過去 Ⅰ
西暦2020年 7月4日 東京は神田の由緒正しき一家に待ち望まれていた跡継ぎが産声を上げた。
もとを糺せば明治時代以前は武士の家格であったが、俗に云う御一新以降、武家は困窮を極め、転職を余儀なくされた中に彼の一族も含まれていた。
当代当主は相当に臍が曲がっていたのだろう。
大半の武士が読み書き算盤を活かして教育者や商才を伸ばしたのに比べ、まるで正反対の途に殴り込んだ。
『何時だって苦しむのは庶民だ。それを私は救いたい。』
誰も頼んではいない。
へそ曲がりの小理屈でたった一人で野に下った。
それはまさに殴り込んだに等しいのだが、任侠の世界はそんな変わり者をまだ許し受け止める優しさが残っていた時代だった。
時代は遥かに流れて100年もすると形は大きく様変わりをする。
任侠と云う言葉は映画や小説の仲だけに存在を残すだけで現実の社会では単に暴力団と総称されたが、彼の一族は未だ生き残っていた。
しかも小さいながらも真っ当な任侠として・・・代々の当主が変わり者の血筋を残したからか、時代の隙間に紛れるほど小さな組だったからかは判らない。
しかし、全く正当な跡取りとして誕生した神田明神下に居を構える森田組六代目組長を継ぐはずの男児、森田誠一郎雅嗣は反旗を翻した。
18歳のなごりの春だった。
「島田、先に帰れ。」
都内の某有名進学校の徽章をつけた高校生は自分より遥かに年長の、如何にもな筋者に告げるとくるりと向きを変えた。
呼び止めようとした男を全く無視してスタスタと歩き出す。
その脚の先が何処へ向かうかを知って居たから島田は僅かに肩を竦めて見送った。
自宅に帰るなら校門の前に止めた車で帰れば早い。
いつもの寄り道ならば心配する事も無い。
まして多少の問題が生じても自力でケリを着けられる力量も有る。
下校する高校生の群れは慣れていて黒塗りベンツと島田を見ようともしなかった。
そして島田にとっての問題は六代目の行方では無く組の六代目の行方であった。
新宿の裏路地、名前だけは立派なマンションだが実物は唯のアパート、それも風俗を生業としている大半の住人に占拠された安アパートに高校の制服のままで平然と入って行く背中が有った。
ご丁寧な事に鞄までぶら下げて。
二階の端のドアを叩くとやがて若い女が顔を出した。
「誠さん。今日は早いのね。」
花が咲いた様な笑顔と優しい響きの声、手を引くように招き入れる態度に男の顔に僅かな笑みが浮かんだ。
刈り込んだ真っ黒な直毛、秀でた額、凛々しい眉の下には良く光る十代にしては鋭い双眸と通った鼻筋。そして滅多に緩む事の無い唇が高校生には不似合なオーラを発している。
この春三年生に上がった森田誠一郎雅嗣、巷では誠さんと呼ばれる森田組六代目を受け継ぐはずの男だった。
「ああそうか、前期の試験ね。良いの? お勉強しなくて。」
冷たいお茶を用意しながら尋ねた女に返されたのは低い声。
「俺がしてどうなる。」
ひょいと女の腕を掴むとキャッと上げた声を塞ぐように唇を重ねる。
そのままベッドにもつれ込んだ。
都内でも有数の進学校に何のコネも無く入り、しかも塾やら家庭教師やらも無く授業のみで学年10位から落とさない実力は生来の頭の良さを証明していたが、本人はどうせヤクザの跡取りを自認して大学など何処でも構わない。
一時期父親は欲を掻いて東大を狙えと煩く騒いでいたが今は何も言わず息子とも顔を合わせようとしなかった。
誠一郎に問題は無い。
この十八年と同じようにこの先も行く心算だったし、多少ヒネた幼少期を送った為に今更周囲に惑わされる事も無かった。
だが、自分の立ち位置は全く変わらないのに周りはがらりと変わってしまったのには多少の驚きが有る。幾らヒネていると云っても十八歳の高校生では動かしようも無い現実を彼はただ傍観していた。
汗を拭い冷蔵庫を開ける男の背中を見て女は吐息ともつかない声を掛けた。
「誠さんは・・・諦めちゃうの?」
それが何の意味かは判っていたが敢えて聞こえない振りをする男に女は容赦をしない。
「誰はばかる事の無い長男だよねぇ、由緒正しいお家の跡取りなんだよねぇ。もったいないねぇ。」
「それ程のもんじゃねえ。たかがヤクザだ。」
どうでも良い応えに女は何処か不満気に頬を膨らませた。
「だって・・・正妻の長男は別格でしょう。あたしなら自分の子には頑張って欲しい、そう思わない?」
「友希。」
それは反論をさせない声、黙る様に告げる静かな、だが鋭い声だった。
「俺の事に首を突っ込むな。お前には関係ない。」
どう見ても男より女の方が年上だったが友希と呼ばれた女はしおらしく頷いた。
「・・・ごめん。シャワー浴びて、今用意するから。」
誠一郎を浴室に送り込み友希は脱ぎ散らかした男の制服を今更ながらハンガーに掛け、部屋を整えだした。
出勤までには時間が有る、簡単な夕食を作る間に男がさっぱりとした顔で出てきて笑った。
「何だよ、その恰好は。」
下着とキャミソールにエプロン姿でエヘへと友希も笑った。
「あ、お帰りなさい。」
若い声が誠一郎を迎えて尋ねた。
「誠さん、夕飯出来てますがどうします?」
誠一郎と大して変わらない歳の下っ端に男はそっけなくいらねぇと答えて靴を脱いだ。だが自分の部屋に行きかけた背中に次に掛かった声はさすがの誠一郎でも無視する事は出来ない声。若頭と呼ばれる森田組のNr3、仙堂敬司の物だった。
「誠、親父が居間でお待ちだ。顔を出せ。」
気鬱そうな表情を隠しもせず誠一郎は仙堂の後に続いて室内に入った。やはりと思った通りにそこには父親である森田組当代組長、森田長次郎是幸と二年前に愛人から昇格した後妻の薫子、そして半年違いの異母弟、森田祥太郎是次と三つ下の異母妹、麗佳が揃い誠一郎を待ち構えていた。
だが、森田組Nr2湯川の姿が無い。
(なるほど、外しやがったか。)
内心を毛筋ほども見せないまま誠一郎は父親の向かいに異母弟と並んで座る。
「ただいま帰りました。」
手を着いて下げた頭に唸るような返事が返される。
機嫌の悪い証拠か、言い出しにくい話の時に出る声だと周囲は知って居る、それでも頭を上げた長男の視線を真っ向から受け止めた組長に揺らぎは無い。
腹を括った男の声が流れる。
「誠一郎、跡目の件だがな。色々と熟慮して祥太郎に継がせる事にした。」
一気に言い放って息を止める。
長次郎は長男の誠一郎が苦手であった。
幼い頃は可愛い跡継ぎだし頭も良い、顔も母親似で整っている。
眼に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだったが、逆らう事の出来ない叔父貴の意を淹れ小学校に入るから守役兼教育係として当時の若手Nr1の湯川に一任してから距離が空くばかり。
気がつくととんでもない化け物の様な息子に育っていた。
出来が悪い訳では無い。
むしろその反対で小中学校も今の高校も常にトップクラス、身体能力も優れ、しかも稼業が稼業にも関わらず一度たりとも後ろ指を指された事も無い優秀さは誰に似たのか。
友人も実に幅広い。
障害を持った同級生から東大京大狙いの上級生、犬っころの様な下級生は当然、チンピラクラスの野郎共に、女子に至っては大半が一度は罹る森田熱とまで言われていた。
本人が意識して振る舞っていた訳では無い。
教育係の湯川が細かく注意深く、そして全身全霊で育てた結果に過ぎなかった。
家業を考えろ、無用な敵は作るな、男なら男が惚れる男になれ、その為には何をすれば良いのか。
元々が整然とした頭脳に目標が刻まれると後は苦労も無くただ真っ直ぐに進めば良いだけだった。
それが崩れたのは二年前。その前の年、長次郎を長年支え続けて来た本妻の紫乃が病であっけなく世を去ると、乗り込んで来たのは数居る愛人の中で唯一子供の有る薫子だった。
愛人の息子がもっと歳が若かったなら問題にはならなかっただろう。
顔つきが長次郎に瓜二つであったとしても。
まして薫子の縁者が関西系暴力団の幹部でなかったなら。
はたまた跡取りを育成する為に人手に預けた淋しさから、もう一人の息子に遠慮のない愛情を注いだ記憶が無くなれば・・・何一つ問題無くこの出来の良い長男を愛せた物を。
だが、誠一郎はあまりにも完璧に過ぎた。
同じ家に住み日々顔を合わせていても甘える子供らしい部分を見せない。
それは湯川の徹底した帝王教育の賜物であったが、実の親にも踏み込めない心情は頑なに見えた。親に対しての批判を隠し持って居る様に見えた。
この二年やっと堂々と親子と云える喜びを見せ甘えて来る祥太郎の方が明らかに可愛いのは当然だったろう。
揉めるのは判っていた、事実湯川にしろ仙堂にしろ煩型の叔父貴連中に至るまで誠一郎贔屓だ。
口数も少なく、愛想も無いが其処に居るだけで人が集まる、慕って来るのは若い連中だけでは無かった。それでも、と長次郎は腹を括った。跡目は祥太郎だと。
それに返されたのは静かな答え。
「承知しました。」
誠一郎はそれで終わると思っていたがどうやら続きが有る様だった。
緊張を解かない父親と継母、そして異母弟。
「済まんな、お前がこの家にいると収まりがつかない連中もいる。学費生活費の一切は見るから・・・」
誠一郎は内心で笑っていた。
さすがに何の咎も無い息子に出て行けとは言い難いらしい。
「判りました、都内にマンションを買って下さい。それで手を打ちましょう。」
頷いた父親と継母は明らかにホッとしていたが異母弟は横目で伺っている。
それに向かって、
「騒ぎを起こせば名前に傷がつく、これでも帝王教育を受けた身だからな。後は任せたぞ、祥太郎。」
今更皮肉を云う気も無かったがそれは異母弟にとっては痛烈な一発だったようだ。
耳まで朱に染めて、だが言葉は返されなかった。
騒ぎは当然起こった。
湯川、仙堂は掴み掛らんばかりにいきり立ち、叔父貴連中も日参して五代目を説得し続ける。
「誠一郎の何処が悪い、あれほどの珠は無いぞ。」
「親父、どうか考え直して下さい。誠が何をしたって云うんです。」
「このままでは紫乃に顔向けが出来ん。」
「五代目、頼みます。この通りです。」
袖を引き、畳に頭を擦りつけ、脚に取り縋って泣き付く湯川らに誠一郎が告げたのはただ一言。
「騒ぐな。」
膝から崩れ落ちる自分の教育係に初めてと云って良い優しい眼差しが向けられた。
「気持ちは嬉しいが出て行く俺より祥太郎を見てやれ。組の行方はお前達に掛かってるんだ。」
男泣きに泣く湯川や仙堂を後にして誠一郎は生まれ育った家を出て行く。
夏の蝉が煩い真昼だった。
家業を継がないなら多少の学歴は必要だった。
担任教師の勧めに従い東京大学の受験準備に追われる誠一郎は既に気持ちを切り替えていた。
担任の風間は誠一郎の事情を聴くと何とも複雑な表情を見せる。
家業が稼業なだけに継がずに済むならそれに越した事は無いが、早い話が親から切り捨てられたに過ぎない。
やっと18歳の子供が傷つかない訳が無いと誰でも判る。
それでも割り切った様に受験の支度をたった一人で進める誠一郎を風間は出来る限り応援した。
「生活費がカツカツなんで塾は無理です。自力でやりますよ。」
小さな組だし金回りが良い訳では無い、ましてマンションまで買わせた誠一郎にはこれ以上無理を云う気は無い。
図書館を利用し、やり繰りして参考書を買う誠一郎はそれでも暗い顔を見せなかった。
通常なら東大を目指す子供の親は金の心配などさせない物だが。
秋が来て、直ぐに冬に変わる。賑やかしいクリスマスが終われば正月が其処に来ていた。
一月のセンター試験を済ませ、前後期の本試験を終わらせて後は結果待ちとなった頃だった。
卒業式を翌日に控えたその日、事件が起こった。
携帯端末に掛かってきた電話の履歴の中に湯川の名前が載っている。
試験の心配でもしてくれたのかと返した中で取り乱した男の声が響いた。
『誠、大変な事になった。祥太郎さんが殺された。』
立ち竦む誠一郎に湯川が説明したのは、
『ここ最近付き合いだした女が今日組にやって来た。腹に子供が出来たから責任を取れと、結婚を言い出したんだ。祥太郎さんはどうやら知って居て逃げていたらしいが、女も強引でオヤジと薫子さんに談判していた。俺達は関わらないようにしていたんだが其処へ祥太郎さんが帰って来た。
女ははなからその積りだったようで・・・オヤジが云うにはいきなりチャカを出して三発撃ち込んだそうだ。止めようとした薫子さんにも二発。最後の一発で自分の頭を撃ち抜いた。つい三時間前だ。』
事情が事情なだけに卒業式は欠席したが証書だけは自宅に届けられる事となった。
「済まなかったな、卒業式ぐらい出たかっただろう。」
湯川と話せたのは日付が変わって暫くした時だった。
「いや、それ処じゃない。それより詳しい話を聞かせてくれ。」
駆けつけた自宅には警察と鑑識が我が物顔で群がり、テレビのリポーターから新聞や週刊誌の記者までが集っていた。親父は事情聴取で警察署に引っ張られたまま。湯川と仙堂はショバ争いや出入なら場数も踏んでいたがさすがに今回は対応が出来ない。
誠一郎とて同様だがこんな状態では卒業式処では無い。
大体が落ち着いて状況を聞く事も出来なかったのだ。
湯川が仙堂に眼を向けると、
「下足の小僧の栄太、覚えてるか。」
「ああ、俺が出る半年ぐらい前に入った奴だな。」
誠一郎とたいして変わらない歳の筈だった。
「奴の態度が最近変わりやがった。どうやら祥太郎さんに取り入って眼を掛けて貰う算段のようだった。」
吐き捨てる様な仙堂の言葉に湯川も頷く。
「オヤジが甘やかすから碌なもんじゃ無いのは判っていたが、まさかあんな小僧に取り込まれるとは俺らも思いもしなかったがな。」
「つるんでショバ内をのしてやがった。まるでチンピラ並みの森田組六代目だが、それぐらいならまだ良い。素人女に手を着けるなんざ話にもならねえ。」
ブスくれた様な仙堂に誠一郎が尋ねる。
「何処の女だ。」
「栄太を絞めて聞き出したのは四人、だが名前までは云わなかった。奴は笑いやがった、襲名すれば祥太郎の天下だと、こんな真似をしない方が良いと云って。」
「栄太は?」
それには湯川が答えた。
「警察に引っ張られた、どうやらオヤジが・・・・」
一瞬、誠一郎は眼を閉じる。
祥太郎と行動を共にしていた栄太を警察に引き渡すと云う事は、護る筈の手下を我が子可愛さの余り売ったと云う事だった。
「最悪だな。」
呟いた誠一郎に湯川と仙堂は居ずまいを正す。
「誠一郎。頼む、戻ってくれ。」
それ以外に無い事は誠一郎も良く解かって居た。
当主も無く次代も無い今束ねが必要な事ぐらいは。
湯川や仙堂がどれほど優秀でも血は誠一郎しか継いでいない。
「承知した。」
ホッとした二人に続ける。
「湯川は組を固めろ、島田を使って配下を絞める。多少強引でも良い、形を取り戻せ。外にこれ以上の無様を晒すな。仙堂はオヤジに掛かれ、弁護士を立ててなるべく早く連れ帰す。司法解剖が済んだら葬儀だが、襲名披露をしてないなら嫁と二男としての合同で構わない筈だ。湯川、お前が取り仕切れ。俺は叔父貴たちに当たる。」
淀みない指図に二人の頭が下げられた。
これで収まると思っていた。
当主が帰り、葬儀を済ませばとんでもない騒動でもいずれは落ち着く。
後はじっくりと片付ければ良い筈だった。
誠一郎が地雷を踏んだのは三日後。
二人の刑事が組にやって来て誠一郎と向かい合う。
「日村友希をご存知ですね。」
誠一郎の上げた眼を見つめて刑事が告げた。
「昨日自宅で死体で見つかりました。」
あの日、一人の女が祥太郎と薫子と自らを撃ち抜いたあの日、祥太郎はその直前に友希を襲った。
手引きをしたのは栄太。
どうして知ったのか誠一郎の女と承知しての犯行だったのだが、
「乱暴目的が相当な抵抗に遭い、押さえつけるうちに死んだと云ってます。ただ・・・死後に凌辱されてます。」
刑事の口調は静かで丁寧な物だった。高校を卒業したばかりの誠一郎だがその怜悧な表情は自分の女の死に様を聞かされても一片の変化も無く、ただ尋ねた。
「小杉栄太はどうなりますか?」
「過失致死、しかも未成年で初犯。まして実際に手を下したとは言い切れない以上・・・」
それは実刑には問われないと云う事だった。
「ご理解いただけますか、小杉栄太を此方に引き渡しは出来ません。貴方のお知り合いの訃報だからこそ内々でお知らせに上がった、それを御承知下さい。事件は被疑者死亡のままの捜査継続となりますが、なるべく公にはしない様に配慮させて戴きます。」
踏んだ地雷に気付いたのはこの瞬間。
つまり、動くな、騒ぐな。
栄太に手を出さなければ祥太郎の恥も晒さずに済むと云う事だった。
これ以上の恥を。
「了承しました。下の者には言い含めます。」
この上なく苦い塊を飲み下しての返事に刑事は余計な事を云わず黙って頭を下げて帰って行った。
誠一郎の父、森田長次郎五代目当主が帰って来たのはその二日後、葬儀の手筈の整った通夜の夕方であった。
既に火葬は済ませ白木の祭壇に並んだ遺骨と遺影、近親者はごく僅かで関係者ばかりが目立つのはこの生業としたら致し方ない事であった。
「大変だったな、親父はどうした?」
大伯父には既に詫びを入れてある。
こんな不始末を仕出かしたとは言え祥太郎が鬼門に入った以上大伯父も咎め立てはせず、むしろ誠一郎の帰りを喜んでくれていた。
「先ほど迎えを出しました、直に戻ると思います。」
歳に似合わぬ落ち着き払った物腰に眼を細めて、
「お前も苦労だろうがなるべく早く跡目を継いでやれ。あれには辛いばかりだろう。儂も手を貸すし、湯川や仙堂もそれを頼みにしているだろうしな。」
だが、帰って来た父親は整えられた祭壇と二人の遺影、そして静かに迎える長男を見るなり、
「此処で何をしている、お前の縁は切った筈だ。」
その声には隠そうともしない嫌悪が有った。
「祥太郎の無様を笑う心算で来たか。自分の優秀さをこれ見よがしに見せつけるか。弟や継母を其処まで愚弄するか。出て行け、俺の前にその顔を二度と見せるな。」
誰一人声も無かった。
祥太郎可愛さに此処まで誠一郎を嫌う父親の姿は異様としか言いようも無い。
誠一郎は踏んだ地雷から確信を持って脚を外す。
ゆっくり立つと一歩、そしてまた一歩・・・18年間父だった男の前に立つと、
「安心しろ、此処にはもう二度と来ねぇ。」
言い様の一撃は父だった男の左頬に綺麗に決まった。




