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out of standard  Ⅳ

どう見ても有りそうも無かった。

翌日の訓練はいつも通りに出ていたし、動きも何ら変わりは無い。

だが、余計な言葉の一つも無く黙々と訓練に勤しむ姿は却って根の深さを感じさせられた。

当然それは内藤や南田にも伝播する。

一日の終わりまでそれを通されるとさすがに二人とも固い表情で西神の許を訪れた。


「いったいどうなったんですか?」

南田がそれでも下手に出て尋ねる。

「あの人がこれほど不機嫌な事なんて未だに無いんですが。」

「貴方方の意図は香村軍曹の気に入らなかったと云う事ですか。それなら俺達は軍曹に着きますよ。」

やけに冷静な内藤の言葉に西神は吐息をはいた。

「それは何時でも出来るだろう。だいたいまだ話にもなってないんだぜ、昨日は奴が怒って蹴散らしたからな。」

あからさまに二人の顔色が変わった。

「まさかG倶楽部を・・・怒鳴ったりしましたか?」

西神の肩が下がった。

「怒鳴った怒鳴った。はっきり言って階級なんざ奴の脳内には無かったぞ。お前ら巻き込んだのが裏目に出た典型だな。云いたい放題罵ってさっさと出て行った。」

顔を見合わせてふたりの肩も下がる。

「軍曹から来たら俺らでも話は出来ますが今日の状態だときついですね、こじれると長引きそうだ。無茶しなければ良いんだが。」

こんな場合でも思わず西神は笑みを浮かべた。

自分たちよりも香村を心から心配している。

手塩に掛けて育てて来た子飼いの部下と云う奴はこんなにも可愛いものなのか。

あちこちを動いて来た事で経験は多々あるし後悔する事も無いのだが、こんな時は香村が羨ましくなる。


「まぁ任せろ。お前達から香村を取り上げる気は無いし、何より奴の手脚を削いだら話にならん。それより部隊を把握してレベルを上げて置け。」

冗談抜きの言葉に二人の士長は頷いた。



実際の話、香村がうんと云わなくてはどうにもならない。

その夜西神は叩き出されるのを覚悟の上で香村の部屋を訪れたが、多少は落ち着いたのか入る事を許された。

手土産に持って来たボトルを黙って飲んで少しするとやっと香村の気配が緩む。

「済まなかった。」

真顔で詫びる同期に香村も頷く。

「仕方が無い、どうせ拒否権なんか無いしな。」

と顔を上げて、

「何時からG倶楽部に関わってた?」

「三年前のレンジャーからだな、指導教官のダンテから聞かされて。正式に入った訳じゃ無いが支援要員として動いている。高任も同じだ。」

不思議そうな表情の香村に西神は笑った。

「噂ではいろいろ有るが当時のG倶楽部は人手不足の最たるものだった。

戦前、戦中は二十人以上いたしレベルも相当に高かったが、大半が戦争中に失われて以後の育成が出来なかったそうだ。

任務の厳しさは同じだが人が居ない、圧倒的に手が足りない。

俺が出来るのは調査と事後の確認程度だが、それでもどうやら役には立ってるようだ。」


「あんなガキが戦闘兵士だと云うなら確かに人が居ないんだろうな。」

どのガキかはすぐに解かった。

「香村、一度見に行け。あんなガキが第一戦闘兵士のダンテよりも格上だとその眼で見て来い。」

揺らいだ眼差しに西神は続けた。

「奴は北米フェニックス基地のG倶楽部が育てた珠だ。奴の上を行くのは奴の両親だけだろう。」

「両親?」

「ああ、モクと同時期の第一戦闘兵士キリ-と第二戦闘兵士キッドの間に出来たフレアだ。ダンテよりも早い時期から戦闘兵士として動いている。」

それは香村の意表をついていた。

「馬鹿な、幾らなんでも子供じゃないか。いったい奴の歳は幾つだ。」

「自分で聞いて来いよ。フレアは良い奴だ、口は悪いがな。」


自室に帰りながら西神は苦笑した。

特区隊員らしく場は開いた。後は専門家に任せて援護に回ろう。

最後の着地が香村並みに綺麗に決まるかが問題だが。



香村率いる特区がG倶楽部の眼に留まったのは西神の言葉からだったが、殆ど同時期に司令本部からも指示が下っていた。


『特別区域専門部隊を調査しろ。使えるならば墜せ。』

送り込まれた潜入捜査の得意なダンテは、本名の秋月中尉として赴任し僅か二週間で香村の変わった特性を見抜いた。

そこからのG倶楽部の動きは実に速く、やっとの事で西神が頼み込んで僅かひと月の隊員たちのレベル向上時間をねじ込んだのだが・・・

(知ったら奴は許さんだろうな。)


それでも西神は香村を活かしたかった。

初年兵時代から変わった男で、妙に醒めてるかと思えば突然ぶっちぎって独走する。

他人が付いて来れない状況でもお構い無しだった。

自分の中の多様性、多重性を持て余している様で、話をしていても突飛な方向に飛ぶ。が、着地点は綺麗に決まるのが不思議だった。

配属先の特区が性に合ったのだろう。

腰を据えて一つずつ組み上げる努力も培って来ている。

此奴は使える、正直にそう思ったがそれが本当に香村にとって良かったのかは未だに悩む処だった。



そして、悩んでいるのは西神だけでは無かった。

(あのガキはどう見ても十代だ。)

自分の肩にも届かない背丈、均整は取れていても細い身体、言動は不遜だが屈託のない笑顔は立川連隊の極秘部署G倶楽部の戦闘兵士とは、言われても尚信用できるものでは無かった。

香村が受け入れたのは実際に格闘する羽目になったからに過ぎない。

強かった。

体重こそ軽いものの手も脚も眼で追えない速さと、強さを持っている。

西神は適当な男だが嘘はつかない。

その西神が云うなら陸軍最精鋭G倶楽部のトップクラスの戦闘兵士なのだろう。

ならば、香村との格闘はとことん手加減したに違いない。

あの小娘の実力だけは見てみたい。

それが西神の造った場だと解かって居ても興味の方が先に立ったのは事実だった。




「ほぅ、来たか。」

マシントレーニングが終わる頃、ドアから入って来た二人の人影にフレアは笑顔を向けた。

「見学だ、一通り見せて置く。」

香村は秋月中尉ことダンテの案内で連れまわされていたが、小一時間もするとフレアの元にやって来た。


「何を知りたい?」

率直な言葉に思わず香村が笑うと、

「何だお前、良い顔で笑うじゃないか。ずっと仏頂面しか見て無かったから笑えないのかと思ったぞ。」

確かに口が悪いなと呟いて香村は答えた。

「G倶楽部に特区が護れるかどうかだ。」

端的な問いに返されたのはやはり端的な問い。

「護られないと働けないか?」


言葉も呼吸も止まった。


見返した眼は酷く真面目に真っ向から香村の眼を見つめている。

「・・・いや、済まない。馬鹿な発言をした。」


確かにそうだろう。幾ら部下が可愛いからと云っても戦うための兵士を護れとは、まかり間違っても口にする言葉では無かった。

それだけの訓練ならつけている。足りないなら補えば良いだけだ。

そんな香村の内心が判ったのかフレアという戦闘兵士は僅かな笑みを浮かべた。

「無茶や無理はさせる気は無い。それは約束しよう。

だが何時も何時までも無傷と云う訳には行かないな。それは軍に入った者なら当然だ。出したなら出来る限りカバーして回収もしよう、使い捨てる事は毛頭無い。形がどうなるかは現時点では出せないし、今できる約束はこんな程度だがお前の気には入らないか?」

「いや了解した。」

殆ど即答だった。

「レベルの引き上げは西神と俺で見るが、こっちの動きが判らない。秋月中尉が着けてくれるなら有難いが。」

だが、

「それは私と手隙の者が見よう。ダンテは次が控えてるし西神も悪いが此方で使う予定がある。お前にやれるのは高任だけだ。

だから、お前が見るんだ。

司令本部にねじ込んでお前を少尉まで引きあげるから高任と内藤、南田を育てろ。お前の総てを繋げ。」


呆気にとられた。

きっと今の顔はさぞかし馬鹿丸出しだろうと思いながら、

「馬鹿な、軍曹だぞ俺は・・・」

香村の前でいきなりクソガキがほくそ笑んだ。

「極秘事項をひとつ教えてやる。副司令はG倶楽部員だ。特区の情報も其処から降りて来た。戦死でも追っつかない無茶な格上げをするからにはそう簡単には死なせないぞ。元を取るのがフェニックス流だからな。」

呆れ返って言葉も出ない。やっと出た言葉は、


「・・・・お前、歳は幾つだ。」

後ろから届いたのは重複する吹き出し音。

振り返ると秋月中尉とモク、そしてロブが腹を抱えていた。

「女性に歳を聴くとは良い度胸だな、私は来年の三月で20歳だ。満足したか?」

ん?と可愛らしく小首を傾げてクソガキがのたまう。

「精度も錬度も半端にはしないからな。覚悟して置け。」

「・・・・・了解した。」

「他に知りたい事は?」

「お前の戦闘兵士の力を見たい。」

その瞬間フレアの眼が閃いた。

「・・・なるほど、確かにいいクソ度胸だ。」


フレアの声に呼ばれた男達を見て香村は唖然とした。

40歳前後の長身の男と秋月中尉、この間会ったオリ-の三人が広く取られた格闘スペースに立つ。

「全員が戦闘兵士だ。この三人を相手取るなら不足は有るまい。」

待て、という間もない。

いきなり始まった格闘訓練は完全に香村の度肝を抜いた。

力も技もスピードも、それが最高レベルである事は解かる。

眼が着いて行くだけでやっと、オリ-がはじき出され、秋月中尉が飛ばされ、最後の長身の男の膝が落ちて僅か五分足らずだった。

「これがG倶楽部の戦闘訓練だ。勿論長小物や暗器に銃まで使うが基本は徒手だ。戦闘兵士はまがい物では務まらない。」

納得したかと笑ったまだ幼い顔に香村は頷いた。

「追うのがやっとだった。これに付き合うんじゃのんびりして居れんな。早速訓練自体を計り直そう。」

「香村。」

何だ、と見返すとフレアが笑った。

「少しは笑えよ、せっかく良い顔してるんだから。」

かなり長い時間香村はフレアの顔を見つめて一言、

「・・・・・・・・・・・・・うるせぇ。」

如何にも不機嫌そうな表情で出て行った。



「いやぁ、良い奴だなぁ。あんな奴が手に入るとは思わなかったなあ。」

ドアが閉まるとフレアが笑み崩れた。

「聴いたか、あれを追えると云ったぞ。戦闘兵士の動きを追えるなら大したもんだ。」

「良かったな、気に入って。俺はこれから大変だ。」

ロブが唸った。

「カリフにねじ込む身にもなって呉れ。」

「使える奴なら尉官ぐらいくれてやれば良い、安いもんだし元々がカリフからの話だ。」

ご機嫌なフレアを見てモクが呟いた。

「気の毒に、此奴に気に入られたら使い倒されるぞ。」

「何だぁ。やきもち焼くなよモク。」

「・・・馬鹿が。」

うんざりと横を向いたモクであった。



訓練を見ていた西神が休憩を告げて香村と秋月中尉の元にやって来た。

「どうだった?」

心配そうな問いに答えは一言。

「クソガキだ。」

言い捨てて内藤のもとへ歩いて行く。その背中を見送って秋月中尉が笑った。

「ケリは着いた、俺達は今月一杯で抜けるぞ。」

「ほほう、誰が説得したんです?」

「フレアさ、決まってるだろう。奴を気に入ったようだ。」

「フレアねぇ・・・良かったのかどうか微妙な処だな。」

「確かにな。だが香村もやる気になったからネタバレする前にずらかろう。奴を怒らすと厄介なのは思い知った。」

実際の話、ダンテはマニラに開く基地局の下準備が控えており、西神にはブエノスアイレスの調査が用意されていた。

立川連隊に移され配属が特区、その特区が丸ごとG倶楽部の専属部隊となるなら実に動きやすいのは事実だった。

ダンテに至っては表と裏を本人張りの器用さで使いまわせるポジションでも有る。


「ブエノスアイレスは誰と動くんだ?」

問われて出た答えに何の不信は無い。

「キッドですよ、まだ会った事も無いけどフレアのお母ちゃんだと聞きましたが。」

その途端ダンテの表情が硬直した。

入隊してG倶楽部入りをしたダンテが、初めて研修で行ったフェニックス基地で待ち構えていたのは戦闘兵士キッドだった。最初は驚き、喜び、ひと月の研修の最後には奈落の底へ叩き込まれたのは、今は云わない方が良いだろう。

「頑張れよ、脚は強いぞ。」

ある意味フレアよりも上を行く最強の存在を制御できるのは、相方のキリ-だけである。

気の毒にと思いながらダンテは残り少ない秋月中尉を務めるべく香村の背を追いかけた。




特区の隊員は当然、香村でさえG倶楽部とは今まで何ひとつ係わりが在った訳では無い。

黒服が視界に入る事さえ多くは無かったし、入ったとしても意識から器用に切り離す事など二年も立川連隊に居たなら呼吸するより簡単に出来る様になって居る。

その今まで見ない振りをしていたG倶楽部員が複数人、特区隊員同様の戦闘服で立ち混ざるとは誰一人考えても居なかった。

まして陸短出身者には驚愕の事実、鬼より怖い森田担当教官まで如何にもゆったりとくつろいだ風情で現れ、さらに腰を抜かすほどたまげた事に笑ってさえいる。


「天変地異の前触れだ。」

「次の任務で俺達は死ぬな。」

「母ちゃん、今までの親不孝を許して・・・」

「いや、可愛いねぇ。」

その一言で一斉に振り向いたが見られた南田は平然と笑う。

視線の先には小柄な女性兵士が香村と話し込んでいた。

「あれでG倶楽部ねぇ、いったい何をしてるんだか。」

一般からの入隊の南田には森田担当教官の恐ろしさよりもフレアの姿の方が印象的だった。

確かに可愛いのは事実。華奢な姿に小さな顔、まだ幼くあどけない表情だが・・・南田はあの場には居なかった。

「士長・・・あれは戦闘兵士ですよ。」

「香村軍曹と格闘したんです。凄く早い動きだった。」

それを聞いて胡乱気な表情になったのは当然であろう。

「高任二曹よりも子供じゃないか。」

「確かに私より若いな。」

真後ろから掛かった声に南田はぎくりと振り返った。

「だがフェニックス基地の第二戦闘兵士を拝命している、あれが戦闘兵士フレアだ。」

高任の言葉に南田は頭を掻いた。

「俺より強いんっすか?」

「やって見ろ、痛い眼に合わないと解からないんならな。」

フレア対南田戦は実現しなかった。

集合が掛かり訓練に突入したからだが、南田は丸一日をフレアとオリ-の戦闘兵士コンビの動きを見て以後は蒸し返す事は無かった。


『ありゃぁ化けもんですぜ。いやはや・・・』

香村にだけはそう告げたらしい。

もっとも驚いたのは南田だけでは無い。

特区隊員同様の背嚢一式を背負って、小銃まで担ぎながら若手のG倶楽部員達は楽々と走り回る。

今まではきつい訓練に文句を言って居た隊員も意地が有るのか、今回は何時に無い良い動きを見せていたが最終的に顎を出してへたり込む中、フレアとオリ-は汗もかかず涼しい表情で笑いながら話していた。

純粋な力はこの中の誰よりも少ないだろうが、脚も体力も何より持続力の限界は遥かに特区隊員を凌駕している。


「お前らな、これで顎なんか出すなよ。私達が目立ってしょうがないじゃないか。」

香村に見せた厳しい表情を封印してフレアはにこやかに笑う。

それに応えたのは南田だった。

「フレア・・・と呼んでいいですかね。」

頷いたフレアに続けた。

「丸一日の任務はそうは無いんですよ。俺達は半端者部隊だから。俗に云われてる呼称は『お手伝い部隊』です。これを返上するなら・・・あと三日貰えませんかね。」

フレアが真顔になった。

「ほほう、三日か? 三か月の間違いじゃないのか?」

ずいっと南田が立ち上がるとつられる様に全員が後に続く。

「三日で結構だ。」


今まで見せた事の無い剝きになった南田の表情にやれやれ、と香村は溜息を吐いた。

どうやらフレアの思惑通りの展開に完全に嵌まり込んだらしい。

今年で三十になる南田士長を踊らせるのはなかなか難しいのだが、G倶楽部の戦闘兵士に不可能は無いようだ。





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