胎動
立川連隊G倶楽部は陸短同様戦後に再建された立川連隊基地に設置されていた。
プレートにはやはりA倶楽部同様の素っ気ないG倶楽部の文字だけが刻まれている。
入ると当然だがA倶楽部よりは遥かに広く遣い込まれた年季が伺えた。
その中でも特に目を引く真新しいマシン類に、神崎は思わず笑ってしまった。
決して安い物では無いマシンをこれだけ新調するには大変だっただろう。
A倶楽部に呉れた御下がりでもまだまだ十分に使える物、朝倉の言う通りまったく気前の良い事だった。
いつか来た女性兵士が裏手にあるG倶楽部専用宿舎の三階に連れて行って呉れる。
1LDKのマンションタイプの個室には必要な物はすべて整っていたうえ、まるでG倶楽部員と同じ黒の作業着とジャージが用意されている。
左腕の白い腕章は仮入部の印しだが、此処まで期待されると間違ってもコケる訳には行かない。
気の引き締まる思いでG倶楽部に戻ると既にみんな集まっていた。
「神崎、お前似合うな。」
朝倉の第一声に神崎は溜息をついた。
ちょっとは緊張感が欲しい物だが朝倉にそれを望むのは無理と云うものか。
「お前も似合うぞ、向こうでも着ていたのか?」
「いや、こんなお仕着せは無い。貧乏所帯だからな。着る物より武器弾薬や情報機器類に全部廻してるんだ。」
云いながら視線が周囲を見渡す。
「此処は良いな。そんな苦労をしないで訓練と任務だけに集中できる。飯の心配もしないで一年も過ごせるとは思わなかった。」
「予算は出てないのか?」
山田が驚いて尋ねると、
「おっつかないんだ。基地局だけど街まで見てるから。学校や病院、畑に畜産も整備や維持に金は掛かる。だからみんな商売上手になったとエラ-は笑っていた。」
「まだそんな状態か、少しやり方を考えた方が良いんじゃないのか。畳む話も出ているぞ。」
いつの間にか後ろに立つ男の声に朝倉はいかにも不快そうに睨みつけた。
「ダンテか、お前の意見など誰が聞いた。私に向かって生意気な口を利くな。」
驚くほど優しげな顔立ちだが眼は強い光を放つ、どう見ても二十代半ば(おそらく神崎と同年代だろう)のベテランG倶楽部員に使う口調では無いが、
「済まない。」
ダンテは何の拘りも無さそうに詫びると神崎達に向き直って表情を改めた。
「ようこそG倶楽部へ、俺は此処ではダンテと呼ばれている。フレアの一期下になるが同じ戦闘兵士を拝命している。」
自己紹介した神崎達に僅かながら笑みを浮かべた。
「四代目G倶楽部総帥に紹介しよう。」
その部屋は決して大きくは無い。
手前にあった情報管理室の方が遥かに広く設備も整っていたが、総帥は確かに総帥らしく泰然と部屋に君臨していた。
年の頃は三十代半ば、短い黒髪にいかにも男らしい強面の表情が笑んだ。
「ほう、これがお前自慢のガキ共か。俺が四代目のロブだ。一週間だが楽しんでいってくれ、ダンテ任せたぞ。」
途端に朝倉が嫌な顔をした。
「嫌がらせか。私が此奴と合わないのを知ってるだろう。」
「そう云うな。ナイトは別件で出掛けたし、何よりダンテはお前が好きなんだ。」
なあ、ダンテ。とロブが振ると部屋の隅に立っていた男が穏やかに笑った。
「頼むからその辺にしておいてくれ、フレアを怒らせたくない。ではマシントレーニングから始めよう。基本は出来ているだろう?」
「出来てる。先にやっててくれ、私は後で行く。」
朝倉の言葉にロブは額を抑えたがダンテは肩を竦めただけで神崎達を連れて出て行った。
「何だ。」
唸るようなロブの問いに、
「畳む話は公に出ているのか?」
静かだが誤魔化しの利かない口調に男は大きく息を吐いた。
「出始めたのは昨日今日じゃない、それは知ってるだろう。」
「向こうの連中を連れて来る訳には行かないんだぞ。街の皆をどうする積りだ、勝手に死ねと云う気か。」
「だからだ、G倶楽部だけなら問題は無い。だがメキシコ人やらの密入国者まで面倒見るのは拙いんだ。
だいたいキリーとキッドの存在さえ明らかにしてない状態で、これ以上の援助は無理だ。
本来なら米国が見るべき問題だろう。俺達ではもうどうしようもない。」
朝倉の眼が異様なほど煌めいた。
「キリ-とキッドは絶対に許さないぞ。イヴとエラ-もだ。あの四人は日本を切り捨てても残るだろうし、例え一切の援助が無くなって変わらないぞ。その時は覚悟して置けよ。」
「・・・お前も帰るか・・・」
「命令が来たらな。だが私より心配する事が有るだろう。
立川連隊のG倶楽部だけでやって行けるとはまさか思っては居まい。
フェニックス基地が手を引いたら困るのは誰だ。」
如何にも苦しげにロブが答える。
「もちろん俺だ。そんな事は百も承知だが・・・」
「カリフは何をやってる?」
「手は尽くしているが、その上が相手ではどうしようもない。司令本部でもお手上げだ。」
「調整室か・・・出来れば避けたかったが奥の手を使うしかないか。
ロブ、私に第一級軍礼装の用意をしてくれ。本来なら入隊してからだが背に腹は代えられない、此処に居る間にケリを着けておこう。」
途端に男の顔が強張った。
「それは・・・キリ-が許さんだろう。」
「許すも許さないも無い。私は此処に居てキリ-は居ない。万が一の為に用意はしてくれたし、覚悟もしてある。だが、それ以前にカリフに繋ぎを取りたい。ただし、この話ナイトやモクには口外無用だぞ。これは私だけで処理する。」
「・・・承知。」
マシンでのトレーニングは何時もと全く変わらなかった。
ダンテは慣れた動作の神崎達に笑顔を見せる。
「だいぶ良いな、フレアにかなり絞られたか。」
「かなり何てもんじゃ無い、この三か月は便所もきつかった。やっと慣れた処だ。」
山田の言葉にダンテは吹き出した。
「あれは容赦無いからな、だがフレアが認めたなら本物だ。立川連隊とフェニックスの両G倶楽部合わせた中で一番の目利きだと俺は思っている。同期でこれだけ拾えたなら来期は大漁だ。期待してるぞ。」
少しは気分が良くなったが周囲には人影が無い。どうにも気になった神崎が尋ねた。
「ダンテ、他のメンバーは何処なんだ?」
「ああ、出張だ。今はロブと俺と情報管理のトーイだけだ。もっともそれ以外にも四人しか居ないんだが。」
神崎の表情が変わった。
「待て、では総勢で七人だけなのか。」
ダンテはふっと目線を落した。聞いては拙かったのか、だが聞かずに済ませる訳には行かなかった。
「戦前はもっと多かったと聞いたが、何時からこんな状態なんだ。」
「戦後からだ。育成を出来る人間がナイトとルウしか居ない。しかも人手を補うためにその二人も出ているからな。情けない話だがフェニックス基地が無ければ身動きが取れない状態だ。」
「朝倉は・・フレアはだから送り込まれたのか。」
ダンテの視線が執務室に向けられた。
「そう、他にも諸々有るが。フレアは俺から見れば生贄だ、生まれた時から途が決まっていた。あんな歳で普通の生活を知らず選ぶ事も出来ないまま・・・」
「それでも朝倉は此処に来た。俺達を引きずり上げて今此処に居る。」
及川はダンテを見据えて続けた。
「気の毒がるのは違うと思うな、朝倉が本当に嫌なら誰も無理強いはしない筈だ。今まで俺達が見て来た誰もが朝倉には優しい眼を向けていたし朝倉も嬉しそうにしていた。それが嘘だとは思えない。」
ダンテの表情が僅かに緩む。
「そうだな。」
ちょうどその時朝倉とロブが情報室に入って行くのが見えた。
「いよいよ動き出したか、この一年はフレアにとって休暇みたいな物だったから動き出せば詰めて来る。お前達も遅れずについて来いよ。」
休暇・・・神崎等にすればじたばたと忙しい一年だったが朝倉には単なる休暇に過ぎなかったのか。
認識の違いがこれほど大きいと笑うしかない神崎だった。
『神藤副司令はただ今出張中です。』
「何時お帰りか?」
『予定では明後日、午後です。』
「では伝言を。帰り次第連絡を、G倶楽部フレアまで。」
『了解しました。』
モニターをブツッと切ると椅子ごと身体を廻して朝倉は振り向いた。
「偉くなると簡単に繋ぎも取れないか、カリフに通して置かないとさすがに厳しいからな。」
とその眼を上げてロブを見上げた。
「レインは何時帰る? コンビネーションをして置きたい。」
「奴は明日には帰国する。やはりモクは駄目だったか。」
「ああ、仕方が無い。キリ-とキッドで駄目なら私ごときの言葉で動く訳も無い。
射撃訓練をしてくれるだけ有難い話だろ。」
ロブが不意に笑った。
「ナイトから聞いたがモクはお前を待っていたそうだな。
さすがはフェニックス希望の星だ。ナイトとルウが肩の荷を降ろした様な顔をしていたぞ。」
朝倉は肩を竦めて、今降ろされても困ると云いながら立ち上がった。
「あと一年は身動きは取れないんだ。」
それは日頃の朝倉らしからぬ重い響きが有った。
確かに例え半人前のG倶楽部員としてでも、動けるようになるには時間が掛かる。
G倶楽部に上がってから半年は見なくてはならなかったし、誰にも云う気は無かったが今回のメンバーでも全員が残るとは考えてはいない。
掟破りでも陸短在学中にG倶楽部に連れて来たのは独りでも繋ぎ止める為だった。
ロブと朝倉が出ると既にアップを済ませたA倶楽部員達が格闘訓練の型に入っていた。
「さてダンテ、先ずは私の相手を頼むか。」
男は僅かに呆れた様な表情を見せたが、何も言わずに朝倉の正面に立った。
「少々鈍ってるからな、手加減しろよ。」
「何を云ってる。お前相手に加減など出来るか。」
ダンテの本音のような言葉にニッと笑った瞬間だった。
するっと滑り出た朝倉の脚がふわりと浮き上がりいきなりの蹴りが飛んだ。
躱したダンテにさがる暇を与えず手足が素早い攻撃を仕掛ける。
ダンテの手が弾き叩き不意に反転したと思ったら恐ろしい勢いで朝倉に繰り出された。
掌、肘、膝に踵まで身体中を使っての攻撃をそれでも朝倉は総てを弾いて躱して受け止めた。
「巧くなったな、徒手は弱かったのに。」
笑う余裕さえ見せて朝倉はその表情を引き締めた。
速さが変わったのに気付いたのは神崎、山田と及川。
ダンテの表情から余裕が消えた。
どう見ても朝倉のレベルは男よりも上だった。
爆発するような攻勢は既に神崎には追い切れない。
ダンテは躱すだけで精一杯、隙を狙うにしてもその隙が見えずに防御一方に回っていた。
「此処まで。」
ぱっと離れた瞬間、ダンテの片膝が落ちた。
いきなり吹き出す汗を拭いもせず荒い息を吐いてやがて立ち上がった。
「やはり強いな・・」
笑った眼は驚くほど綺麗に澄んでいる。若年の女性に敵わなくても其処に負の感情は無かった。
「戦闘訓練はこのみつきだろう、良く腕を落さずにいるな。」
男の素直な賞賛に朝倉はニンマリと笑って、
「その前は神崎と取っ組み合いに明け暮れていたからな、便所掃除のオマケつきで。」
気持ち良く笑うダンテやロブに神崎は渋い顔を隠せなかった。
朝倉が実力の半分も出していたなら今頃は神崎など生きて居ない筈だ。
先が思いやられると溜息を吐くと、及川と眼が合った。
「やれやれだな、本腰入れてもなかなか追いつかないぞ。」
呟いた及川に朝倉は平然と告げた。
「大丈夫さ、まだ一年の猶予が有る。さて、及川。始めようか。」