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三十年後の夜明け Ⅴ

マッドが飛ばされたのは秋、軍事外交官の華と云われる欧州だった。

神藤中佐が存命の頃はジ-ンがそのポジションを受け持っていたが、今はコオハクのコンビで抑えている。

此処で視野の広さと外交力を身に着ける為にマッドの育成が始められた。


キリ-は相変わらずローワンと組んで幾つかの任務をこなして行ったが、単独任務も入る様になっていた。

半年後、欧州にディランが入った。

その下でマッドは嬉しそうに働いているらしい。

が、

そのマッドからの緊急要請でジーンはパリに飛んだ。



「何が有った。」

中南米から帰国したキリーの問いに答えたのはウルフ。

「ディランが落ち込んでる。」

ざっと聞いた事情から迂闊に連絡は取れないと感じたキリーは、コウハクと留守を守る事にした。

なにより女絡みは苦手な分野だ。

「あのディランが本気で惚れたか。」

コウが妙に感慨深く呟くとハクは肩を落とした。

「馬鹿な奴だ、適当に遊んでいれば良いものを。」


本気で惚れれば別れは辛い。

こんな仕事ではどこの誰よりも別れる確率は多いのは判り切っている。

G倶楽部員に特定の女性を持つ者はいなかった。

まして家庭持ちは故神藤中佐以外にはいない。


「まぁ、こればかりは自分の意思で思うようにはならない事だが。」

コウもいつもの皮肉を納め、欧州の地で愛する女性を失った苦しみに耐える仲間を思いため息をついた。




マッドが死んだのはアフリカだった。

ターゲットとハク、シュリを護り抜いて。

覚悟はしていたが、その事実は自分の死よりおそらく重かっただろう。

総ての感情を切り離し、淡々と事後処理をする。

いつか自分の番が来る。

そうと云い聞かせて。無理やり噴き出しそうな思いを捻じ込んで。


エラーと潰れるまで飲んで泣いた日は一生忘れないだろう。



      **********************************************



軍と違って警察機構は妙に緩やかに見える。


戦闘兵士として生きて来たから余計にそう思えるのだろう。

爆音と銃撃戦と焼けた鉄の匂いの無い戦場はひどく場違いな印象を与える。

ひたひたと周囲の輪が狭まって行く中でキリーは自身にも、G倶楽部にも大きな転換期となった頃を思い出し、こんな状況の中に在っても頬を緩めた。



      **********************************************



「ふざけるな! 俺はごめんだ。他の奴にやらせろ!」

日頃どんな厳しい状況にあっても、表情ひとつ変えずに任務にあたる男が心底怒りをあらわに怒鳴っている。

珍しいな、とジーンは緑灰色の眼を向けた。

キリーが表情を崩すのも、声を荒げるのも滅多に無い。

無論、そんなことでジーン以下の決定は覆らないのだが。


「他の誰が居ると云うんだ? 九期生は年齢的に無理だし、カズマはまだガキだし。お前しかいないだろう。」

男の眼が周囲を見渡す。

十二月のこの時期、G倶楽部内に残っているのは可愛げの無い強面親父面連中と思い切り童顔な上に未だ独り立ちしていないカズマ。

そして、女よりも綺麗な顔をしたボニとエラー・・・この二人は別の意味で使えない。


言葉に詰まったキリーにコウがふふんと鼻で嗤った。

「確かお前も云ったな、次こそガキを入れないと厳しいと。」

「・・・・・・・・・云った、が・・・」

「人手不足を解消しないと今後に関わると。」 

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「そこまで云ったにも拘らず、まさか俺たちの決定に従えないとか言わないな。」

「・・・・・・・・・・・だが、」

「だがじゃない。」

コウがざっくりと切り捨てる。

このやり取りの間にキリーの顔はひどく情けないものに変わって行った。


『どうやら次のガキの育成、お前になりそうだぜ。』

情報はエラーから入っていた。

冗談じゃない。

この俺のどこにガキの面倒を見る余裕が有るんだ。

きっぱり毅然と断る気満々で立ち向かった筈が・・・何でだ。


日頃はふざけた事ばかり云ってるコウハクコンビに押し切られ、頼みの綱のローワンはジーンと笑うだけで役には立たない。

挙句にエラーまで裏切った。

「頑張ってこいよ、骨は拾ってやる。」

「ああ、国外じゃないから造作も無いな。」

真面目な顔でとどめを刺したのはドンだった。


嫌々、渋々、うんざりしながらガキのお守に出向いた。

だが、そこで出会ったのは。

故神藤中佐の遺児とマッドの妹、そして・・・



      ***********************************************



モクが接触した公安の男はどうやらエリートらしい。

修羅場にも慣れていないのはすぐに判ったが、ガードが着いて居ながらいったい何をやっているのだか。

的―――龍神繪繪長、篠塚―――は呆気なく捕まった公安の男を歯牙にもかけず、背中を向けた。


モクの気配が変わった瞬間、キリーはコールを出した。

『行け。』


助っ人として来た以上、この場は任せて貰おうか。

さて、サクサク片づけて、依頼されたモクの援護に赴こう。






取引相手を待つ間、龍神繪繪長の篠塚がモクに笑い掛ける。

「俺のシマで警察なぞ何の役にも立たねえ。あんたが引きずり回してくれて助かったぜ。」

上海マフィアとの取引はこの一年ごく細やかに行われていた。

本腰を入れて手を組む前の、お互いに試し期間と云う奴だと篠塚は云う。

その最後の仕上げ時にモクが警察の眼を逸らせた事に篠塚は満足していた。


「これが旨く行ったらあんたを正式に繪に迎えたい。無論、俺の下について貰わねばならんが、それはまぁ対外的と思ってくれ。二人で龍神繪を仕切っていずれは関東連合の頭を狙おう。」

「ああ、それが狙いだったのか。」

とんだ処でのジョブチェンジのお誘いに思わず苦笑が漏れた。

確かにこの取引が成功すれば、密輸された銃器を一手に握る事になり池袋の裏世界は龍神繪が仕切れるだろう。

ただそれを良しとはしない者も多くいるが。

モクがそれを告げると篠塚は低く笑う。

「だから、奥の手を使う。上海だけじゃ他の組と同じだからな。今回はもっと大物が掛かった。」

「俺が聞いて良いのか?」

「勿論だ。あんたは俺の右腕だからな。」

実に嬉しそうな顔が続けた。

「香港の大物マフィアだ。戦前にPDと云う薬を扱っていた連中が出張って来た。」


PD・・・パラダイスドリーム。それは知っている。

キッドとキリーの絡んだ案件だった。

日本陸軍諜報部員と香港マフィアの仕組んだ資金稼ぎの事件は、依頼された行方不明の諜報員の死因だけは確定したが、香港マフィアに至ってはトカゲのしっぽ切り状態で集結したはずだった。

それが此処で出て来るとは。

中国は李家との絡みでG倶楽部は長い付き合いがあるが、表に立つのはキリーとキッドが主である。ましてモクは九龍島以外はほとんど踏み込んでいない。

顔を知られる要素は無い。


慣れ親しんだコール音に返すは要慎重。

その返事を受けた時、場が動いた。


滑り込んできた黒のメルセデス。

無論、それ一台では無い。後背を護る様に複数の車と人の気配が闇に張られる。

此方に対して正面に、堂々と。

ドアが開くと細身のスーツ姿が降り立ち、同時に周囲に十数名の影が現れた。


「龍神繪の篠塚繪長? 私は上海seadragonの陸。初めましてと云うのだろう?」

ゆったりとした動作で、流暢な日本語を操る。

二人の挨拶を聞きながらモクはその顔をしっかりと記憶した。

端正な顔立ちは貴族的だが、細い眉と双眸が酷薄な印象を受ける。

その眼がモクに流れた。

僅かに首を傾げる。

「ほう、良い部下をお持ちのようだ。」

それに応えたのは篠塚だった。

「はっはっはっ、場数を踏んで居ますからな。」


おそらく篠塚の頭の中にはこの先の未来予想図が煌びやかに見えているのだろう。

それを思うと少々気の毒になる。


陸が傍らの側近に合図をだしてから篠塚に向かった。

「私が師と慕う人を紹介しましょう。わざわざ今回は香港から来てくれました。」

「おお、これはこれは。」

メルセデスの後部座席から降りて来たのは、豊満な女性だった。


「初めまして、李家の月龍と申します。」




返す言葉の無いモクであった。






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