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out of standard  Ⅵ

読んで戴いてありがとうございます。

一応これできりなので長くなりました。

夏休みが終わったらまた再開します。次は歳の差カップルいちゃつき話から入ります。


「特区にこんな美人が居るとは知らなかったな。」

フェニックス基地日本陸軍を統括していると云う上条中尉は、隊の面倒を見る高任の後をついて回っていた。

「何時から特区に居るんだ?」

「この四月からです。南田士長、装備はすぐに使える様にして置け。」

「了解しました。」

「レンジャー徽章まで持っているのか、大した物だな。」

「有り難う御座います。内藤士長は何処か?」

「此処です、二層。弾薬は足りると思われますが。」

「大丈夫な筈だ。香村少尉が帰り次第訓練に入れるようにして置いてくれ。」

「承知。」

「立川連隊G倶楽部と絡んでいるそうだな、向こうはどんな具合だ。」

「G倶楽部に関してはお答えできかねます。」


高任二曹の気圧がどんどん下がって行くのが内藤にも南田にも良く解かって居たが、上条中尉はあからさまな拒否にもめげず高任の傍から離れなかった。

「おい、どうする。」

南田の低い声に内藤も唸るしかない。

「少尉はどこだ。まったく・・・」

「内藤、お前少尉の替りにくっ付いてろ。」

南田の言葉に内藤は固まった。

「仕方が無えだろ。二曹の顔を見てみろ、直に爆発するぞ。かと言って二曹を仕舞い込んで置く訳には行かねえし。」

と云う事で、内藤は書類の束を持ったまま小柄な高任二曹の脇にへばりつく事となった。


香村がキリ-と共に戻って来た時眼にしたのは、均整のとれた身体を戦闘服に包み、とてつもない美貌をガチッと固めた高任に張り合うように纏わりつく背の高い内藤と横幅の有る上条中尉の三人であった。

「二曹?」

呼んだ途端である。

驚くべき速さで高任は香村の前に飛んで来た。

内藤も当然付いてくる。キリ-に部下を引き合わせて、

「何かあったか?」

香村が聞いた時には上条の姿は消えていた。

「いえ、問題は有りません。」

澄ました顔で応える高任に内藤は苦笑を隠して同じ真面目な表情を取り繕う。

「上条中尉が居たようだが・・・」

「香村、あれは気にしなくて良いぞ。単なる馬鹿野郎だ。」

さらりと爆弾発言をしてキリ-はその眼を高任に向けた。


「済まなかったな。迷惑を掛けたようだが俺から釘を刺しておこう。」

「はっ・・・いえ。も、問題は・・・大丈夫で・す・・・」

香村と内藤には珍しい物を見た。

しどろもどろになった高任二曹と云うのは初めてだ。

沈着冷静、頭脳明晰を誇る特区随一の頭脳を持つ高任二曹にしても、G倶楽部戦闘兵士キリ-は雲の上の存在である様だった。


そのキリ-はやはり大人の余裕を持って穏やかに告げる。

「うちのちびがずいぶん迷惑を掛けて居る様だが、あれにすれば嬉しくて仕方が無いらしい。特区の話を良くしてくれる。これからもよろしく頼むな。」

何を云ってる事やら、と香村が眼を向けた。

「フレア達は何処ですか、フェニックス空港から居ませんが。」

「ああ、ブエノスアイレスに飛んだ。」

事も無げなキリ-の言葉に香村以下は声を失う。

立川連隊からフェニックス、そして休む間もないままほとんど同じ距離のブエノスアイレスまで向かうとは。

「・・・・モクもですか。」

若いフレアなら判るが五十歳を超えたモクにはさぞかしきついだろうと云う元教え子の心配は無駄だった様だ。

「当然だ、モクがちびから離れる事は無い。それで訓練なんだが・・・」

切り替わった話に香村達は集中して行った。



フェニックス基地G倶楽部は今現在司令のキリ-を筆頭に、キッド、エラ-、イヴとルウ。

其処に若い十四.五人が加わっていると云う。

陸軍フェニックス基地からあがった者ばかりだが、その中にエラ-とイヴの息子たちは居ない。

彼らは軍人では無く農業と工業の途を選んだと聞いた。

「自分がやりたい事をすれば良い、私からすれば軍人なんぞ碌なもんじゃ無いからな。」

遠慮会釈の無い厳しい訓練の間にイヴが笑った。

「おかげでここ数年の作物は質も量も飛躍的に伸びた。千春が頑張ってるし、千秋が手掛ける農業工具もEUから受注が来るまでになったしな。自慢の息子たちだ。」


双子の兄弟を自慢するイヴは四十台とは思えないほど明るく溌剌としている。

白兵訓練では未だにトップの座を譲らない強さを発揮していたし、相方のエラ-はキリ-同様の穏やかでにこやかな表情とは裏腹に抜け目ない情報管理者の顔も覗かせてくれた。

「情報と云うのは来るまで待って居るだけじゃ駄目だ。自分で操作できるようになって初めて役に立つ。鼻づら掴んで引き廻すぐらいちびだってやれる筈だ。俺が仕込んだからな。」

「だから碌なもんじゃ無い、やりたい放題じゃないっすか。」

何処か自慢げな言葉に突っ込んだのは、立川連隊G倶楽部から長期研修に来ているランスだった。

その眼を香村に向けて囁いた。

「気を付けて下さいよ、フレアのペースに巻き込まれない様に。あれもキッドも一般的な人間じゃ無い。」

答えられない香村にランスは笑った。

「まあG倶楽部に見込まれたなら逃げ場は無いから仕方が無いですけどね。俺達が良い見本だし。」



研修の最初の一週間が過ぎたその日やっとフレア達がフェニックス基地に帰って来た。

「キリ-、ただいま。」

べらぼうな別嬪が小汚い作業着の姿で現れた時、G倶楽部総帥キリ-が人目も憚らず彼女を抱きしめた。

「紹介しよう、俺の奥さんだ。キッド、ちびのお気に入りの特区、香村少尉だ。」

煌めく瞳、眼を奪う唇、華やかな・・・まるで花束を背負って登場したような錯覚を覚えさせる姿に香村は唯唖然と見つめてしまった。


「ほら固まった。母ちゃんを見ると大概の男は使い物にならなくなるんだ。」

笑った声はフレア。横でモクが吹き出していた。

狼狽えたまま挨拶だけはしたが香村にとって幸いだったのは固まったのは彼だけでは無かった事。

内藤、南田を始めとして特区全員がフリーズ状態に陥った。

特区としては美人は見慣れて居る筈だった。

高任と、最近では幼いながらも行く末楽しみなフレアを常に目にしているにも拘らず・・・


「おおぉっ。こいつは美人だ。」

香村達のフリーズを解いたのはそのキッドの声だった。

真ん丸な眼をした高任の手をキッドが嬉しそうに取って振り廻していた。

「ちびから物凄い美人だと聞いて楽しみにしていたんだ。」

「・・・いや・・・」

「恋人は居ないのか?」

「は・・・はい、まだ・・・いえ・・」

「おおっ? こんな美人を放し飼いか、特区は呑気だな。」

「ここ数日上条がうろついてたな。」

とキリ-の言葉に、

「駄目だ、あんな馬鹿。よし私が釘を刺してやる。」

「母ちゃん、本物の釘は挿すなよ。死ぬぞ、幾ら馬鹿でも。」

どこか投げやりなフレアに実に真面目にキッドは肩を竦める。

「馬鹿は一度は死んだ方が良い。生まれ変われば多少は良くなるもんだ。」

おかしな会話を止めたのは香村だった。

「あの、それでブエノスアイレスはどうですか?」

ふと呆れ返るほどいきなりキッドが真顔になった。

「緊迫しているな。私が帰ったのも手配を整える為だ。」

とその眼をキリ-に向けた。

「見立てでは来週後半あたりになりそうだ、特区との連携を仕上げておきたいが・・・どうかな?」

怜悧なキリ-の眼が僅かに頷いた。

「問題無い。ちびが云った通りで良い動きをしている。」

「貴方がそう云うなら確かだ。」

ふっと笑んだキッドに香村が聞いた。

「西神は?」

「オリ-とリオウを付けて来た。だが出来るだけ早く出た方が良い。かなりへたばってる様だ。」

あの自信家で必要以上にタフな西神がへたばるなら、それは相当にキツイ状態な筈。

香村は思わず真顔になった。

「状況を教えてくれ。」



アルゼンチン共和国の政府が未だに弱腰なのは政治力の乏しさが根底に在ると云う。

「戦争中に国連の指示で反政府軍を力ずくで追ったのは却って拙かった。時間が無かったのは言い訳にはならない。」

そう云ったキッドは真顔だった。

「きちんと話をさせて国を立て直せればよかったんだがな。」

未だに事が起きると国連に頼る、他人任せの短絡な政治では不満は尽きる筈も無いと続けた。

「だからこの三年は反政府活動の首謀者を選り分けて育てて来たんだ。」

あまりに平然と告げた言葉に香村は唖然としてその顔を見つめる。

「そう驚くな、真面な奴だって多いんだ。」

「だが国連の示唆とは食い違う。」

「国連がすべて正しいとは限らない。奴等は平和であればそれで良いんだ。だからこちらで手を打った。」

確かにこれはやりたい放題だと香村は内心の驚きを隠した。

フレアどころでは無い。

こんなとんでもない人間と組んで動いていたなら西神がへたばるのは道理だ。

呆れ返った香村の替りに内藤が口を挟んだ。

「では俺達は何処と戦うんです?」

「当然反政府軍だがそちらが片付いたらアルゼンチン政府を切り崩す。中を固めるには多少の荒療治も必要だ。明日、明後日の二日で仕上げて出る心算だが特区はどうする?」

キッドの軽い問いは香村等特区の覚悟を問うた物だと判る。

「何時でもOKだ。俺達の準備は出来ている。」

当然の様な香村の返事にキッドが笑った。

「なるほど。ちび、良い武器を手に入れたな。」

まったく此処の連中ときたら・・・

G倶楽部直属の部隊としての初陣は、どうやらキッドとフレア母娘に振り廻される懸念に満ち満ちていた。





「どうやら囲まれたようだ。」

夜半、帰って来たオリ-の低い声に黙って頷いたのはリオウと西神。

三人はウルグアイ河口近くに遺棄された部落の廃墟に身を潜めていたが、凍りつくほどの寒気の最中でもジワリと汗を滲ませていた。

キッドが予測した反政府軍によるブエノスアイレスへの攻撃時機が早まった理由は判らなかったが、どうやら政府の後押しをしている彼らの拠点は見抜かれてしまったようだ。

国民性から攻撃時にはやたらと騒がしい敵が、今回ばかりはG倶楽部戦闘兵士二人を出し抜いて見事と云って良い程の挟撃を展開している。

「西神、俺達が出たら河に潜れ。冷たいから風邪をひかない様にしろよ。」

オリ-のふざけた台詞に西神はじろりと睨んで呟いた。

「いかにG倶楽部とは言えたかが一年生兵士が生意気な口を利くな。これでも格闘訓練は着けているんだ。」

オリ-もリオウも苦笑した。


実力はG倶楽部戦闘兵士には及びもつかないが確かに良い腕をしている。

そんな事は知って居た。

だが、

「悪いな、足手まといなんだ。後で拾ってやるから水っ洟垂らして待って居て呉れ。」

リオウの率直過ぎる言葉に西神は唸った。

西神にも解かって居る。

戦闘兵士二人なら大概の局面は打破できる。

が・・・彼らが画策しているのは西神を落す事だった。

此処まで見事に囲まれてしまえば切り抜けられる確率はコンマ以下だろう。

外からの支援は今回ばかりは無い。

キッド達が来るのは三日後の予定だったし、今此処で端末を使えば位置が確定されてしまう。

それでも。

「云っておくが、ガキに尻を護られて生き延びる気は無い。」

張ったりだろうと大見得だろうと何でも切ってやる。

この若い二人の戦闘兵士を盾にしてどんな顔でダンテやフレア達に会えるものか。

だが、まさに同じ事を彼等も考えていた。

「俺達はその為に居るんだよ。フレアに顔向けできないじゃないか。」


価値が違う。と、西神は思った。

聞いた話ではオリ-は陸短時代から戦闘兵士として見込まれていたと云うし、リオウは何処ぞの御曹司だとも聞いている。

それに比べればたかが一曹長、どちらが生き残るかは一目瞭然だ。

二人共は無理でもせめてひとりは・・・

「チッ、時間切れのようだぜ。」

暗視ゴーグルをつけて外を見ていたリオウが囁く。

「仕方ないな。リオウ、この頑固おやじを挟んで突っ切るぞ、後衛に着け。」

「承知。」

西神はホッとした反面驚いた。

こんな危機的状況に置いてもこの二人の表情や声に何の変化も見えない。

さすがに天下のG倶楽部、ベテランのダンテやフレア同様の冷静さを保っていた。

「出来る限りの隠密行動だ。ばれた時点で尻に火を点けて走れ。行くぞ。」


暗い闇の中三人はピタリと地に伏せ匍匐前進を開始した。

部落の南端では崩れかけた廃墟の捜索が始まっている。

西神が見る限りでは左翼に隙間が見えるがオリ-はその右側を目指している。

等間隔でじりじりと進む三人は呆れるほどある瓦礫やブッシュを使って驚くほど進んだ。


( こいつは驚いた、敵陣の真っただ中じゃないか・・・)

大胆にも程が有る。

敵の気配に紛れてその中央を突破するなど西神には到底考えられない事だったが、眼の前のオリ-の姿がするりと消えた。

続いて行くと狭い穴。

おそらく獣の古巣であろう。

頭からずるりと入り込むと手を引かれる。

リオウの為に精一杯小さくなると其処にリオウが脚から滑り込んで来た。


「ラッキー★」

まるっきり小僧の様にリオウが笑った。

「それでも朝までは持たないな、どうする?」

西神の問いにオリ-が応えた。

「大丈夫だ。じきに援軍が来る。」

G倶楽部員がある種の通信手段を持っているのは知って居るがこれだけはっきり見える暗視ゴーグルでもオリ-の手には何も無い。

ましてや誰かに連絡を取っている様にも見え無かった。

が、

「到着したなら支援に入る。リオウは右、西神は・・・待機と云っても聞かないだろうな。」

「当然だ。」

にやりと笑ったオリ-が続けた。

「では中央へ。キッドは左翼、フレアは右翼。その先に特区が展開するから気を付けろ。」

朝はまだ先だった。




「二曹、フレアの右を護れ。」

『了解。』

「南田班は二個分隊を率いて左翼を掃討。」

「内藤。正面を落せ。キーポイントだ。」

「モク、二時だ。」

『承知。』

返事の前に二時方向の敵が二人吹き飛んだ。

展開する戦線を見ていつも通りの立て続けの指示を出す香村に焦りは無かった。

激しい銃撃戦の最中に有っても西神の安否は確認されていたし既に片付きつつある。

別動隊を率いていたキッドが合流して、其処に若手の戦闘兵士ふたりと西神の姿を見て取った。


「よう、早かったな。」

呑気そうな言葉に香村は苦笑した。

やっと東の空が白みかけた時間、汗と泥にまみれた同期はギリの状況でも常と変わらず余裕をかまして見せる。

「大丈夫か?」

「大丈夫なわけ有るか。こいつ等俺を河に沈める気だったんだぞ。」

途端にオリ-とリオウが笑い出した。

「風邪ひくより泥の中を這いずり回る方を選んだのは自分だろう。フレアじゃないが良いクソ度胸だぜ。」

如何にも嬉しそうにリオウが云うとオリ-も続いた。

「せっかく楽をさせてやろうとしたのに頑固な親父だ。」

「親父云うなっ。まだ三十前だ!」

やり合う三人を横目に香村は戦線を畳み始めた。

タイトな指示出しにもピタリと着いてくる部下に思わず笑いが込み上げて来る。

G倶楽部と組んで何が一番嬉しいかと云えばこの充足感。

指示ひとつで素早くパズルが嵌まるほどの気持ち良さは今までには無い。


「香村、これまでだ。次は締めるぞ。」

フレアの言葉に実に的確に場を畳み込んで香村は頷いた。

これは前哨戦でしかない。

この後に控える戦いこそが何よりも肝心要の大戦であった。

繰り返される長い戦乱に荒れた土地。

国は疲弊し人は気力すら失っていた。

一年戦争時に強引な手段で一時的な鎮静化を図ったキッドは、今のこのアルゼンチンに責任を感じていると云う。

だからこその立て直しだろうがキッドが香村に出した指示は簡潔だった。

「日本軍は国連軍だ。お前達はそれに則った行動を取れば良い。裏工作は私達の仕事だ。」

勿論、互いが何をしているかは十分すぎるほど承知しているが。


アルゼンチン政府に乗り込んだのはG倶楽部でも少数だった。

キッドとオリ-、リオウ。

そしてどう云う訳かキッド直々のご指名で高任二層。

その為に黒服まで用意されていた。

香村達は官邸前で哨戒任務に就き、表向きは政府を護る形を取りながら待機していた。

香村が驚愕の事実を知ったのはその三日目だった。



その日は朝から雨で、しかも冷気がジンワリ染み込んでくる糠雨。

任務中の簡易食はプルタブを引くだけで温まりはしても実に素っ気なく、まるで義務の様にそそくさと喰い終わった香村の耳にフレアの声が聞こえて来た。

「これを喰え。少しでも良いから。」

何処か怒っているかのような珍しい声音に香村は後ろの天幕を覗き込んだ。

ブリキのバケツには火が起こって居る。

その前に座ったモクは毛布を着こみうんざりした表情でなにやら呟いていた。

「どうしたんです? 風邪でも引きましたか?」

返されたモクの溜息にフレアの声が重なる。

「喰って呉れないんだ。」

フレアの手には簡易食と湯気の立ったカップ。

どうやら自前で用意した缶詰のスープのようだ。

「ああ、飯はともかくそのスープは旨そうだ。少なくとも身体は温まる。貴方が要らないなら俺が貰いますよ。」

笑いながら云った香村に憮然とした言葉が返された。

「馬鹿が。お前の為に用意したものじゃ無い。」

見ると元教官の苦笑が映った。

そのまま手を伸ばしカップを取ると口に運ぶ。

それを見てフレアはやっと笑ったが、手の中の簡易食を見ると、

「これは嫌だろうな・・・少し待ってろ、何か探してくる。」

「一人で出るな、此処はまだ危険だ。」

低い声は昔を思い出させる強さが在ったがフレアは意にも介さない。

「大丈夫だよ、直ぐ戻る。」

あっという間に出て行ってしまった。

それを見送った香村の眼が男とぶつかった。

「俺が行きます。」


フレアを追いかけながら香村は元教官の一つしかない眼に浮かんだ何かを考えていた。

なじみ深い様で、だが彼の知る元教官には酷くそぐわないもの。

思わず動いてしまうほどそれは優しい何かだった。

冷たい雨の中、フレアの背中が官邸の中に入って行く。

続いて行くと驚いた事に真っ直ぐ厨房に入り込んだ。


「悪いな、また少し貰うぞ。」

そこで働く何人かのコックたちに声を掛け平然と冷蔵庫を覗き込んでいる。

また・・・・初めてじゃないと云う事か。

見るとコックたちはフレアには関わらないようにしている処か、やけに協力的だった。

無論、銃を持った香村には近寄らないが。

「此処にも饂飩や蕎麦が有れば良いのに。油もあんまり良くないし、白米も無いし・・・」

ブツブツ言いながらも手早くパイを包みだした。

「それは何だ。」

「こっちでは何と云ったかな。私は単にミートパイと云ってるが。」

オーブンに入れるとそのままデカい鍋から何かを小鍋に移す。良い匂いがしてきた。


「食料の強奪が巧いな。」

周囲は気にもして居ない。

「ああ。モクは好みが煩くて、しかも小食なんだ。旨い物を少し喰えば良いと云うんだが、普段は良いがこんな時は困るだろ。喰わないと体力は当然落ちるし。」

まるで世話焼き女房紛いの言葉に香村は笑ってしまった。

「モクの好きな和食はこっちでは作れないし。やっぱり持ってくれば良かったな。」

「ずいぶん教官を大事にしてるんだな。まるで・・・」

「恋人だからな。」

硬直した男の眼をまっすぐに見つめてフレアは続けた。

「モクは私の恋人だ。だから大事にするのは当然だろ。」

「・・・はい。」

余りの迫力に気圧された男を見てにっこりと笑う。

そしてパイを焼く間に、遥か昔のフレアが四歳の頃に出逢った男の話をしてくれた。

香村が出逢うずっと以前の哀しい眼をした優しい男の話を。


艶やかに焼きあがったパイはどうやらモクの口に合ったようで綺麗に完食したが、コックの造った牛の煮込みは半分残された。

なるほど、さすがに恋人だけ有る。フレアの料理は解かると云う事か。

もっとも多少の小言は出ていたが。

「官邸のコックにあまり迷惑を掛けるな。一日二日ぐらいなら死にはしない。」

「昨日だって食って無かったじゃないか。大丈夫だよ、今度は鶏肉を入れてくれるって。みんな良い奴等ばかりなんだ。」

「お前は・・・少しは人の話を聞け。」

「お金は払ってるし、此処は昔から何度か来てるしな。母ちゃんは受けが良いんだ。料理人には。」


微笑ましくも微妙なズレの有る会話を聞きながら香村は天幕を後にした。


眼を上げると東の空が明るくなっている。

じきに雨もやむだろう。







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