表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/41

out of standard  Ⅲ

「工兵入ります。」

「了解。」

一時間後には南田班が撤収に掛かっていた。

正規の工兵隊が仕事に掛かる段階で特区は引き下がり次の場を目指す。

だが陸戦部隊を掩護しながら、香村は違和感を感じていた。

敵は多くは無い。

だが見えない。

戦闘に入って既に二時間は経過しているが未だに姿が見えない。

これは香村には初めての事態だった。

『軍曹。』

左翼に展開している内藤からの無線も同様の懸念が告げられた。

『迷彩の欠片も見えません。』

「十分に気を付けろ。迂闊に出るな、奴等当たりを見てやがる。」


陸戦部隊の撤収時の支援はまるで教科書並みの手際だった。

内藤達の動きは早く香村の指示に完璧に従い、敵が誰であろうと付けこむ隙を与えなかった。

「南田、状況を。」

先行して空挺の場造りに入っている南田が笑い交じりに答えた。

『今の処問題無しですが、大山が敵を視認。灰色系迷彩、初めて見る物だと云ってます。』

策敵に優れた大山伍長なら見間違いは無い筈。

「了解した、内藤が着き次第入れ替われ。」


朝の十時から始まった演習は既に十四時間が経過していて、空挺部隊の到着は夜半、俗に云う高高度低開傘のナイトフライトだった。

戦闘態勢を取るまでが特区の役目。

場の造りから援護、支援と撤退が繰り返される中でマーカーされた離脱者は僅か二名、完璧と云って良い用兵を喜んだのは香村では無かった。


「良い腕だ、陸戦隊よりも動きが良いし展開が実に速い。」

秋月中尉にそう告げたのは黒の作業着の男だった。

階級章も部隊賞も無い作業着の、厚い胸に組まれた腕には銃創の跡が残っている。

狭い作戦指揮用の高機動車のモニターには、暗視カメラが捉えた特区隊員が降下兵を迎える姿が映っていた。

「場に居ない部下まで手足の様に使っている。おかしな上が居ない方が巧く行く典型だな。」

「それ、何気に失礼ですよ。」

西神の声に男は太い声で笑った。

「さぁて、クライマックスか。此処までの腕を見せられたら此方も遠慮なく叩けると云うものだ。」


高任の操縦する高機動車がフィールドを突っ切り、最後尾を往く香村軍曹と並走する。

誰が乗っているのか知らない筈は無いが、その眼差しは小揺るぎもしなかった。



東の空が白みかけた頃、南田工兵隊が開いた場を機甲化部隊が整然と進み、その左後方から戦闘隊長の内藤率いる一隊が展開して行く。

内藤の無線に香村の声が届いた。

『迂闊に出るな、ペアの投入は確実だ。狙撃手の位置取りを確実にして近接戦は避けろ。』

「了解。」

無線を切って香村は手下に告げる。

「此方にも来るぞ、この敵の狙いは機甲化ではない。俺達で潰す。」

「了解。」

右翼から俯瞰で見ると機甲化部隊の前面はクリア、香村は右手のブッシュの多い連なる丘にポイントを絞った。

幾つかの簡潔な指示だしに素早い動きで動き出す隊員たちを見送る事もせず、香村は更に指示を出し続けた。

目標地点の半ばまで来て戦車の咆哮が轟き始めた瞬間だった。

大地の闇に紛れる様な影が動く。

「敵影視認、四時。」

「狙撃手に注意、散開!」

「撃て!」

叩きつける様に張られた弾幕の隙間をついて香村の僅か前に居た隊員が被弾。

咄嗟に跳ねた足許に着弾、転がりながら半身を起こすと小柄な影が至近にあった。

もはや銃は使えない。

小銃を投げ捨てると躊躇いも無く大型ナイフで切り込んだ。

ほぅ、と不謹慎な声を漏らして灰系迷彩は腰を落とす。

部下たちは大半が狙撃手に対応し残りは距離を取りながら銃を構えている。

繰り返し訓練した隙の無い体制に不備は無い。

香村はじりじりとつま先を進め、ヒュッと敵の影が消える。

反射だけで飛んで躱し、ナイフを突きだしたが、弾かれる。

咄嗟に肘が出た。

当たった感触に更に脚を払うと、ポンと後ろを取られた。

「此処ま・・・」

どこか幼い声が掛かる瞬間、香村は腕を取られたまま骨折覚悟で捻ると小柄な身体が浮き上がる。

だが、

ビシッ!!

香村のヘルメットの左側頭部にペイントが着弾、即死。

動きを止めた香村の前で部下たちの銃口が火を噴いた。



内藤は生き残ったのだろうかと思いながら、死体置き場に向かう香村の横に灰系迷彩の小柄な姿が並んだ。

早朝の空はすっかり明けていた。

「思い切った作戦だが、自分を餌にするのはあまり褒められないぞ。」

見た事も無い迷彩服は香村のヘルメットよりも賑やかに彩色されている。

「G倶楽部の戦闘兵士と俺一人の相殺ならお釣りがくる。」

くすくすと笑うまだ幼い顔に香村は続けた。

「ペアは二組か、舐められた物だな。」

「馬鹿を云うな。この程度なら通常一組で事は足りる。が今回はお前が目当てだからな。此方も端から玉砕覚悟で取り組んだ。確かに良い腕だ。」

「意味が判らん。」

如何にも不機嫌な声に香村の肩にも届かない女はまた笑う。

「G倶楽部の第二戦闘兵士を潰す力量は見事だと云ってるのさ。」

「フレア、其処までにしておけ。」

気配も無く男の声が真近に届く。振り返ると・・・

「・・も、森田教官?」

陸短の軍事史を教えていた隻眼の強面教官は、灰系迷彩に身を包み狙撃銃を左肩に担いだまま・・・笑った。

(・・・おい、笑ってるぞ・・・じゃ無くて、)

「あ、貴方が何で此処に?」

香村が教えを受けたのは八年も前、その頃となんら変わらない相変わらずの長身、痩躯。

五十歳はとうに過ぎて居る筈だが、当時から細身ながらもバランスのとれたしなやかな身体と、一つしかない冷ややかな眼差しは、単に二つ付いてるだけのクソガキに出し抜く事を決して許さなかった。


「かくかく云々だ。それ以上、今は話す気は無い。」

台詞の余りの在り得なさに、愕然とした元教え子に引き締まった表情を向けて歩き出した。

「何だ、やられたのか。」

第二戦闘兵士という女が父親ほど歳の違う教官に砕けすぎた口調で話しかけ、教官も気にもせず答えている。

「お前の援護で香村を撃った直後右から来られた。スナイパーの援護は急務だな。」

「腕が落ちたんじゃないのか?」

「ふん。無謀な策でやられたお前に云われたくない。」

「私は香村だけを墜せば良いんだ。速かっただろ。」

「演習だから力技を使っただろう。実戦でこんな真似して見ろ、殴り飛ばすぞ。」

「そりゃぁ無理だ、私の方が強いじゃないか。」

「クソガキが。」


前から漏れ聞く会話に、心身ともによろけながら香村は死体置き場に辿り着いた。

どうやら演習は最後まで続いたらしい。

午前十時の終了時に的確に畳まれた機甲化部隊と共に、内藤、南田以下が野戦司令部に帰り着いた時点で特区部隊の死者は七人、G倶楽部は三人だった。


「対G倶楽部戦を終了する。ご苦労だった。」

秋月中尉の横には西神と高任、そして黒い作業着を着たG倶楽部トップ、ロブの姿が在った。





「気付くのは早かったな、まさか被弾位置で知れるとは思わなかったが。良い読みだ。」

「出だしの勢いから見て突っ走るかと思ったけど、なかなか冷静だ。常に先を見越した動きも統率が執れていたし、他部隊のフォローも完璧だった。」

「特に陸戦隊の支援には見るべき物がある。撤退戦に強いとは聞いていたがあそこまでとは思っても見なかった。」

「マイナス要素は先頭に立ちすぎる事だ。フレアとの格闘は下に回すべきだろう。」

「其処まで信頼できる部下が居ないのか。」

「それは育てて無い無策と云うものだが、戦闘兵士相手では下には振れないのは良く解かる。だが、」

「そうだな、それは今後の課題として置こう。」

演習翌日の昼過ぎ、特別休暇を潰した香村は特区の事務所で怒涛の様な講評を受けていた。


参加者は秋月中尉、西神一曹、高任二曹の特区隊上官と、G倶楽部から伸して来たG倶楽部総帥のロブ、戦闘兵士のフレアとオリ-、スナイパーの森田教官ことモク。

陸短で教えを受けた教官が、実は華の第九期生でG倶楽部創立メンバーにして伝説と化した第一スナイパーで在る事実は香村の怒りの出鼻を完全に挫いてしまっていたのだが。


「兵隊が良い。香村の異常ともいえる反射に良く着いて行ってる。」

そのモクの低い声に応えたのはフレア。

「西神、お前が引き上げたと聞いたがまだ余力も有るな。何処まで引っ張れる?」

「二段階は。」

「では引き上げよう、体制を整えれば香村が楽になる。」

西神は頷いたが視線が頑ななほど床から離れなかった。

此処までの発言はG倶楽部オンリー、特区側からの声は無い。

まして主役は表情ひとつ動かす事も無く黙り込んでいた。

それに対して引け目を覚えるのは嵌めた事実を認識している特区の上官達だった。



「なぁ香村、そろそろ機嫌を直せよ。」

秋月中尉の声は香村の耳を通り抜けて行った。

「お前の能力が活かせないのは上にしてみれば歯がゆい事この上ない。だが、お前を特区から外せないのも承知している。立川連隊の虎の仔のG倶楽部と同様、特区が貴重な部署なのは周知の事実だしなぁ。」

「今回は此方からの申し入れだ。」

ロブの太い声が真っ直ぐ香村に向かった。

「俺はお前ごと特区が欲しい。勿論G倶楽部に入れと云う訳じゃ無いんだ、お前の才覚はG倶楽部の中では納まりきれない。特区でしか表現できない特殊な才だしな。」

不審げな表情の香村にモクが笑った。

「お前はな、香村。俺達同様の規格外の人間なんだ。G倶楽部とはベクトルやポテンシャルが異なるだけで・・・それでも一般とは全く違うんだよ。」

「自覚が無いのは恐ろしいな。」

独り言のように呟いたのはオリ-。

「出来ればその頭を割って脳回路を見たいものだが。」


香村は我慢に我慢を重ねてきたがもう限界だった。

G倶楽部の仕掛けに嵌まった事も、それが上官達まで承知だった事も今更どうでも良かった。

おそらくは全員が知って居て、知らないのが自分一人でも大した事じゃ無い。

こんな謀など鬼畜野郎の集団の陸軍なら当然だと知って居る。

香村が許せなかったのは、


「・・・それでいつまで続けるんだ、その陳腐な小芝居を。」

ごく低い声、感情を切り捨てた眼差しと身体中から立ち昇る怒りの波動は上官も陸軍最精鋭G倶楽部をも黙らせた。

「秋月中尉は無論、西神一曹と高任二曹もG倶楽部絡みだろうが、うちの連中まで小賢しく躍らせやがって・・・あの馬鹿どもに何を吹き込みやがった!!」

立場も官位ももはや消えている。


「奴らまで巻き込んで今更何のお為ごかしが通ると思うかっ!!」


何よりも可愛い部下だった。手塩に掛けて育てて来た子飼いだった。

確かに自分の育成は甘い。

西神に預けた僅かひと月でこれほど伸びるとは思わなかったが、それでも自分の、香村将史のかけがえの無い可愛い馬鹿な野郎共なのだ。

その奴等の馬鹿を逆手に取ったやり口だけは許せなかった。

まして香村をネタにして。


「俺はG倶楽部が何をしているかは知らん。だが予想はつく。あんた等同様の危険に晒されてあの馬鹿どもが生き残ると考えるほど脳天気じゃない。いくら西神が引き上げたとしても根本が違うんだ、奴等は普通の兵隊に過ぎない。」


部下を巻き添えにしない為に香村に出来る事は唯一つ。


「俺なら呉れてやる、好きに使えば良い。役に立たなきゃ捨てようが殺そうが構わない。だが、奴等には何が有っても手は出させんぞ。非合法部隊にするために育てた訳じゃ無い!」

言い切ってくるりと背を向けて出て行った。

それを見送って、


「甘い男だな。」

呟いたのはフレア、応えたのはロブだった。

「どの口がそれを云う、フェニックスの人柱が。」

ヘヘッと笑って肩を竦めた。

「返す言葉も無いな、確かに。だがいよいよ欲しくなった。」

「冷静にして果敢、多々の事案を同時進行で進めたうえで最終的に手の内に収めるか・・・」

煙草に火を点けてモクが呟いた。

「ディラン辺りが見たら精神分裂症の最も有意義な症例とでも云いそうだが、G倶楽部に無い才能なのは確かだ。」

その隻眼をふと向けて尋ねたのは、

「ダンテとしての秋月中尉の意見は?」


秋月中尉の顔つきが変わると物腰までがスイッチを切り替える様に変化した。

出された声は怜悧そのもの。

「この三か月張り付いてましたが、どうやらオリ-が云ったように自覚は無いですね。下の連中の動きが遅いとしか見ていません。自分の速さ、それものっぴきならない回転の速さをごく普通の物としています。どうしてG倶楽部で取りこぼしたのか不思議でしたが、おそらくは特区で培われた才覚でしょう。奴の引き出しならG倶楽部をも入れる事は可能ですが、奴が居てこその特区でも有るし、部下が居てこその香村です。組み込むなら香村だけでなく下の連中まで見なくてはならない。西神の檄で下も腹を括りましたが、香村自身があれではなかなか・・・」

「昔からあんな奴です。上には強いが下には脆い。」

西神に高任も頷いた。

「だからこそ慕われているんです。内藤、南田両士長ともに全幅の信頼を置いてます。転属が掛かったなら着いて行きますよ、何年掛かろうと。」

「それって拙いだろ。」

聴いたフレアにモクが笑った。

「一般部署ならこれほど拙い物は無い。だが司令本部も特区の特異性に気づいて居る。なにしろカリフが見ているからな、抜かりは無いだろう。」

「非合法部隊と云われたのは痛いな。」

苦い表情でロブが唸ったがフレアは平然と告げた。

「なに簡単だ。特区に此方が入れて戴け(いただけ)ば済む話だろう。日本陸軍の正規部隊に紛れて動けば大概の事は可能だ。裏の仕事は此方で済ませば良い、フェニックス基地以前の前例だって在るんだし。」

プッとモクが吹き出した。

「南米戦線のキッドと第一歩兵大隊か。昔の話を持ち出しやがって。あれはキッドの同期が居たから成り立った局地的突発事案だろう。」

「似た様なものだ、ダンテと西神が上官なんだから。

なんにしても戦闘兵士をあんな形で潰せる頭と腕は貴重だし、くせ者にしては兵士としての単純さを望む処は気に入った。

必要なら説得は私が出ても良いが、それはお前達で決めろ。

奴を知って居るのはお前達だし、多少は聞く耳も有るだろ。」


「・・・・あれば良いんですがね。」

答えた西神の声はどことなく沈痛だった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ