青空カンバス
「ねぇ、どうして君はいつも本を読んでいるの?」
昼食を食べ終え、机の引き出しから本を取り出す。そして本を開こうとしたところでコイツが質問をしてきた。
「そんな何時も読んでいるように見えるか?」
「うん。私が君に話しかけるときは大抵読んでる気がする」
「そうか……」
顎にそっと指を添え、目を閉じる。コイツに言われたことを考えてみる。
午前中の休み時間、移動教室や用が無いときは読書に当てている。
お昼休み、昼食を取り終えたら読書。ついでにコイツの話を聞いたりする。
午後の休み時間、午前と同じように特に用がないときは読書に当てる。
結果、「確かに読んでるな」
「でしょでしょっ!」
「ああ、特に意識してなかったから言われなきゃ気が付かなかったよ」
「誉めて誉めて!」
「偉い偉い」
コイツの頭を軽く撫でる。
「えへへ〜」
撫でる傍ら、私はコイツに聞かれた「どうして本を読むのか」ということについて考える。
どうして本を読むのか。どうして私は本を読むのだろうか。考えてみたところ、そこまで深い理由が見あたらない。むしろ私が知りたい、私が本を読む理由。
「何か険しい顔をしてるけど、どうかしたの?」
私はコイツの頭から手を離し、撫でることを止める。
「お前から聞かれた「どうして本を読むのか」という質問に対しての答えについて考えていたんだけど――」
「だけど?」
「特にコレといった理由が見つからないくて」
本を読むのは好きだ。もの心付いたときから絵本を読んだり、ファーブルやニュートン、アインシュタイン、エジソンなどの伝記(とは言っても子供向けの漫画だが)を読んでいた。
でも本を読むのが好きというのは今の私の事で、その時の私はどうして本を読んでいたのだろうか。本に描いてある絵が面白かったのだろうか。それとも、捲るという動作が好きだったのだろうか。
何れにせよ今の私は当時の私ではないのでその理由を知ることなど出来るわけもない。
今の私は最早本を読むのは当たり前になってしまっている。活字中毒かどうかは分からないが、本屋に入って並ばれている本を見ると「読みたい」という衝動に駆り立てられる。図書館なんて居ると何れは全部の本を読んでしまいたいなんて思ってたりする。
まぁ、何というか三大欲求に続き新たに出てきた欲求「読欲」?みたいなモノだろうか。
「……特に理由は無いけど読んでるの?」
「詰まるところ、そうなるな」
「理由がないのが理由。何だかカッコいい台詞だね」
「いや、理由が無いのはどうかと思うんだが」
「理由が無くちゃダメなの?」
私の言葉に対し、首を傾げる。
「どういう事だ?」
「別に理由なんて無くても良いと私は思うよ」
「その理由は?」
そう尋ねると、コイツは笑って「理由なんて無いよ。何かそう思っただけ!」と答えた。
「何だそれ」
私もつられてちょっと笑う。何か難しく考えている自分がバカバカしく思えた。
帰り道。
冬が始まり、夕方にもなると気温はぐんぐんと下がり、肌寒く感じる。
「もう冬だねぇ」
「そうだな」
はぁ、と息を吐く。吐かれた息は白く染まる。それが冬が来たという事実を否応にも実感させる。
「ねぇ」
「何だ?」
「今年も雪、降るかな?」
「どうだろうな。もともとこっちで雪が降ること事態、稀なことだから」
「だよねぇ。よし、これから毎日逆さ照る照る坊主を吊してお願いしよう!」
「いや、それで降るのは雨だろう」
「そっか。……じゃあ、横照る照る坊主って言うのはどうかな?普通のでも逆さでもない照る照る坊主のニュースタイル!格好良くない!?」
「格好良くない」
「ガーン……!」
コイツの提案をバッサリと切ってやると、無駄に口で効果音を出し項垂れる。そんな呪いなんてしてもしなくても降雪の確率なんて変わるわけがないだろうに。
それにティッシュの無駄遣いだ。これからの季節、鼻炎とか花粉症に悩まされる人だって居るんだ。ちょっと硬めのティッシュだとな、かみすぎると鼻が赤くなって痛くなるんだぞ。だからちょっと高くても柔らかくて心地よく、かみすぎても鼻が痛くならないティッシュを求めざるを得ないんだ。
スコッティはちょっと硬い。
コットンフィールはまぁまぁ。
求めるのは鼻セレブ!
でもちょっとお値段が高い。だから一枚でも無駄には出来ないんだ。その一枚に救われるときだってあるんだ。
だというのにコイツと来たらその大切な命綱を照る照る坊主にするだと?照る照る坊主を作るのに一体何枚のティッシュを使うと思ってるんだ?最低でも二枚は消費するぞ。ああ、勿体ない。
「え、何その敵視す様な冷たい目線は?」
「たった今から、お前は私の敵だ」
「なんで!?」
「ティッシュをぞんざいに扱う奴はティッシュに泣けばいいんだ」
「ちょっと待って!君の頭の中ではどんな論議が行われていたの!?」
「どんなって、お前が世界の敵に成るんじゃないかって話だけど?」
「なんてビックリでハリウッド!」
喩えがよく分からない。
その時だった。
「キャッ!」
風が吹いた。
下から巻き上げるような風邪。木枯らし。服をはためかせ、髪を靡かせる。
そして、巻き上げられた落ち葉がヒラヒラと風に乗って落ちてくる。
「……綺麗」
それはとても幻想的だった。
いや、この現実の世界において幻想などという言葉を使って良いものなのか判断には困るが。
黄色く色づいた銀杏の葉。赤く色づいた楓の葉。褐色に色づいた欅の葉。
それでも言いたい。この落ち葉がヒラヒラ落ちてくる様はとても―――
幻想的だ。
「雪みたい」
喩えるなら雪。
シンシンとでは無くヒラヒラとではあるが。それでも空から落ちてくる様は、雪の様であった。
雪の様に世界の色を抜き落とし、儚く変えるような事は無い。
それでも黄、赤、茶と混ざり合い空を彩る。私の視線を奪い視界を占める。
私は言葉を失っていた。いや、出そうにも言葉が出てこなかった。
「ねえ、君はどう?」
私はコイツの話に答えることはせず、空に手を伸ばす。そして一枚、楓の葉を掴み、引き戻す。
雪の小さな結晶と比べ冷たくもなく、溶けることもなく、楓の葉は私の手に残り続ける。
「あっ」
再び風が吹く。
楓の葉は風に乗り、空を舞う。
「ねえ」
「……何だ?」
「雪、降ったね」
「そうだな、今までに見た中で一番魅せられた雪だ」
「ふふっ」
コイツが私の言葉にちょっと笑う。
「何だよ」
「いや、こんな雪が降ってる中で言ってると、君が詩人みたいに見えちゃって」
あははっ、と可笑しそうに笑う。
それにつられて私も頬を弛ませ、唇をつり上げる。
私達の元に降った少し早い初雪。この初雪を私は忘れることは無いだろう。