QUEST Ⅰ
間違いなくG倶楽部戦記 二章です。
しばらく横道に逸れますがいつかは戻ります。
お付き合いください。
『・・・リッド・・・右か・回り込め・・・』
「了解。」
相もかわらず酷いノイズの中から拾い出した指示に従って男は自分の部下たちに手を振った。
迂回して散って行く分隊の中に素人が一人いる事は気にはなるが、こんな長い戦争ではまだ良い方だろう。
ショーンの分隊は気の毒な事に三人の新兵を抱えた事で先月壊滅した。
新兵達が古参になる事が出来ないばかりか、ショーン等十七人の本当の古参兵士まで巻き込んだのは大きな損失だ。
奴らが居たなら後ろなど気にしなくて良い物を。
内心の思いを表情にも出さず男は瓦礫の中を突き進んだ。
かつてはこの大陸でもっとも栄えていた大国の首都であった筈のホーランも今は見る影も無い。
二つの大陸間で始められた戦争は既に十年の長きに亘ろうとしている。
遠距離ミサイルや長距離弾道弾で叩くだけ叩かれた挙句に上陸部隊に攻め込まれた東の大陸『ブランカ』は瀕死の状態だった。
勿論、男の故郷の在る西の大陸『ロッソ』も似たようなものだが、とりあえず敵部隊の上陸は許してはいないと聞く。
此処で踏ん張ってホーランを落せば勝てる。
国に帰れる。
その為に内陸深くまで侵入した部隊の片隅を男の分隊は這い進んだ。
『ソリッド、反撃が無いぜ。』
先頭に立つパークの言葉に男は低く応えた。
「気を抜くな。最右翼を崩されると厄介な事になる。」
厄介どころでは無い。
此処まで来て死にたく無いのは誰だって同じだろう。例え国に待つ人が居ない俺だって。
その時再び部隊長からのコールが入った。
『・・・ッド・・・・の・・ろ・・・・だ・・』
くそ、距離が離れるとこのポンコツはクソの役にも立たない。
「大尉、もう一度云って下さい。まったく聞こえない。」
ヘッドセットを押さえて聞き直す為に瓦礫の横に膝を着いた。
だが、耳に入ったのはガーガーと鳴る耳障りなノイズだけだった。ポンコツのヘッドセットに構ってはいられない。近付けば多少は良くなるはずだ。
「シモン、俺が戻るまで指揮を執れ。」
分隊を指揮する男は自分より信頼できるシモンに後を委ねて中央の部隊長の元に走り出した。
野戦アーマーだけでも相当な重量が在るうえ、手にした無反動ライフルから身体中至る所に武器を取り付けた重戦闘装備ながら男の脚は速かった。
長い年月を戦闘の中で過ごしていれば当然の結果だろう。
中央の部隊長の位置はバイザーに点滅している。そこまでの距離は約2.2K。半分も行けば通信可能になる。
だが。
700メートルも行かない間に突然の反撃に見舞われた。
しかもたった今離れたばかりの右翼から。
ヘッドセットから聞こえてくるシモンの緊迫した指示や、バーニーの叫び声。
もう部隊長など気にして居られない。男の身体が反転し激しい銃撃戦の只中に駆け戻った。
「シモン、状況を!!」
『シモンはやられた!ソリッド、来るな!』
パークの怒鳴り声が耳に響く。
馬鹿を云うな。
返事の替りに飛び込んだ瓦礫の陰から敵に発砲する。
何てことだ、右翼後方からの敵は俺達の退路を断ち包囲しかけている。
俺達は罠に嵌まり込んだ。
『こちらソリッド、全部隊に告ぐ。後方から敵襲。繰り返す、後方からの敵襲で退路を断たれた。』
身を寄せている瓦礫を削るほどの猛攻を受けながらも男は現状を報告し、それとは違う生き物の様に手はライフルを撃ち続けた。
流れる火線の中でもマガジンの交換など自分の鼻を掻くより簡単にできる。
踏ん張れば仲間が援護に来てくれる。
それまで待てば、そこまでもてば・・・
兵士になった時から死は常に覚悟していた。
何しろ彼が入隊する以前から二大大陸間の不仲は単に仲が悪いだけと云う間柄ではなくなっていて、一触即発状態だった。
実質的な戦争になれば当然兵士は大量に消費されるだろう。
そんな事は五歳のガキでも知って居た。だから頭が良くて、金が有って、要領の良い奴は大半が文官になるべく高等大学院に進む。どちらの大陸でも同じだっただろう。
彼は頭は良かったが金は無く、取り立てて要領も良くは無かった。
まして家族も無い。
これは使い倒されるだけの兵士の典型だし、何より運動神経や反射、持久力と共に異様なほどの野生の感に恵まれていた。
入隊した瞬間からまるで十年兵士並みの風格と、教育担当下士官でも一歩下がる威圧感を漂わせていた。たかが二十歳のガキでは有ったが190㎝の長身と87㎏の引き締まった体躯、鍛え上げられた劉とした筋力は同じ一年生兵士の中でも群を抜いていた。
『ほう、少なくとも身体だけはまともな奴が入って来たな。』
彼の最初の軍曹は同じ目線で一睨み呉れた後呟いた。
『後はその役立たずな身体の使い方を覚えるだけだ。安心しろ、お前の小指の先ほども無いちっぽけで親不孝な脳味噌では無く、今は意味の無いその身体に叩き込んでやる。』
軍曹の言葉は本当だった。
半年の新兵訓練で基本を叩き込まれ、配属先の小隊で更に専門的な技術を仕込まれ、そこから多少の見込みが在ったのかコンバットソルジャー養成所に送られて、入隊後二年が過ぎた頃には自分の身体と分隊程度の人の使い方は呑み込んでいた。
筈だった。
自分が使える男では無い事など誰よりも知って居る。
危機を乗り越え負け戦をひっくり返す英雄なぞ到底柄じゃ無い事も。
敵の包囲網を破る為に一人の兵士が出来る事は簡単だ。単にその場に留まり味方が来るのを待てば良い。例え死んでもその場を死守するだけで良い。あとは自分より役に立つ使える奴等が片をつけて呉れるだけだ。
ヒーローなんかこんな小汚い戦場には間違っても現れたりしないものだ。
なのに・・・
敵の猛攻を耐え抜き、分隊を壊滅させながらもその場を離れず、援軍が来るまで護り抜いた英雄としてソリッドはもてはやされた。
まったく信じられない事に、誰もがこの辛うじて負けなかった戦の英雄と肩を叩いた。
そして何故そんな不景気な顔をするのかと尋ねた。
パークもシモンも失って、彼の分隊で生き残ったのは彼と新兵のニックだけだと云うのに、どうしたら良い顔が出来るのか俺の方が聞きたい。
とことん落ち込んだソリッドではあったが新たに配属された部下を率いて隣国のダノンへの攻勢へと加わる事となった。
「分隊長は長いんですか。」
死んだシモンの替りに彼の片腕となった伍長、ロロが尋ねたのは三日過ぎた夜。野営の火を囲んでいる時だった。
その場に居たのは新たな部下ばかり。これから一つずつやり直して行かなくてはならない。意思の疎通を図らなくては敵地の中では死に直面するだけだが、その長く面倒な作業を思うと内心で重い溜息を吐いた。
「二十歳で入隊して・・・ああ、もう十二年になるな。俺が入った時はまだ交戦して居なかった。勿論、かなりきな臭くなってはいたが。」
驚いた様な顔が向けられる。
「じゃぁ・・・実戦は十年近いキャリアですね。その徽章はコンバットソルジャー部隊ですよね。」
左胸に付けられた交差した黒いナイフの徽章は相変わらず禍々しく人目を引くようだ。
人間を殺す為のありとあらゆる技術を授ける機関は今では閉鎖されていたし、これを着ける義務のある者も多くは生き残って無い筈だが。
「そこには何時入ったんです?」
「確か、二年目かな。実際の戦闘が始まる前の年だった。」
ざわりとどよめいた。
「それじゃ、最短ですね。凄いな。」
此奴らは解かって無い。
兵士としてどんなに腕が良くても戦争自体が終わって平和になったならこんな人殺しは用済みになる。あの激戦の前には勝てば国に帰れると思っていたが、いっそのことあそこでシモンたちと一緒に死んで終わらせてしまえば良かったのだろうか。
こんな命などさして貴重なものでは無いのに。
それでも自分の下に預けられた此奴等は生かしてやりたい。
「お前はいつの入隊だ?」
ロロから始まって一渡りした頃、火も消えた。
古参兵とは言うが長い戦争の中では一度か二度の大掛かりな戦闘を経験すれば誰でも大概が古参となる。今では壊滅した分隊の生き残りと云うだけであのニックでさえデカい態度で、まるで十年兵士の様に彼を名前で呼んでいた。
「ソリッド、休んでください。明日も一仕事在りそうだ。」
生意気なガキは嫌いでは無い。
つまらない言葉でやる気を削ぐと困るのは自分だし、馬鹿な小僧を仕込んで使えるようにするのも分隊長の仕事だ。
「ああ、そうさせて貰おう。お前も休んでおけよ。」
ホーラン以前はソリッドが声を掛けても掛けなくても、まるで棒の様に強張っていた肩が竦められた。
「兵站部に文句をつけてからですね。奴等に真面な仕事をさせるにはいったいどうしたら良いんだか。」
如何にも困った様な呟きを吐いて向けた背中を見送ってロロがちらりと目線を向けた。
ソリッドの苦笑交じりの表情に同じ顔が返される。
「奴の最初の軍曹はかなり甘かったようですね。」
確かに尤もだ。
長引く戦では教官の質も落ちるのは当然だし、実際の話、彼自身でさえ相当に甘いのは承知していた。




