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公認お泊り

忘れていたがもう一人いた。

ナイト処じゃ無い、ある意味キリ-よりも身近で面倒を見て来たお世話係のアリスは、一切の表情を消してモクに一睨み呉れたが、不思議な事にそれ以上の言動が無いまま。

その訳は報告を済ませて自室に戻った時暁から明かされた。


「・・・なんだって?」

耳を疑ったモクに暁は平然と答えた。

「だから、どうせ顔に書いて在るらしいから先手必勝で攻めたんだ。アリスにはガッツリ釘を刺したけど、ナイトに何を云われた?」

溜息が出る。

「ナイトはお前は俺に任せると云ってくれたが・・・アリスの口まで封じるのは気の毒だろう。奴の立場から言えば殴らなければ腹の虫が収まらんだろうし、俺はその覚悟ぐらいしていた。」

「何で殴られなきゃならない。これ以上ない合意の上だぞ。」

やはり此奴は紛れも無いキッドの娘だと込み上げて来る笑いの発作を隠して手を伸ばした。

「解からなくて良いさ、馬鹿な男の性だ。それより・・・怪我をしなくて良かった。」


引き寄せた温かな身体を抱きしめると暁が顔を上げて微笑む。

その表情はやはり艶めいて咲き初めのあでやかさを誇っていた。

甘く柔らかな唇を堪能しながらモクは完全に負けを認めていた。

手放す事など出来そうも無いし、そんな事を考える事も怖くて出来ない。

ましてや他の男になぞ、まかり間違っても譲る事は出来ない。


「暁、近い内にフェニックス基地に行こう。」

「・・・・・ん・・・」

これ以上は俺が厳しいと唇を離すと、腹が立つほど満足そうな可愛い顔で暁が笑う。

「なぁモク、あいつに人生で二番目に大事な言葉をあげただろ。」

何が云いたいのか、やけに嬉しそうな表情で男の顔を仰ぎ見ると小首を傾げて尋ねる。

「一番目の言葉は何だ?」

「・・・・・・秘密だ。」


真顔で見つめて出された返事は真面目なものだった。

絶対言えない。

絶対教えない。

例え月が転がり落ちて来てもこれだけは俺の物だ。

それを自分が貰えると思っていた暁は思惑が外れてプッと膨れた。

その顔にモクは内心で吹き出した。

お前が呉れたんだぞ、あの時に。

胸が潰れるほど苦しい夢に泣く男の、一つしかない眼の中に映った四歳のあきらが開かない片目をそっと撫でた。

『こっちの眼になってやる、だから泣くな・・・』


その言葉通りに此処までやって来て半分死にかけていた俺を叩き起こした癖に何だその顔は。

「ケチ。」

ああ、ケチで結構。

「さっさと寝ろ、明日は朝から動くぞ。」

「一緒に寝ちゃ駄目か?」

ピシッ!

デコピンを呉れて部屋から追い出すとソファに崩れ込んだ。

「参った・・・・本気で降参だ。」

どれほど辛い過去も引き裂かれる胸もたった一つの手が救い上げてくれることが有る。

小さな紅葉の様な手であっても救う力に何の変わりも無いのだから・・・

それをあの青年が受け取って呉れる事を祈ってモクは眼を閉じた。




制服姿の暁は何をするのか全く知らないままただモクにくっついて歩いていたが、さすがに途中で気がついた。

川上龍之介が留置されている世田谷警察署ではなく、その上の警視庁に襲撃を掛けてモクがねじ込んだのは川上龍之介の後見であった。

人質とされ最悪の事態-的も犯人(ほし)も人質も死亡-という状況を避け得た最大の功労者に、様々な裏の確約がなされる事となったのは、概ねはモクのかなり強引で半分脅しでは有ったが、公にはされていないとは言え日本陸軍最精鋭、天下のG倶楽部が乗り出した以上たとえ警察であってもその提案を考慮もせずに蹴ることは出来なかったのだろう。

おそらくキリ-ならば珀龍並みだと笑う程度だろうが、つまりはモクのゴリ押しは、九龍島は李家の由緒正しい手段に過ぎなかった。




「川上龍之介、司法取引と云う言葉を知って居るか。」

男の前に立った警察官・・・警視正の徽章をつけた若い警察官が冷ややかに男を見下ろしたのはその午後だった。

正式な取り調べにも至らない、事件を起こした翌日の午後に聞く言葉では無い。

言葉の意味は分かるが真意が判らない川上龍之介が見返すと警視正が憮然と呟いた。


「君が犯行に及んだ総ての事情を考慮したうえで、君の身柄を引き取りたいと申し出てくれた人物がいる。条件は唯一つ。この先十年と云う君の時間を差し出す事だ。」

本当はそんな目には合わせたくは無いと続けた警視正の眼の中には、事件を起こした犯人に対してだけでは無い感情が確かに会った。


「十年・・・ですか。」

「無論断る事も可能だ。そうなれば裁判を受け罪を知り、刑罰を受けて社会に復帰できる。私としてはそれを勧めたい、少なくとも生命は確保されるからな。」

「・・・社会に復帰? 俺は人を殺したんですよ、この手で引き金を引いて撃ち殺したんです。殺す意思を持って。それ以外にもたくさんの人に恐ろしい思いをさせて・・・なのに・・復帰させるんですか?」

心底不思議そうに尋ねた青年に警視正は溜息を吐いた。

「では司法取引を受けるが良い。君は四月一日から日本陸軍立川連隊で初年兵訓練を受ける事となる。」




その頃暁は立川連隊の教習施設でナイトから運転技術を叩き込まれていた。

「まったくエラ-ときたら、こんな交通ルールも知らない奴によくも免許を偽造ったものだな。」

指示を出しながらも盛大に罵り倒す事は止めなかった。

「ましてキリ-やキッドが着いて居なが・・・そこでブレーキだ!こっちは赤だろうっ。ガコッと止るな!」


G倶楽部は総体的に好い男ばかりだ・・・たしかイヴもDr佐和もそう云っていた。

確かに最精鋭は伊達では無い。

軒並み長身だし鍛えこまれた体格を誇り、厳しい任務の中で研ぎ澄まされた五感が顔立ちにも表れるせいか、良く云えば精悍で隙の無い、悪く云うと眼つきの悪い一筋縄ではいかない男達の集団である。

黒の作業着が数人立っているだけで、同じ連隊内でも周囲から人影が消えてしまうほど威圧感に溢れている。

特区絡みの通常作業着でいると暁でさえその圧倒的な力を判る様になっていた。

こんなに喚く姿など誰も想像しないだろうな。と暁は小煩く注意する男を横目で眺めた。


「車線を変える時は早めにウィンカーを出せ。バイクやチャリは大きく避けろ。スピードは出すなっ、人がいたら青でも徐行だっ。頼むから後ろも見ろ!」

モクより煩い。


一時間の講習が終わった時、疲れ切っていたのは当然ナイトだった。

外のベンチで如何にも涼しい顔で見学して居たモクに向かっての第一声は、

「あんたの勇気は良く解かった。こんな運転に身体を預けてよく平気な顔をしてられたな。」

平気な訳があるか。

エラ-のヘリと暁の車はモクに取って天災としか言いようも無いが、強制的に慣らされる状況は運が良いのか悪いのか。

驚くべき事実はどちらも無事に生還した事だろう。



「自分で教えてやると云ったくせに何であんなに怒るんだ?」

ナイトを見送って呟いた脳天気な恋人の言葉に僅かに笑って、モクはまだ知らない情報を開示した。

「川上龍之介が司法取引を受けたぞ。」

暁の顔がぱっと輝いた。

「そうか。じゃあ・・・担当伍長のリオウに云って置こう。

G倶楽部は厳しいけど特区までは引っ張りたいからな。」


ご機嫌な暁が更に喜んだのは数日後だった。

連隊長から呼び出しを受けたロブが戻るなりモクと暁を執務室に呼んだ。

「ヒルトンホテルの本物の支配人からの招待状が届いたぞ。」

仰々しい封書を開くと確かに招待状だった。

最悪の出来事に至る処を立川連隊の士官に救われたお礼として、内装を新たにリニューアルした杮落しの意味も含めて、ペントハウスに一泊二日の遊園地付きで招きたい旨をしたためて有る。


「カキ・・・?」

「こけらおとし、と読むんだ。初物の封切りだな。」

「ほっほー、それはめでたいな。」

意味が判って云ってるのかとモクは胡乱気な表情で暁を見返したが。

「遊園地ってディズニーランドだな、この間ヘリから見たお城や庭園は綺麗だった。」

「北米には有るだろう、本家本元が・・・」

云いかけたロブの言葉が止った。


例えフロリダに有ったとしても暁が其処へ行く事は有り得ない。

子供の頃からG倶楽部の戦闘兵士として働いて来た暁にそんな暇は無かったし、遊行に使う金も無かった筈。

日本の子供や、大人でさえも年に一度は行くと云われている最大の夢の国を暁は知らない。

「モクは行った事が有るのか?」

問われて応えた声は確かに重かった。

「・・・ああ、戦前・・・それもガキの頃だがな。」

「大昔だなぁ。」

屈託のない声が却って哀しい。

黙り込んだモクと不審そうに覗き込んだ暁にロブが、今回ばかりははっきりと命令を下した。

「此処まで感謝されては無下には断れない。モク、済まないがフレアを連れて行って来てくれ。一泊二日ぐらい何とでもなるし、万が一には遠慮なく呼び出しを掛けるから。」

モクと暁には極秘の指令がG倶楽部全員に下った。

当日は例え何が有っても二人を呼び出す事は絶対禁止、破ったら最大の罰則が与えられる事となる。




内装を一新したペントハウスは暁には驚きの連続だった。

先日訪れた折は何とも云い難い状況で在った為室内など見る暇は無かったし、ましてや窓の外に煌めく景色にも目は行かなかった。

「モク、凄いぞ!」

四月末の晴れた空の下、ディズニーランドが一望できるベランダから暁は身を乗り出して男を呼んだ。

「落ちるなよ。」

支配人と話していたモクが声を掛けたが多分耳には入らないだろう。

「皆さんで御越し頂けると思っていたんですが。」

この組み合わせに持った不審を綺麗に隠して穏やかに問う年配の支配人にモクも苦笑を隠した。

「いや、私達は一度ならず来ていますがあれは、」

と目線で暁を指して、

「最近日本に来たんです。ディズニーランドも初めてなので特に上が許したんですよ。」

本来なら有難くも丁寧に断わる処である。それを匂わせて、

「楽しませて戴きます。眼が離せないでしょうが。」

自分はお目付け役の上官だと印象付けて切り上げた。


ペントハウスは二つの寝室と広々した居間、ダイニングルームからなっていた。

ベランダも広く白いデッキチェアと華奢なテーブルが置かれている。

そこに据わって煙草をふかすモクを尻目に暁は部屋からベランダからをひと廻りしてやっと帰って来た。


「こんなすごい処が有るんだな、いったい誰が泊まるんだ。外国人観光客か。」

「大概が日本人で、しかも都内に住む金持ちの男が女連れで来るらしい。」

ついこの間を思い出したのか暁が首を傾げた。

「あの根岸と云う男も恋人を連れて来てたのか。龍之介の姉さんが死んだばかりだと云うのに。」

「・・・・恋人じゃ無かろう、遊び相手だな。」

実際には遊びと云うほどの重さも無い。

男にすれば唯の遊びに過ぎないが、金銭的には決して豊かとは云えないフェニックス基地では両親も周囲もそんな遊びにうつつを抜かす輩は居ないし、ある意味真っ当な愛情を注がれて育った暁には理解できないだろう。

「あの女の人も可哀想だな。」

多分女も承知の上だし、たとえできても結婚などする気も無いだろうが。

「良かったと思え。碌でも無い男と早く手が切れたんだ。」

そう云う事も有るのかと呟く暁を促してモクは部屋を後にした。


ホテルの用意してくれたパスポート券は特別なものだった。

長い行列に並ばずとも乗れるスーパーエグゼクティブチケットのお蔭で、暁とモクはあらかたのアトラクションを制覇して暗くなった頃やっとホテルに帰りついた。

「明日はシーだな。」

夕食のフレンチはやはり暁には初めての物だったが、モクはやはり綺麗なカトラリー使いでゆったりと寛いで食事を楽しんでいる。

「・・・・・・」

返事が無い事でモクが見ると暁は真剣な表情でナイフとフォークを使っていた。

北米育ちでもフレンチのフルコースはさすがに慣れてはいない。

時折目線がモクの手元に注がれる。

モクは暁に見える様にゆっくりと手を動かしながらコースの大詰めでウェイターを呼んだ。


「悪いが箸を頼む。」

と、その眼を暁に向けて、

「お前も要るか?」

頷いた暁の分も頼んだ男に暁は肩を竦めた。

「ナイトがね、云ったんだ。モクは大人だから思いっ切り頼れば良いって。『お前は歴代戦闘兵士の中でも腕利きだが、まだまだガキだから、背伸びはするな。経験値が足りないのは当然だしそんな処で無駄に見栄を張るな。』って云われたんだ。」

だから有り難う。

そう云ってキッドに敗けずとも劣らぬ美貌をモクにだけ向けて微笑んだ。

眼のやり場に困るからそんな顔を向けるな。

こんな歳になってもやはり真っ直ぐ向けられる心には照れてしまうから。



暁の唇は何故こんなに柔らかいのか、甘い香りも味も少し恥ずかしそうに応える舌も物馴れた男のモクをも虜にする。

息継ぎの間に出される吐息交じりの声は愛される喜びに震えていた。

何度も唇を重ねて味わえるのはこんな時ぐらいだろう。今夜は抑える必要は無い。



「貴方はいっぱい経験があるんだな。」

愛し合った後、昔の様に二人で風呂を使い男の背中を流している暁のセリフにモクは吹き出してしまった。

「何だ、急に。」

自慢じゃないが二度目の暁とでは確かに比べ物にならない数は熟している。

鏡の中で笑うモクに暁は僅かに拗ねた様な表情を見せた。

「イヴが云ってた。上手な人だと気持ちが良いって。」

やれやれだ。

「頼むから人数や回数なんか聞いて呉れるなよ、答えられないからな。」

「数えられないほどなのか。」

「・・・俺の歳は知ってるだろう。それなりに経験値は有るさ。」

「・・・・・・・云いたくないなら良いけど・・・」

滅多に無い躊躇いを見せて暁が小さな声で尋ねた。

「陸短の頃は付き合ってた人は居なかったのか?」

そう来たか、と鏡越しの暁の顔を眺めて苦笑を隠した。

本人も気づいて居るだろうこれは小さなやきもち。


「本気では居ないな。お互い遊びと割り切っての付き合いなら有ったが。」

あまり聞かせたい話では無いが、隠すと却っておかしな事になると経験から知って居た。

「誘いは少なくは無かったが、俺には目的が有ったからそれを妨げる付き合いは出来なかったと云う処だな。」

入れ替わって暁の背中を丁寧に洗いながらモクが続けた。

「まさかこうなるとは思わなかったのも事実だ。人の想像力なんて乏しい物だと痛感したよ。」

「ナイトから聞いたけど陸短の教官時代は凄くモテたそうだな、私の同期でも半分は森田担当教官のファンだったし。」

まったくイヴと云い、ナイトと云い、余計な事ばかり吹き込みやがって。


「なんでも毎日手紙や電話やメールが入っていたと聞いた。」

そんな事は無いとこの際キッパリ断言した。

「お前だって知ってるだろう、鬼教官と呼ばれていたんだ。まして可愛い教え子に手など出せるか・・・」

しまった墓穴を掘った。

鏡越しの可愛い教え子がにやりと笑う。

手桶ですくったお湯を頭の上からざぶりと掛けて顎先を捉え後ろからかなり強引に唇を重ねた。

「・・・・お前だけだ・・・解かるな・・・」

「・・・ん・・ん・・・」

「・・・気持ち良かったか・・・」

「・・ぁ・・ぅ・ん・・・」

返事の間だけ僅かに許すと再び塞ぐ。

可愛い教え子が最愛の恋人に進化した特殊例に感謝しながら、モクの五感の総てが満足するまで暁を放す事は無かった。





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