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妬心の芽

女性軍人捕虜を丸投げした司令部はダノンの首都の偵察に入る事になった。ソリッドの分隊は後続部隊とのつなぎの為に待機状態、幾つかの指示を出し終えたソリッドの視界の中に当然女も居た。

薄手の使い込んだフード付マントの下には見た事も無い迷彩色の上下。ブーツはどう見ても戦闘用の分厚いソールだし、確かに一般人では無い。

やけに場馴れした落ち着きを見せる女を彼は呼んで自分の横に座らせた。


「これを返して置く。」

出させた武器の類を返すと女は首を傾げた。

「良いのか?」

「捕虜宣誓をしているからな。」

それだけでも無いのだが余分な荷物など抱えたくない。

だが女はあっさり頷いた。

「確かに。それに、例え私がこれを使って仕掛けたとしても貴方に捻り潰されるのが落ちだ。安心しろ、私もまだ死にたくは無い。」

話の早い事だ。


「では貴官は分隊指揮官と云う事か。」

曹長と云う階級に馴染みは無いが最上級下士官ならばそうなる。

だが女は僅かに首を横に振った。

「どうかな。確かに分隊の指揮も取るが、編成自体がかなり違うようだし。どちらかと云えば部隊の副官としての仕事が多いな。もっとも単独任務も有るし、ケースバイケースで動いていた。」

「・・・何処の生まれだ?」

「ニホン。多分、この世界では無い。」

決して正気を疑った訳では無いし、例えそうだとしても顔に出した筈も無い。なのに女は男の顔を見てニヤリと笑った。

「信じなくても良いが貴方が云っただろう、仲間と逸れたのかと。正にその通りだ。」

吐息交じりの綺麗な真顔を見て、つい聞いてしまった。

「言葉に不自由はない様だな。」

僅かに肩を竦める。

「幸いな事に。ドアを開けて入った瞬間にそうなっている。」

そう云えばバーのドアから出て来た。

「これで三つ目のドアだった。今度こそ自分の国に帰ったかと思ったんだがな。」

綺麗な眼が寂れた田舎町のはずれを見渡した。其処には馴染み深い郷愁が確かに在った。

違う世界の、違う国の人間であっても、故国はすべからく愛おしい物なのだと思ってしまう。


「どんな国か知らんが家族や大事な人が待って居るのだろう。早く帰れると良いな。」

思わず出た言葉に女はその眼をソリッドに向ける。

まじまじと不思議なものを見る様に見つめて、やがて男が狼狽えるほどの優しい笑顔を見せた。

「そう云えば助けて貰った礼も行って無かったな、有り難う。」

「爆音で危険なのは解かるだろうに。しかも何時までももたついて。」

照れ臭いのを誤魔化す様な男の言葉に女は真顔で頷いた。

「外に出るまで真っ白なんだ。しかも一度出るとドアは開かない。さすがに戦闘機が飛んで来るとは思わなかったし、まして貴方が飛び込んで来るとも・・・久しぶりに慌てたなぁ。」

何が可笑しいのか笑いながら、

「あの時、機銃掃射より貴方の方が怖かったよ。まるで重戦車並みの勢いだったからな。」

自慢じゃないが女に好かれるよりは怖がられる方が多いのは確かだ。まして切羽詰まってテンションの揚がった状態では当然だろう。

ちょうど小休止の終了の合図が出た。立ち上がりながらソリッドは女の名を確認した。

「済まないが貴官の名前は判りにくい。何と呼んだら良いんだろう。」

「ああ、そうだな・・・ではハルとでも呼んで貰おうか。私に出来る事はする心算だ、助けて貰った礼はしなくてはならないからな。ソリッド。」




大国ホーランを落せば楽になると思ったのはどうやら間違いのようだった。ダノンは実にしぶとく、戦いをゲリラ戦に持ち込んでソリッド達を翻弄していた。

「厄介な状況になったな。」

その夜ザップ大尉に呼ばれた分隊長達同様にソリッドも頷いた。

「本隊が来るまでに片を付けないともっと厄介な事になります。」

小国とはいえ仮にも一国の首都、その中に敵を残したまま本隊を呼び込む訳には行かないのは確かだった。

「燻りだして叩くしかないですな。本隊は今何処に居ますか?」

ヨーク分隊長の言葉にザップ大尉は不機嫌そうに応えた。

「今朝ホーランを発ったはずだ。」

では順調ならば明後日には到着するだろう。

「各分隊で虱潰しだ、明日0530時から取り掛かる。」

やれやれと思いながらソリッドは向きを変えた。丸二日で駆り出さなくてはならない地域は結構な範囲である。僅か二十人の分隊で何処まで出来る物か、ソリッドには見当もつかなかった。向かい側に敵がいる方がどれほど容易い事だろう。


案の定、ロロを始めとした隊員たちはうんざりした表情を見せた。

「どうしたら良いんですかね、俺達はこんな戦い方は知らないですよ。」

「ひとブロック毎に潰すか。二手に分かれて行けば・・・」

「三人一組で、横一列に北上すれば漏れは無いな。ただし、全部隊で掛からなくてはならないが。」

ソリッドもロロも、そして全員が声の主を見つめた。

女・・・ハルは怜悧な眼でソリッドを見返した。

「一組が少人数でもそれなら左右でカバー出来るだろう。二日も掛けたら敵を逃がすだけだ。今日中に追い込んで片を付けた方が良い。と、思うが。」

「馬鹿な!女は黙ってろ!ましてお前は・・・」

「ニック。」

ニックの喚き声を一言で黙らせてソリッドはじっくり考え込んだ。確かに一理ある。

「大尉、提案が在ります。」

ヘッドセットに掛けた声でザップ大尉はもう一度分隊長を招集した。



実の処、ザップ大尉も他の分隊長もこんなゲリラ戦には慣れて居ず、全く計画など無かったようだ。

ソリッドは作戦会議にハルを同行し彼女の口から説明させた。最初は確かに胡散臭い顔で聞いていたが、ハルは実に細かな時間単位での捜索と援護体制まで整えて大尉に差し出した。

三人一組で当たるにも一人が前衛、二人は後衛としてカバーし合い、余った人数は遊撃隊として動くやり方はソリッドとても全く経験の無い物だった。だが取り掛かると実に効率の良い作戦行動を取れる。横との連携も縦の繋ぎも密で漏れも落しも無い。


「お前の国ではこんな作戦を取る事が多いのか。」

遊撃隊として動きながらソリッドはすぐ後ろについた女に問いかけた。女は当然先鋒には入らずオマケの様にソリッドにくっ付いていたが、今では右手にしっかり拳銃を握っていた。

「地域によっては。」

散発的な攻撃が幾つか。だが、それも組になった先鋒部隊で片が付きソリッド達の遊撃隊は出番が無い。午前の半ばには気が緩んで来たのかニックと他の一人が話しながら歩いていた。


「ソリッド。」

聞いた事に端的に答えるだけだったハルが低く告げた。

「ラインを割る奴が出る。確認を怠るな。反撃が有るとするとそろそろだぞ。」

瞬間、ソリッドはバイザーのセンサーを拡大し、西側のラインの緩みに気付いた。

「大尉、ワイズの分隊が遅れてます。」

返事はまたノイズ。

舌打ちを堪えた時、ロロからの応援要請が入った。

『分隊長、敵の一分隊が反撃してきました。』

「すぐに行く。」

合図を居ながらソリッドは隣り合う分隊の遊撃班に要請を出した。

「ジャック。手を貸してくれ。」

『了解。』

身体は既に走り出している。遅れまいとニックたちが続き、ハルも不思議な事に音ひとつ立てずに着いてくる。


銃撃戦の只中に飛び込んだ時、ロロ達は言い含めた通りに無謀な攻撃はせず敵を押さえていた。

「迂回する。ジャックの隊と左右に展開。」

三方向からの一斉射撃なら向こうに逃げ場は無い。後ろに下がる以外にこの作戦では逃げ場は無いのだ。だが、

「行きます!」

待てと止める間もなくニックが走り出した。

「馬鹿が!」

血気に逸るのは良い。それが若さと云うものだ。

だが、敵は追い詰められている。飛び込んで来た獲物に躊躇はしない。

総ては一瞬の出来事だった。追いかけて走り出したソリッドの前でニックの身体が弾け飛ぶ。

敵弾が弾ける中、転がった先走ったガキを拾い上げてソリッドはビルの入り口から飛び込んだ。

撃たれたショックで震える蒼白な顔。傷は・・・左膝だった。

手早く止血をしながら内心で罵る。

この傷ではおそらく二度と走ることは出来ないだろう。

つまりは兵士どころか満足な仕事にも付けない。傷病兵士に世間が優しい顔を向ける事は無い。

それでも、

「此処で待って居ろ。ケリを着けたら迎えに来る。」

「・・・嫌だ・・・置いて行かないでください・・・」

気持ちは判るが此処で俺まで抜ける訳には行かない。

「大丈夫だ。動くなよ。」

だがニックは完全にパニックに陥っていた。

「ソリッド、ソリッド、俺も連れて行って!」

死ぬような怪我じゃ無い。例え脚を引きずるようになったとしても。なのに何でこんなに泣き叫ぶんだ。

縋りつく手を断ち切る様に向きを変えるとその入り口にソリッドの背後を護る女の背中が在った。ニックの無反動ライフルは細い身体には有って居ないが、構え方は妙に様になっている。

「使えるのか?」

「多分な、それよりだいぶ時間を喰ったぞ。」

「ああ、行くぞ。」

喚くニックの声を振り切るようなソリッドの脚に女は負けて居なかった。



ハルは作戦を立てる頭脳だけでなく、実戦でも呆れるくらい優秀な事を証明して見せた。ソリッドが気付かない敵のスナイパーを一連射で落し、集中攻撃にもびくともしないでランチャーを打ち出して包囲を破る様はまるでベテラン兵士だった。敵の一分隊は瞬く間に片付けられたが、それがニックの替りに彼の銃を使ったハルのお蔭だと誰もが認める働きだった。

負傷により後方に送られるニック以外は。




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