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三十年後の夜明け Ⅳ

ローワンについて初めての任務に出たのは南米チリの動乱時、脱出出来なくなった日本人外交官の救出作戦だった。

落ち着いたベテランのローワンでもうんざりするほどの現状把握の出来ない間抜けな人間は外交官などなるべきではない。

自分は軍人では無いから危害は加えられない筈だと言い放ち、ローワンの指示に逆らい続けた挙句、切れたキリ-に当て落され意識の無いままの脱出となった。


『やり過ぎだろう、気持ちは解かるが。責任はとれよ。』

ローワンはにやりと笑っただけで責めはしなかったが、手も貸してくれなかった。

外交官は太っていた。

海軍の救出ヘリとの合流地点まで100キロの巨体を運ぶ苦労に、短気は禁物だと思い知ったキリ-であった。



幾つかの任務をこなして行ったが失敗もあった、キリ-が入るまでG倶楽部のトップだった神藤中佐は任務遂行中に死亡、それが自分たちの初年兵訓練の最中だと知ったのもこの頃だった。

担当伍長、ディランが一日だけ休んだあの日が葬儀だった。

代わってジ-ンが立ったが彼も椅子におとなしく座っては居ない・・・いられない。

立て続けに起きる騒動、不意を衝く動乱。

この頃は分析も解析も司令部任せの為、いつだって不意打ちを食らいながら走り回り、新米のキリ-、エラ-そしてマッドは怒鳴られ、殴られながら育っていった。


「女スパイ・・・ですか・・・」

驚いた様なマッドの声にハリウッドスタ-張りのニヒルな表情で頷いたのは、ジ-ンと同期で華の九期生のコオだった。

欧州の軍事外交に着任している彼がジ-ンに呼ばれて帰国した折にキリ-とマッド、エラ-を前にこれからのG倶楽部の目標を真顔で話し始めたのはある日の午後だった。


「何処にそんな女性兵士が居るんです?」

確かに初年兵仲間に複数人の女性兵士は居たが、体力的にはどう見ても男には敵わないのが現状だった。脚も反射もやはり実戦レベルでは遠く及ばない。

だが、

「今は居ないな、確かに。だがいずれ出て来る。G倶楽部で拾えるほどの実力ならばそこから育てて行けば良いだけの事だ。」

酷く冷静な応えにエラ-の表情が緩んだ。

「女じゃ無理ですよ。格闘訓練でコケルに決まってる。」

エラ-の言葉にコオは意味深長な眼差しを投げた。

「だからお前達は短絡だと云うんだ。空軍には女性パイロットだっているご時世だぞ。やる気と腕と美貌が有るならローワンが格闘を仕込み、ジ-ンが言語と世界情勢を仕込む。仕上げは俺だな。」

待ったの声はマッドから出た。

「やる気と腕は判るけど美貌って何です?」

如何にも呆れた様な眼つきをふと切り替えて妙な真顔となる。

「何処の世界におブスちゃんのスパイがいる。まして俺が仕込むなら絶世の美女でなくてはならんだろう。まあ、顔なんぞ最悪は造り替えれば済むがベースが物を云うのは確かだな。」


「あんたは何を仕込むんだ?」

キリ-の問いに先達は冷ややかな表情を崩しもせずに告げた。

「ベッドマナーだ。いわゆる床あしらいと云う奴だな。」

エラ-の驚いた顔とマッドの開いた口とキリ-の胡散臭そうな表情とを見比べてコオはふふんと笑った。

「空前絶後の美貌と回転の良い頭脳、そしてローワン並みの腕に男を虜にする床上手とくれば何処にだって差し向けられる。どんな情報でも手に入るだろう。」


それが出来ればG倶楽部は天下無敵だと堂々と云い放ってコオは後ろに居たローワンとジ-ンを振り返った。

「なぁ、俺達の次の目標だよな。」

「ああ。その通りだ。」

何処か投げやりなローワンに続いてジ-ンも答えた。

「仮にもG倶楽部だからな。女性兵士が入るなら其処までの覚悟は必要だろう。」

とんでもない処に来てしまったと云う思いは三人だけの時にしか口には出せなかった。




バハマに赴任していたディランからの要請でジ-ンがキリ-を連れて行ったのは四月、軍に入って一年が過ぎていた。


「久しぶりだな、元気か?」

去年の夏、収監されていた営倉で別れて以来の再会だった。

キリ-は秘かに驚いていた。

自分の担当伍長に逢えたのが嬉しいと感じている事に。

今まではそんな事を考えても居なかったし、存在を思い出すことも無かったのに。


ジ-ンと打ち合わせるディランは有能で怜悧、確かジ-ンよりも一期下の筈だが落ち着いた物腰は堂々として十分ジ-ンと張り合える風格があった。

黒い短髪はウェーブがかかり、欧米人並みの体格を誇っているし、澄んだ黒瞳は輝いている。

そのジ-ン並みの端正な顔がキリ-に向けられた。

「何だ、やけに大人しいな。聞いているぞ、三人とも向こうっ気ばかり強くて手を焼いていると。」

笑いを含んだ声に答えたのはジ-ンだった。

「生意気に照れてるんだろう、まだガキだからな。」

憮然としたキリ-に投げられた眼差しは優しいものだった。


ふたりの指示で動くキリ-は今回だけは何の気苦労も、気兼ねも無く心配も無かった。

これほど楽な仕事は無い。

「久しぶりにG倶楽部らしい仕事をした、こんな生活だと身体が鈍りそうでかなわん。」

軍事外交官と云う肩書を持つ彼の住まいはバハマでも有数の一等地にある豪華なマンションだった。

表の軍人として其処を拠点に裏のごく些細な仕事を片付けた二人の帰国を明日に控えてディランは素晴らしいディナーを用意してくれたが、肉も魚も見た事が無い料理が並び、更に驚いたのはその全てがディランの作った物だった。


「こいつは一人で完結してる、だから悲しい事に嫁が来ないんだ。」

ジ-ンの悪態にも笑ってキリ-にワインを勧める。

「安心しろジ-ン、何にも出来ないお前にだって来ないさ、中佐のご家族を見たら結婚など出来ないだろう。大事な人を悲しませるのは俺は嫌だ。」


エラ-やマッドとバタバタしていたあの頃、この二人、いや、G倶楽部はどんな思いを抱えていたのか。

翌日は何の変わりも無くAチームの面倒を見ていたディランのはずだったが・・・


「エラ-はどうしてる? マッドは変わらないか?」

何時もつるんで居るくせにいつも喧嘩になる二人は今は別の任務についていた。

エラ-は南アフリカのポートエリザベスでライラにしごかれ、マッドはスリランカでシュリと組んでいた。

任務地が近いせいか良く連絡を取り合っているそうだが、メールでも電話でも喧嘩腰だと聞いている。

幾つかの逸話も含めて語って聞かせるとディランもジ-ンも腹を抱えて笑い倒す。

キリ-自身も楽しかったが、絶対にあの二人には聴かせられない話だった。

報復のネタはキリ-にも幾らでも有るから・・・



「ディランは何時帰って来るんだ?」

帰りの機内でジ-ンに尋ねたが、珍しく返事が遅い。

「さぁ・・今年の夏には忙しくなりそうだからな。海外組はベテランでなくては務まらん、ましてディランの外交能力は陸軍随一だ。帰国は当面無理だろう。」

「そうか、大変なんだな。それともう一つ、前から聞きたかったんだが、ローワンと俺は何故外を廻らない? 同じ戦闘兵士のマッドやエラ-は出ているのに。」

「出たいのか?」

「・・・いや、そうでは無いが・・・」

黙った男の横顔を見てジ-ンは微かに表情を引き締めた。

「その質問が出たら答えなくてはならない。確かにお前たち三人は戦闘兵士と呼ばれている。だが、ローワンと俺が認めているのはお前だけだ。マッドとエラ-はいずれ他のポジションに替るだろう。その為の布石を今は打っている。」

「本人たちは・・・」

「まだ知らない、今は云う気も無い。」

それはキリ-にも沈黙を命じる言葉だった。


「本来、戦闘兵士の起用は最終的なもの、些か強引な手段でも短期でケリを着ける必要がある場合に投入される。

だから長期任務にはなり得ないし、常に俺の手元に居て貰う必要があるんだ。そしてその基準をクリアしているのはお前だけだ。帰国したらお前にはある外科的な処置が施される。単体での任務遂行が可能と判断され、いざとなれば・・・命を惜しまない決断が出来る者だけが受ける処置だ。説明はその時点で改めてされるが、無論断っても構わん・・・が、今回はお前の担当伍長にも確認に来た。」


遊山のような仕事だと楽しくやっていた自分がうんざりするほど間抜けに見えた。

ほのぼのとしているキリ-をジ-ンとディランはさぞかし呆れて見ていただろう。

「ディランは何と云った?」

「無論OKだ、俺が仕込んでいるのだから当然だろう。」

「俺はローワンの弟子じゃないのか?」

思わずといった風情でジ-ンは笑った。

「残念だがロゥは弟子は取らない、お前はG倶楽部の虎の仔だ。」

如何にも嫌そうにキリ-が呟く。

「お宝扱いは照れるな。」

「馬鹿が、俺の弟子だから虎のクソガキの意だ。」




チップのコール音を使いこなせるようになった頃、南アフリカで騒乱が起こった。

それは瞬く間にアフリカ全土に広がりライラとエラ-が巻き込まれ、そして応援部隊として投入されたローワン、モク、マッドも戦乱の中でばらけてしまった。

まる一週間、音信不通状態になった時キリ-は自分の投入を進言したがジ-ンは頑として受け付けなかった。

替りに入ったのがハクとドン。

ローワン、モクとは合流したが他の三人とははぐれたまま更に五日が過ぎ、出会えた時には悲惨な状態だった。

ライラは死亡、エラ-は脚を打ち抜かれ動けず、ただ一人マッドがエラ-とライラの遺体を守り抜いていた。



「ライラを護れなかった。」

帰国したマッドの第一声にジ-ンはその頬を張った。

「生意気を言うな、お前とエラ-を生かす為にライラは命を張ったんだ。悔しかったら強くなれ。」

悔し泣きに泣くマッドにウルフが肩を叩く。

「身体が在るだけ良い、俺達は吹き飛ぶ覚悟もしている。良く連れて帰ってくれたな。」


エラ-は傷が癒えるとリハビリに励んだが後遺症が残ってしまった。

損傷した筋は今の医学では元には戻らず、総てを分投げてふて腐れた男をマッドとキリ-は見舞ったがどうにもならなかった。


「ジ-ン、G倶楽部には情報担当は無いのか?」

キリ-が尋ねたのをきっかけにジ-ンが動き出した。

各国に飛んだG倶楽部員からの情報は作戦司令部に送られるが、G倶楽部で受けても何の支障も無い。

むしろジ-ンの手元に来るまでのあまりの遅さに苛立ちが増すばかりの状態だったのだ。

「お前のおかげで忙しくなった、責任もって担当者を説得して来いよ。」

「承知。」



当然だが最初はエラ-は聴く耳を持たなかった。

「俺はそんな半端仕事をしたい訳じゃ無い、お情けで置いてもらう気も無い。」

ふて腐れたエラ-の言葉が吐き出された瞬間、キリ-の手が伸びエラ-の胸ぐらを掴みあげた。

「良く聞け、情報管理は仲間の生命を繋ぐ糸だ。今回もそれの不備で大きな犠牲を出した、こんなのはもう御免だ。俺の命を任せられる奴はお前しか居ないだろう。」

「そんな、やった事も無いのに簡単に云うなよ。」

「勉強しろ、お前は頭が良いんだ。殴り合いは俺が受け持つ、馬鹿だからな。」

強要に等しい推薦にやむなくエラ-が頷いた瞬間、情報管理担当者エラ-が出来上がった。



まだ生々しい傷と困らない程度の英語と同期の二人からのふざけた餞別を持ってエラ-がMITに向かったのは八月の終わりだった。

エラーの乗った機を見送ってマッドが呟く。

「良いよなぁ、ブロンドに青い眼のグラマーヤンキーガールが山ほど居るんだぜ、羨ましい限りだ。」

その言葉をキリ-は鼻で笑った。

「ブロンドで青い眼のヤンキー野郎も多いぜ。エラ-のケツが心配だ、東洋人はジャストサイズらしいからな。」

「なるほど、元相方としては気を揉む処だなぁ。」


一年の短期留学で四年分の知識と技術を詰め込む任務はキリ-には出来そうも無い。

マッドも同様だろう。

「俺達が怪我をしても就くポジションは無さそうだ、踏ん張るしかないな。」



突き抜けるほど蒼い空に飛行機雲がひとすじ浮かんでいた。






すいません。

書き始めたらいろいろ出てきて。

まだ続きます。

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