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潜入捜査

「私も行く。」

「今回は俺だけだ。」

「一人なんて危ないじゃないか。」

「捜査員が常に付いてるし無理をする気は無い。」

「歳を考えてくれ。」

おいおい・・・

「俺の歳なんか俺が一番よく知って居る。とにかくG倶楽部からは誰一人も出す気は無い。これは池袋コールガール事件の続編だからな。もし出るとしたらあの時あの場に居たキリ-ぐらいなものだろう。」


何時に無く毅然と断られた暁が膨れた顔でなにやら呟いていたが、モクは聞く耳持たなかった。

あの時の生き残りはもう二人しか居ない。

だから一人でケリを着けようと思っていた。

あの時はモクとしてもジ-ン達にしても大した任務では無かった筈だ。

事自体は確かに大きかったかもしれないが、常に命の掛かる現場で動いているG倶楽部からすれば児戯にも等しい騒動でしかない。

僅か数時間で片付く些細な事件。

だが其処に住む人間にしてみれば未だに尾を引いていたのだ。

早瀬の表情にそれを見たモクとしては見過ごすことは出来なかった。





「あんた、兵隊崩れだって?」

池袋を牛耳るやくざ者の下っ端が薄暗い飲み屋で声を掛けたのは片目の男。

長身痩躯に隙は無い。

髭面の男は眼も呉れないまま、

「何だ。」

低い声に僅かに怯みながらも一歩踏み込んだ。

「俺はブクロを仕切る龍神繪の毅一ってんだ。

あんた最近流れて来たんだろ、なぁ、繪の方に挨拶しちゃくんないか。」

じろっと一つしかない眼が向けられた。

「お、怒んないでくれよ。こっちも仕事でさ。兄貴たちが煩くて仕方がねえんだ。

ほら、あんた目立つからな。」

「シマを荒らす気など無い。」

ブツッと話を打ち切ったが毅一は食い下がった。

「なぁ頼むよ、あんたも此処でやってくんなら龍神繪を敵にしない方が良いだろ。

ちょっとだけ顔出してやってくんないか。」




「ほう、元軍人か。確かに良い面してるな。」

池袋駅の程近くに立つ、何の変哲もない五階建てのビルの最上階で向かい合ったのは、背が低い代わりに横幅の在る四十絡みの男だった。

「それで・・・近藤さんと云ったか、今何をしてるんだ。」

「何も。」

素っ気ない応えに龍神繪、繪長篠塚は苦笑した。

「退役兵ならば恩給が有る筈だろう、どうやらその眼も一年戦争で失くしたと見たが。」

「ああ、酷い目にあった。恩給は・・・いろいろ在って、まぁな。」

そう云った途端、篠塚は表情を変えた。

「近藤さん、あんた素人じゃないな。軍に居た頃に何をやったんだ?」

ふっと背けた目線を逃さずさらに追及する。

「片目と引き換えなら相当貰える筈だ、それがふいになるほどの事を仕出かしたと云う事だろう。

何をやった。横流しか、売か。」

「それを聞いてどうしようと云うんだ。俺のしっぽなど役には立たんぞ。」

にやりと歪んだ笑いが浮かんだ。

「役に立つか立たないか、それは俺が決める。

なぁ、暫くうちに居れば良い。手を貸してくれたら少なくとも今までよりは良い目が見れるぜ。」



話によれば篠塚も一年戦争時、軍に居たと云う。

国外に出たことは無いと云ったが入隊理由が、

「愛国心に駆られたからな。」

真面目に吹きだした。

笑うこたぁ無いだろ、と呟く男に近藤はうっすらと笑う。

「それこそ何をしに入隊したんだ。銃火器の取り扱いはかなり厳しいし、ヤクでも売りに行ったのか?」

「蛇の道は蛇ってな。あんたも同様じゃないのか、やけに詳しいぜ。」


おそらく十歳ほど下、キッドと同じ年頃だろう篠塚は近藤ことモクにやけに近づいて来る。

龍神繪のビルの一室に引き入れ、雑用係として毅一を付けられこの一週間、内心はどうあれ表向きは歓待している。

今日も自分の繪長室に呼び出し、口当たりの良いウイスキーを振る舞われていた。

「実はな、良い物が手に入ったんだ。」

出されたのは綺麗な茶色の小箱、縁には水色のラインと同色の飾り文字。

開けると貴重な宝石のように包装されたチーズが並んでいる。


「上海から昨日届いた。向こうのセレブでもなかなか手に入らないらしい逸品だそうだ。」

表情ひとつ変えずにモクは手を伸ばし、遠慮なくサントスが作ったダンテ印の大好きなチーズを口に入れる。

「・・・・・美味いな。」

やはり、とつけるのは止めておこう。

「だろう?」

自分の手柄のように自慢げな男にモクは微笑んだ。

「上海でこんなに美味いものが出来るのか?」

「まさか。これは・・・・何処で作ってるのかな。ああ・・・アメリカ?」

箱をひっくり返して生産地を見ながらぶつぶつ言っている篠塚を見てモクは考えていた。


このチーズは出荷先が限定されている。

EUのディランの手元と、九龍島は李家のみだ。

上海には出していない。

篠塚と繋がりが有るのは上海となる。

そして上海と香港かマカオが繋がるか。

よもや九龍島ではあるまいが。


「おかしいな、アメリカだってそう美味い物は無いんだが・・・」

何気に失礼なことをまだ呟いている篠塚にモクは一枚の札を切った。

「北米はまだいい、南米は二度と行きたくないがな。」

篠塚の眼が光る。

「ああ、あんたは南米戦線、ブエノスアイレスか。」

あそこの噂は聞いて居ると云って探りを入れて来た。

「あんたの歳なら尉官クラスか、まさかペーペーじゃ無いだろう。」

「ペーペーさ。素行が悪くて酷い戦場に放り込まれたんだ。お蔭でこの様だ。軍には恨みしかない。」

「そりゃぁ気の毒に。俺らみたいに国内で旨くやれれば良かったのにな。」

「まったく羨ましい限りだぜ。こうして美味い酒と美味いチーズを喰えて、しかも仕事も順調だ。」

にんまりと笑った顔が下卑て見える。

「なら、手伝う気は無いか。」

「片目で役に立つ仕事が有るのか?」

いよいよ崩れる顔を見て、これほど笑顔の似合わない奴もそうは居ないとモクはうんざりしていた。




『ターゲットが動きます。』

「見逃すな。」

『了解。』

公安部の早瀬は池袋の商業地区の一角に私服で張り込んでいた。

G倶楽部のモクが潜入してからすでに三週間だが、この十日ほどモクは実に熱心に働いていた。

もちろん潜入先の仕事である。

本職顔負けの見事な手際に最近は頭痛さえ感じている。

プロフィールから見ると元々が由緒正しい任侠の実家を持っている。

まさかこれを機に生家を引き継ぐ気じゃ無いだろうが・・・


場馴れた捜査員たちが物の見事に軒並み躱され、良い様に鼻面を引き回される事態に至っては早瀬どころか公安部も真っ青になっていた。

G倶楽部員ひとり対公安部の対戦はどう見ても惨敗だった。

負けが込んでいるというレベルではない。

一度も勝てないのだから言い訳の仕様も無い。

上層部から叱責された事実を思い出して、むっつりとビル陰に立った早瀬の肩が軽く叩かれる。

振り返ると、さっきまで全員で追って居た筈のターゲットが呆れたような顔で立っていた。


「何をやってるんだ。」

モクの低い声にため息が出る。

「あ、貴方を追っていたんですよ。」

苦笑と共に小さく畳んだメモが渡される。

「あとは頼むぞ。」

すっと身を引いたと思ったらもう人ごみに紛れて消えていた。

呆気に取られた早瀬はまた溜息をついた。



『次回、七/二 2230 東高架下 上海+篠塚』

メモに書かれた文字を睨み倒す勢いで早瀬が配下に告げた。

「森田中佐が寄越した情報ならば本腰を入れるにふさわしい事案の筈だ。総員抜かりの無い様に手配しろ。」

手配が漏れていた訳では無い。

相手が際立っていた訳でもない。

単に迂闊だっただけだ。

その日は万全の配備を敷いたはずだった。





夜の池袋は会社員たちのざわめきに溢れている。

週末の夜は特に華やかに賑やかに街全体が盛り上がり、その賑やかしさに隠れた暗い影も蠢きだす。

街頭の灯りが瞬いている。

その暗がりを縫うように幾つかの影が集まりだしていた。


大掛かりな取引の場を一網打尽にするべく早瀬等はじりじりと包囲網を詰めていた。

焦ってはいけない。

此処まで追いこむのにどれほどの時間と手をかけて来た事か。

警察組織の面子も投げ捨て軍部に依頼してまで成った作戦だった。

あと数分で片が付く。

影に身を潜めた早瀬の前で背の低い横幅の在る男が黒塗りの車から降りたった。

龍神繪繪長、篠塚。

思わず身を乗り出す。と、その小さな眼が動き早瀬を真っ向から睨みつけた。

拙いと思う間もなく闇が動く。

気付けば身を潜めていたはずの壁面に押し付けられていた。



モクの眼にさえ身じろいだ早瀬が映った。

馬鹿が、と罵る間もない。

篠塚のガードが思わぬほど素早く動き、早瀬の後方に控えていたガード二人を制圧する。

それと同時に早瀬の躰が壁に縫い止められていた。

(さてこれで公安は身動きが出来なくなったぞ。)

血統書付の早瀬を投げ捨てる訳にはいかないのは確かだ。

下っ端の仕事を熟しながら掴んだ情報では有ったが、取引現場を抑えるより早瀬を救わなくてはならない。

動こうとした矢先、コールが耳を打った。

『行け。』

その意味は明確。

モクは躊躇う事無く篠塚の背中を追って動き出した。





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