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三十年後の夜明け Ⅱ

どうやらモクは本腰を入れ始めたようだ。

情報では潜入して既に三週間。

G倶楽部員としては丁寧な仕事をしているが、それが普通なのだ。

俺やキッドは戦闘兵士としてかなり強引に押切り、最短で片付けるのが習いになっている。

それをそっくりそのまま受け継いだちびからすればもどかしいだろうが。


街角でモクが公安部の男と接触した。

すぐに立ち去ったモクを追いながらキリーの眼は男を掠める。

今ではもう警察機構に対して何も感じなくなっているが、当時はまだその真っ只中に居た。




          ***********************************************

「河野、お前知っていたのか? 班長が伏兵伍長だって。」

久野とはあれ以来何となくつるんでいたが、最初に思った通りかなり短気で気が強かった。

迂闊な事を言えば河野でも食って掛かる、そんな男は嫌いでは無かったし彼には大した問題では無かったから気にもしなかったが。


「良く人を見てるし、揉め事には必ず出張って来るからな。」

どこか投げやりな返事に久野は眼を向けた。

「お前は変わってるな、軍人になりたくて此処に来たんじゃないのか?」

久野のストレートさを笑う気は無いが付き合う気も無い。

「なりたいさ、お前と同じだ。」


初年兵訓練は走って走って走る。

伊達軍曹は怒鳴って追い立て、市橋一等軍曹は睨みを利かせて追い立てる。

こんな中でもまた事件が起こった。

Aチームにはもう一人喧嘩っ早い奴がいた。

高橋悠司は河野と同じ21歳で正義感の強い親分肌の男だった。

皮肉屋の癖に短気な久野聡とは折り合いが悪いが、どう云う訳か河野には一歩退く態度を取って居る為今までは問題なく過ごしていたのだが、それは連隊の佐官の葬儀で訓練が休みとなった夜、河野が裏庭で煙草を吸っている時に起こった。


空気の変化と微かなざわめき、そして・・・

「河野! 久野が!」

同じAチームの仲間の声に駆けつけると床に抑えつけられた久野と馬乗りになった高橋の姿があった。

「どうした?」

冷静な声に高橋が眼を上げる。

「こいつを何とかしてくれ、いきなり山崎に殴りかかったんだ。」

見れば確かに山崎は口の端から血を流している。

「確かに久野は短気だが意味も無く殴りはしない、山崎、何を言った?」

男は黙ったまま横を向く。

それを見て高橋が立ち上がった。


「おい、山崎。お前・・・」

「俺を娼婦だと云った。」

怒りに眼の縁を赤く染めて久野が呟く。

「河野にケツを貸して守って貰っていると・・・」

思わず吹き出した河野に高橋が呆れたように呟いた。

「笑うとこじゃ無いだろ、いくら久野でも気の毒だ。」

「済まない、だが俺は男のケツより女のケツの方が良い。」


高橋はもう河野の言葉には構わず山崎に向き直った。

「言いたい事が有るならはっきり言えば良い、お前がそう思うのはお前の勝手だ。だが、言い出しておいての被害者面は無いだろう、今日は班長が休んでいるが知れたら黙っては居ないぞ。とにかく久野に謝れ。」

「もう・・いい・・・」

それは久野の低い声、

「いつも、何処でもこうだった・・見てくれだけで判断されて・・・俺は男なのに・・・」


部屋中が静まり返るなか久野の声だけが流れた。

「ガキの頃からずっとだ、だから強くなりたかった。軍人になればと思ったのに・・なのに・・・」

「なれば良い、G倶楽部から誘われるまで強くなれば良いじゃないか。陸軍最強、最精鋭になって見せろよ。」

高橋の言葉に河野がピクリと反応したが彼は続けた。

「俺はその積りで此処に来た、絶対に入って見せる。」

河野を見据えた、それは高らかな宣言だった。


以来、高橋と久野は以前よりは打ち解けたようだが、瞬間湯沸かし器と呼ばれる久野はチーム内では多少孤立し始めた。

班長の元木は細かく気を配っていたが、何より久野自身が人と交わろうとしない。

初年兵訓練も後二週間を残すだけとなった頃、今度は他のチームまで巻き込む騒動が起こった。

その日の殲滅戦はかなり過酷な状況でAチームは僅か4人、河野、高橋、久野と元木しか生き残って居ず、敵のDチームの7人をどう落とすか三人は素早く話し合った。


「河野、お前の脚で後ろを取れるか?」

「ああ、取らなければ終わりだ。」

「では久野と俺は右から廻る、班長は河野を援護してくれ。」

「いや、俺では河野の脚を引っ張るだけだ。」

「じゃあ・・中央に、派手に動いてくれ。」

Aチームで生き残ったのは河野と久野の二人だけだったが、Dチームを壊滅させての大逆転勝利を全員が喜んだ次の夜、Aチームの一人が駆け込んできた。

「大変だ! 久野がDチームに殴り込んだ!」


その場にいた全員が駆けつけるとその居室は凄まじい有り様となっていた。

久野は抑え込まれていたが、顔や腹を抑えて転がる何人かはおそらく久野の餌食となったのだろう。

「やめろ! いったい何が有った!」

高橋の怒声にDチームの一人が怒鳴り返す。

「こいつがいきなり飛び込んで来たんだ!見ろ! この様を!!」

河野が久野を引き起こし、高橋と元木が仲裁に入る。

「久野に何を言った?」

だが、返されたのは・・・

「久野じゃない、俺達が言ったのはそいつだ。」

その視線は河野に向けられていた。

Dチームの男達の嫌悪すら含んだ眼差しが河野卓を突き刺したが、本人は落ち着いた表情を崩そうともせずに立っていた。

「河野?・・・河野が何だと云う?」

「知らないのか、そいつはヤクザで人殺しだ。」

そのあまりに大きい告発に室内は静まり返った。


「馬鹿を云うな、犯罪者は軍には入れないぞ。」

落ち着いた高橋の言葉に返されたのは、

「お前らだって知っているだろう、池袋のコールガール事件を。日本のヤクザ対華僑の抗争でヤクザの中心に居たのがそいつ、河野卓だ。しかもつい最近仲間を殺したんだ。俺は此処に入るまでブクロでバイトをしていたから・・・」

「嘘を云うな!! 河野はそんな奴じゃ無い!!」

怒鳴って掴みかかろうとする久野を河野の強い手が引き止める。

「河野!離せ!!」

「いい、久野・・本当の事だ。」


動きを止めた久野の眼は河野を凝視している。無論それは久野だけでは無かった。

「済まないな、俺の為に怒ってくれたのに。」

河野は久野が見る限り優しい眼で笑う。

「だが真実だ。ヤクザは脚を洗えば済むが、女を殺されての報復とは言え人を手に掛けたのは言い訳の仕様も無い。・・・班長、どうやら俺は此処までの様だ、迷惑をかけて済まなかった。」

踵を返した河野の背中に元木が声をかけた。

「実は聞いていた。各班長は全員G倶楽部のトップから直々に呼ばれて。」

思わず振り返った河野に担当伍長は頷いた。

「いつかはばれるだろうと、その時の態度で決まると、嘘をついたり言い訳をしたりG倶楽部の名を出したら切り捨てる、だがそうで無いなら、そしてお前を庇う仲間が居るならG倶楽部員として合格だと。俺はお前を押すぞ。」


ざわめきの中に声が響いた。

「例えそれが真実でも今までのお前も本物だろう。俺もお前を支持するぞ。」

久野に続いて高橋も冷静に告げる。

「俺もだ、河野は軍人向きだ。俺の後ろを任せられる。」

「馬鹿な、こいつは犯罪を犯したんだぞ。誰がそんな奴を最精鋭のG倶楽部に入れると云うんだ。」

「俺だ。」


応えて入って来たのはジ-ン、そして角ばった顔の男と呆れるほどの巨漢の三人だった。

黒の作業着が不気味に似合う男達はその眼をDチームの班長に向ける。


「こいつを入れる時に全員集めて俺は言った筈だな、何が有っても押さえろと。此処までの騒ぎにした責任は取って貰うが・・・河野卓、お前は何か言いたい事は在るか。」

河野は僅かな時間をかけて眼を上げた。

「俺は自分のしたことを後悔はしていない、それでも・・もう少し考えたならもっと良い方法もあったと思う。

俺の短慮だろう・・・次は、もし次が有るなら少しは良くはしたいが・・」

「いいだろう、合格だ。」

ジ-ンは笑顔を見せた。

「俺達のG倶楽部に来るが良い、お前を一人前の兵隊に育ててみせる。」

         

           ***********************************************




悠々と池袋の街をゆく先達の背中を、キリーは追って行った。





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