるんだよね?」

「多分な」

「……そこは「任せろ」って言ってくれないかな?」

「無理。その時と場合に依るしーーってそんなムンクな顔をするな!」

 コイツが頬に手を当て、歪な顔を作っている。

「でも――」

「でももデーモンもデモーニッシュも無い!」

「デモーニッシュって何」

「鬼神、悪魔などに取り憑かれたみたいな様子。悪魔的。超自然的。って意味だ」

「おー、良く知ってるね」

 パチパチと手を叩く。

「知ってるんじゃない。今辞書で調べただけ」

 私の膝の上には電子辞書が開き置かれ、その画面には見出し語検索で「でも」から始まる以下の言葉がリストアップされている。

「だ、騙したねっ?」

「騙してないよ。知ってると思ったお前が勘違いしただけ」

「むー……」

「剥れるな」

 ジトーッと私を無言で見つめてくる。

「分かった分かった。助けてやるからそんな顔するな。……きっと」

 最後の所はボソッと言っておく。

「本当?」

「うん、本当本当」

「大好きっ!」

 そう言って机を乗り上げ抱きつこうして来るのを、先に頭を押さえる事で阻止する。

「あっ、何で止めるの?」

「食事中だ」

「ご免なさい」

「許す」

「許されたっ!あ、そうそう、思ったんだけど」

「どうしたんだ?」

「始めに言ってた「古き良き時代」何だけどさ」

「うん」

 まさか根っこの話題を穿り返してくるとは。

「私たちで自己完結するんじゃなくて、もっと身近な人にも聞いてみたら良いんじゃないかな」

「と、言いますと?」

 身近な人、先生とか?

「先生も良いと思うけど。お父さんとかお母さんなんてどうかな?」

「ああ、いい案だと思うよ」

 よし、帰ったら聞いてみるか。



「ねえ、母さん」

 家に帰宅し、食事も終わった頃。私は早速母さんに話しかけることにした。

「何?」

「どうして昭和とかの時代って「古き良き時代」って言われてるのかな?」

 すると母さんはお茶を飲もうとコップに伸ばしていた手を止める。そして私の方を振り返り、さも当たり前かの様に言った。


「バブルで職にも困らなかったしウハウハだったからでしょ」


「あ〜……」

 察した。

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