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記憶の覚醒

久し振りの休暇を森田教官は宿舎で堪能していた。

春休みだから講義も無いし、A倶楽部のガキ共の面倒も見なくて良い。

初日は一日の大半を居眠って過ごし、予定の無い幸せを十分味わっていた。

二日目は長年の習慣で同じ時間に起きてうろうろしていた。

朝倉悠里が来るまでの休暇はどう過ごしていたのか思い出そうとしたが出て来ない。

何だかやけに長い午前中がやっと終わり、さらに長い午後が終わった時には休暇の有難味はかなり減少していた。

跳ねっ返りの朝倉が帰って来るにはまだ五日も有る。


翌日にはとうとう<のんびり休暇>を諦めていた。

昼過ぎにA倶楽部に行ってみると当然だが誰も居ない。

マシンに掛けて広い体育館を見ていると、昔が思い出された。



四歳の幼児だった(あきら)と初めて会ったのはフェニックス基地。

おそらく一生訪れる事は無い筈だった其処に行ったのはキッドの病気を聞いたからだった。

相変わらずの美貌は子供を産んでも病気で寝込んでいても変わらないが、何よりモクを見て笑って呉れた事が嬉しかった。

忙しいキリ-に頼まれて暁を預かったのは他に人が居なかったから。

若い街につき物の騒動や暴動や揉め事を収める為に、G倶楽部として動きだしたキッド達では有ったが手が足りなかった。

まして日本からの依頼を受けざるしかない状況は足りない中からナイトとルウを送り出し、いよいよ厳しい状況となっていた。

キッドの病気でまた手が不足したがモクにはもう何も出来なかったし、する気も無かった。

キリ-も承知していたのだろう。

病状が落ち着いてからはキリ-も外に出て、暁を連れてモクは毎日キッドを見舞った。

その時間は固く強張っていたモクの気持ちを優しくほぐして行ったのだろう。


暁は・・・野生児だった。

口が利けないのかと思うほど無口で眼つきの悪いガキは到底女の子には見えなかった。

最初は他人の子だからと遠慮していたがとうとう堪りかね、ふん捉まえて掴みあげぶら下げて歩くようになっていた。

そんなモクの何処を気に入ったのか異常に懐かれて二か月、キッドが良くなったのを機に帰国するモクに抱きついて離れず最終的には初めて泣き顔を見たのを今でもはっきり覚えている。

キリ-が引き剥がしたが声も立てず歯を喰いしばってボロボロと涙をこぼす様は、いい加減感情を失いかけていたモクを思わぬほど激しく揺さぶった。


『大きくなったら日本に来い。俺が仕込んでやる。』

つい出た言葉は嘘では無かったが所詮は四歳児、モクの存在自体忘れているだろう。

だが、ほぐされた心は立川連隊で苦労しているナイトやルウ、そして身を削る様に働くかつての仲間たちを無視する事は出来なくなっていた。

満足に走る事も出来ないモクに出来る事は多くは無い。

そんなモクに声を掛けたのは引退した伊達先任曹長。

同じように傷を負いながら陸短の校長を引き受けていた彼は,実戦経験者のモクに講師を頼んで来たのだ。

あの長く熱い時間を過ごしたG倶楽部はそれに続く戦争の記憶から思い出すのが辛く、だから封印してきたのだが陸短ならば・・・

少し厳しく、やる気の有る奴は細かく指導をしてナイト等の元に送り込めるならそれも良いかと受けたのは10年前。

暁が朝倉悠里としてまさか本当に来るとは思わなかったが。



少し大人になって多少は女らしくなったかと思いきや、呆れ返るほど変わって居なかった

形だけはデカくなったが、余計手に負えないクソガキになっていて。 考えて見たらあのキッドとキリ-の子供だ、しかも南米のアマゾン育ちとなれば仕方が無いか。

モクは納得したが初めての日本で上手くやって行けるのか。

だが。

それが杞憂だとすぐに気付かされた。

北米育ちのくせに実に小賢しく口が回り、誰に習ったのかとんでもなく悪態の巧い喧嘩上等の爆弾女のキャラで、少し浮いた神崎と遣り合う姿はいつしか周囲を巻き込んでいた。



心配する事は無いのかも知れない。

暁は自分の立ち位置を誰より理解している。

そしてもう忘れているだろう、失われたモクの片目を紅葉の様な手でそっと撫でて云った言葉を。


『こっちの眼になってやる。だから泣くな。』



あれはまだキッドが退院したばかりの頃、朝起きた途端の台詞だった。

ふふっと笑いがこぼれた。

あのクソガキの暁には泣いてるように見えたのだろうか。

右目と共に失った二人の仲間を引きずったままの自分を僅か四歳のガキに見透かされたのは思ったよりも嫌な気持では無かった。


やがて地下射撃場で一人訓練を始める。

長い長い時間彼はライフルはおろか拳銃さえ手に取る事は無くむしろ遠ざけていたのだが、朝倉はとにかく彼に銃を持たせるように仕向けていた。

おそらくキッドやキリ-が言い含めたに違いないが、見え透いた言動を煩いとは思わない自分を見つけたのは自身でも驚いた。

腕が落ちているだろうと当然思っていたのだがそうでも無い。

ゆっくりと引き金を引く度に集中力が高まって行く。

森田担当教官は何時しかG倶楽部のスナイパー、モクに戻っていた。

利き眼の右は無いがプロとしてどちらでも使える様に訓練だけは怠らなかった過去に皮肉な笑みを浮かべ

て、モクは完全に狙撃手となって行った。


的は良い、以前と同じように狙える。

だがモクをモク足らしめている戦闘兵士とのコンビネーションはどうだろうか。

反射も感もおそらくは鈍っているに違いない。

まして左では厳しいと考えて・・・ふっと息を吐いた。

「馬鹿な事を・・・俺の出る幕では無いのに。」

半日の射撃訓練で疲れた眼を休ませるためにモクが上に上がると、情報管理室から電話の音が鳴り響いた。

発信先はG倶楽部、瞬間モクの手が伸びモニターを着ける。

A倶楽部のメンバーに事が起きなければ今、此処に、電話など入る筈も無い。

そしてやはり・・・

『モク! 何処に居たんです、直ぐに陸大病院に向かって下さい。フレアが訓練中に怪我をしました。』

トーイとか云った女性部員の緊迫した表情にザワリと肌が粟立つ。

「怪我の程度は?」

『左側頭部と左腕の打撲と擦過傷。脳波の検査を受けていると聞きました。』

叩きつける様に切ってモクは飛び出した。



それが久しぶりのアテンションコールだと云う事さえ気付かなかった。

全く無意識に18年ぶりに出されたコールに返したのはナイト、受付を抜けた処で合流した男には緊張の色は無く疲労だけが浮かんでいた。

「大事にはならなかった、脳波も正常。視力も問題無いし骨折もしてない。」

早口で告げた後、真顔を向けた。

「申し訳ない。俺の責任だ。」

声の真剣さに脚が止る。

「何が有った。」

「スナイパーとの連携をやっていた。レインは四年目だが、狙撃手としての実戦経験は無い。ダンテと同じ心算で組んだがフレアの速さに対応が着いて行かなかったと自分でも認めている。着地する左脚にシルバーチップが被弾、バランスを崩し樹に激突する処をフレアの反射のお蔭で掠めただけで済んだ。」

一瞬突き上げる怒りに眼が眩むようだった。

戦闘兵士の背中はスナイパーが護るもの、その背中は味方を信じてひた走る。

それを・・・だが、怒りは急速に収まりそのまま沈み込む様な悔いに捉われた。


「お前が謝る事じゃない、無事ならそれで良い。」

レインとやらが悪い訳でも無い。

連隊からもG倶楽部からも逃げて逃げて、避け続けた他でも無い自分自身が誰よりも罪が重いと気付いていた。

これほど疲れた表情のナイトは初めて見る。

ナイトもおそらくルウもそしてきっと北米ではアリスも、誰もが未だに戦って居る筈だった。

大病をしたキッドでさえも・・・・


病室の前に立っていたのは四年前に陸短を卒業したレイン。

そしてロブとダンテ。

蒼褪めたロブとダンテに頷いてモクはレインに向かった。

蒼褪めるを通り越して白くなったそそけた顔には涙の痕が着き汗と埃で汚れた上、殴られたのか唇が切れて悲惨な事になっていた。

責める言葉など無い。

「G倶楽部に帰って居ろ、後は俺が見る。」

ぼたぼたと落ちる涙と必死で声を堪える肩を叩いて、

「やる気が有るならこれからは俺が仕込んでやる。」

泣きながら何度も頷く男をロブに預けて、モクは病室のドアを叩いた。



「レインを怒るな。」

室内に足を踏み入れた瞬間の第一声だった。

「私が迂闊を踏んだんだ、当然ロブやナイトやダンテも関係無い。」

ゆっくり近づくモクに、

「こんな怪我は怪我とも云えない、フェニックスじゃ当たり前だ。」

すぐ横に立ったモクにガーゼを当てた左側を隠す様にしながら尋ねる。

「まさか向こうに云って無いだろうな。」

ベッドに半身を起こした朝倉は白の治療衣服のせいか小さく見える。

黙ったままの男にやっと眼を合わせた。

「モク・・・怒ってるか?」

男の手が伸び顎を捉えると朝倉は僅かに身を引く。

「動くな。」

ガーゼの隙間からとっくりと眺める。

「大した反射だ、眼も大丈夫だそうだが・・・あまり心配を掛けるな、オジサンは腰が抜けるかと思ったぞ。顔の傷は残らないな?」

言葉に詰まったように黙って目線を反らして呟いた。

「・・・大丈夫だ、残ったって平気だ。母ちゃんとは違うし・・」

細い顎先の震えに気付いたのは其処を捉えていたからだろう。

それを抑える様に歯を喰いしばった表情はまるで四歳だったあの頃と変わって居ない。

その涙も・・・


傷に触らない様にしっかりと抱きしめると声を殺して泣き出した。

「済まなかった、怖かっただろう。」

後背の味方から撃たれる恐怖は敵のそれよりも遥かに大きい。

下手をすればスナイパーと組む事さえ出来なくなりかねない。

フェニックス基地にスナイパーは居なかった。

キリ-に相談された時止めさせたのはモクだった。

『育成に失敗すると戦闘兵士が軒並みやられるぞ、それぐらいなら無理に作らない方が良い。』

それは本音だったがキリ-の言葉の裏の問いは気付かない振りをした。

此処で一緒に動かないか、と云う問いに。


「モ・・モクが・・約束した・じゃ・・・」

「なに?」

切れ切れの言葉が漏れる。

「約束した・・・俺が仕込んでやる・・って・・」

ああ・・・確かにそう云った。あれは暁がまだ四歳の時。

「覚えていたのか、大した記憶力だな。」

「初めて、貰った約束だ・・・忘れないぞ。」


心臓をわしづかみにされた様だった。

その遠い日の約束の為にこの娘は日本にやって来たのか、両親や仲間たちから一人離れて。

「そうだな、今回で思い知った。お前もレインもまとめて仕込んでやる、だから早く傷を治せ。」

「うん。」

抱きしめていた腕を解いても暁は離れようとはしなかった。

そう云えばあの時も鼈のように引き剥がすのに苦労したと思い出して苦笑する。

「何時までくっ付いてる気だ。」

キリ-もどきにハンカチを出して握らせるとやっと顔を上げて呟いた。

「父ちゃんと母ちゃんに云われたんだ、どうしてもモクが嫌だと云ったら諦めろと。

モクは心にも大きな傷を受けているから絶対に無理強いはするなと。」

黙り込んだ男の一つしか無い眼を見つめて続ける。

「銃にも触らないだろうって云っていた・・・本当に良いのか? 私は無理を云って無いか?」

「・・・大丈夫だ、先に言い出したのは俺だしな。後でフェニックスに連絡して置く。安心して休んでおけ。」




陸短に戻ったモクはまずは校長室に向かい二時間ほどを過ごし、次にA倶楽部の情報室に独りで入った。

呼び出した先は・・・

「よう、元気そうだな、イヴ。」

モニターの向こうでイヴの唖然とした顔に頷きかけた。

「暁が少々怪我をした、大した事は無いが担当教官として親に詫びを入れて置こうと連絡したんだが居るか?」

『ああ、今呼ぶから待って。』

横を向いて何やら操作してから改めて眼をモクに向けた。

『久しぶりだ、十三年振りかな。全然変わってないね。』

「お前こそ変わらない、みんな元気か?」

『相変わらずだよ。此方の情報は入ってるだろ、何時もジタバタしてるけどちびが居ないから少し淋しいね。居ると煩いんだけど。』

笑った処でキリ-とキッドとエラ-がやって来た。

簡単に状況報告をするとキリ-が僅かに首を傾げた。

『わざわざ連絡をして来る様な事じゃ無いだろう、ちびにすれば怪我の内にも入らんが。他に何か有ったのか?』

「ああ、曹長とは話が着いた。暁たちが立川連隊に入る時点で俺もG倶楽部に復帰する予定だ。教官の後任は其れまでに決める心算だが射撃訓練は陸短も暫くは同時に見る。」


モニターのキリ-の表情がゆっくりと綻んだがそれより早く向こう側で歓声が上がった。

声だけがモクに届いた。

『お帰りモク!!』

『これで安心できるな、日本のG倶楽部を叩き直してくれ。』

『こっちにも来てくれ!待ってるよ!』

キリ-が笑った。

『うちのちびがゴネたか? 迷惑なら怒鳴り飛ばしてくれ。』

どこか気恥ずかしい思いを隠して、

「いや・・・触発されたのは事実だが、暁は優しい子に育ったな。つぎの連絡はG倶楽部からする、待っててくれ。」

『了解した。』



陸大病院で一泊した朝倉は速攻でG倶楽部へと帰り着いた。

「早いな、大丈夫なのか?」

神崎達の問いに平然と笑って答える。

「当然だろう、そこらの婆様じゃ在るまいし寝込んでいられるか。現役バリバリの学生を舐めんじゃないぞ。」

と、その眼をレインに向ける。

「レイン、モクが鍛えてくれるそうだ。頑張ろうぜ。」

パーンと景気よく背中を叩いて足取りも軽く情報室に入って行く。

その小さな背中はやはり神崎にはやたらと大きく見えた。

「報告、それとナイトは。」

入るなりの唐突な声に情報管理のトーイは僅かに顎を上げて答えた。

「さっきロブと一緒に連隊長に呼び出された、多分昨日の事だと思う。夕べカリフから連絡が有ったがそのまま話して置いた、端末の個人№は控えて在る。」

「掛けてくれ。」

「了解。」

トーイの指先が素早く動きモニターに落ち着いた男の顔が映し出される。

が、途端に吐息が漏れた。

『・・・フレア、お前は女だと云う自覚は無いのか。キッドでも顔に傷は作らなかったぞ。』

「のっけからご挨拶だな。好きでやったわけじゃ無いし、こんな物は傷とは云わない。それより電話した要件は解かって居るだろうな。」

『解かって居るが、キッドとキリ-は承知しているのか。後で怒鳴られるのは俺は御免だぞ。』

「いよいよなら構わないと云われた。他の手段がそちらに有るなら教えて貰おうか。」

苦い沈黙がその返事となった。

「仕方が無いだろう。キッドが身を挺して護ったG倶楽部だ、私が繋ぐに不足はない。大体が目的を果たす為に手段なんか選んでいられるか。何で男は恰好ばかり気にするんだか私には理解できないな。」

『ああ、やはりお前はキッドの子だな。その率直さはそっくりだ。良いだろう、許可するが傷を治してからにしろよ。』

ニヤリと笑った表情は全く母親そっくりだった。

「ロブに第一級軍礼装は頼んでおいた。時期を見計らって繋ぎを取るがモクやナイト達には云うなよ、面倒になる。」

『ああ、承知した。では。』


「何処に繋ぎを取るんだ。」

切れた途端だった。

振り返るまでも無い良く知った男の声に一瞬眼を閉じ、椅子ごと向き直って真っ直ぐに遥か先達、そして自分の担当教官を見上げる。

モクの前で立つと、見る間にG倶楽部の戦闘兵士フレアに変わっていく姿は、昨日泣いていた娘と同じ人物には見えなかった。

だが、モクも無意識のうちにG倶楽部のスナイパーとして其処に立っていた。

「礼装は入隊してから与えられる物だ、今のお前には許されない。フェニックスではどうか知らんが、この日本では未だ学生の身に過ぎないお前がそれを着て何をしようと云うのか。答えろ。」

厳しく鋭い声に、だがフレアはピクリとも動かず冷ややかに答えた。

「フェニックス基地所属のG倶楽部員、戦闘兵士フレアとしての答えなら・・・現役G倶楽部員には如何に先達と云えども答える必要は無い。私は為すべき事を為す為に送られた、差し出口は控えて戴こう。」

モクの表情が変わる。

「知るだけならば誰にでも聞ける、カリフだろうとキリ-だろうとな。だが、俺はお前から聞きたい。」

それが糾弾する声ならば強く拒否も出来る。

しかしモクの大人の部分が一歩退いた響きには太刀打ちできなかった。


「つまりは・・・商売だな。」

何処か憮然としたまだ幼さの残る顔が顰められる。

「予算を取る為に調整室と手を組む必要が有るんだ。ロブやカリフが頑張ってくれてるがその上を動かすには駒が足りない、フェニックスは何時だって赤字だし貧乏なんだ。キッドが辺り構わずカツアゲしても追い付かないしイヴのやり繰りも元手が有っての事だしな。人は増えて行くのにお金は減るばかりで教育や医療どころか満足にご飯も・・・なあ、モク。 あんなに美味しいカツカレーを向こうでは誰も見た事も無いんだ。土地が荒れてるから大した作物も取れないし、牛や豚は売り物だ。自分たちの口になんか入らない、ガキ共は何時だって腹を空かせている。」

いつの間にかモクの後ろにはロブ達が集まって聞いていた。

それを見ながらフレアは続ける。

「キッドの治りが遅くて結局完治しないままだったのも栄養が足りないのと、のんびり寝てられなかったからだ。これは聞かなかった事にしてくれ、真面目に怒られる。ディランが欧州に戻ったのも向こうを立て直して支援をする為だし、私が此処に来たのも調整室との取引の為だ。あんまり情けない話だから貴方には、貴方にだけは聞かせたくないと父ちゃんとエラ-は云っていたんだ・・・」

何で俺には聞かせられない、と聞くまでも無くその答えは知って居た。


この18年と云う長い時間を無為に過ごしてきたのはモクだけだった。

生き残りのG倶楽部員が人を護り体制を整え歯を喰いしばって働いていた時間を、何もせずにグダグダしていたのは自分だけだった。

心と身体に大きな傷を負ったと云う、ただそれを言い訳にして。

傷を負ったのはモクだけじゃない、仲間を失ったのもモクだけじゃ無かったのに・・・

ぐっと噛みしめた唇が震えた瞬間フレアが呟いた。

「要は一石二鳥って奴だ。いや、三鳥か・・・調整室との契約と、貴方に仕込んで貰うのと・・・それと眼になる約束をしただろ、忘れたか?」

声を失った男にフレアは頭を掻きながらブツブツと呟いた。

「時間が掛かったからな、まさか10歳では18歳と云えなかったし・・・これでも急いで来た積りなんだけど、悪かったな遅くなって。」

思わず一歩踏み出したモクにフレアは再度詫びた。

「御免、本当に悪かった。育つのにこんなに時間が掛かるとはあの頃は思わなくっ・・・」

モクの手が伸びしっかりとフレアを抱きしめた。

「・・・モク・・・」

「黙ってろ。」

それ程大柄では無いモクでも、その腕の中にすっぽりと入ってしまうフレアの小さくて暖かな身体を抱きしめてモクは溶けて行く自分を感じていた。

「・・・キリ-達には来年からG倶楽部に復帰すると云って在る。曹長にも了承して貰った。だから、もう俺の心配などするな。謝るな。これからはお前のバックアップぐらい幾らでもしてやる。調整室だろうが九龍島だろうがお前の好きに動け、俺がケツを持ってやる。」

「俺もだ。」

ドアに凭れたナイトが笑う。

「モクだけに良い恰好はさせられないからな、俺とルウも乗っかるぞ。予算をふんだくって来い、仕事なら幾らでもしてやる。」

「やれやれだな、金目当ての悪徳請負業者になり下がったか。まぁ、それでもやる事は一緒だから構わんが。」

ロブの言葉にモクとナイトが笑ったがフレアは笑えなかった。

未だにモクの腕の中に嵌まっていたから。

じたばたしながらやっと顔だけ覗かせると、

「それじゃ、誰も文句は無いな。だったら一つ提案が有る。ちょっと放せよ、しゃべりずらいだろ。」

笑いながらモクが放すと頬を染めて全員の顔を見渡した。

「陸短のA倶楽部、二年生は状況に応じてOJTをガッツリ取り入れよう。初年兵訓練時は無理かもしれないけどG倶楽部に上がれば即戦力になるだろう。どうだ?」

「お前の得意な一石二鳥だな、フェニックス流か。」

ナイトの声にフレアが鮮やかに笑う。

「いいや、キッドの流儀だ。」

「最っ低だな。」

すかさず返された言葉は周囲の笑いを誘った。


それを聞きながらモクは遠い昔、もう二十年も前の日を思い出していた。

コオハクシュリが居た、カイルと那智が笑っていた。あれは李兄弟が呉れた土産で笑った日・・・頑なに思い出すまいと記憶から遠ざけた20年近い昔がいま、鮮やかな色彩を持って甦る。

生き生きとした懐かしい顔が立ち竦んだ男の前で笑顔で語りかけた。


『モク、しっかりしろよ。』

コオが眼を上げた。

『オヤジにはオヤジの仕事が有るだろう。』

ハクは怜悧に告げる。

『太るなよ、幾ら出番が無くたって。』

シュリが笑い、そして・・・

『良かった。貴方が戻って来てくれて。私達の分までお願いしますね。キッドを、キリ-を、そして暁とG倶楽部を頼みます。』

静かに告げる声はカイル。

残された一つの眼から零れ落ちる涙は過去を昇華させ、独りの男を甦らせる。

それは本当の意味で再生したG倶楽部のモクだった。

握りしめた拳を小さい掌が包む。

暁の熱が伝わって来た。





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