罠を絞る
G倶楽部任官初日は波乱の幕開けだったが、二日目からは通常通りの日々が始まった。
まずは名前を決める事。
ロブ曰く、
「俺に文才は無い。トーイが決める事になっている。」
全員が納得した。
神崎はハル、及川はオリ-、山田はランス、森がエランで遠藤はデイル。
高城はリオウとなった。
A倶楽部出身の慣れた周囲に劣らない筋力でリオウは疲れも見せずにマシントレーニングに打ち込み、既に二週間が過ぎていた。
九月に入ればフェニックス基地に研修に出かける事が決定しているが、今期の新人たちは浮かれもせずに基本トレーニングをこなし身体を作る事に取り組んでいた。
特にリオウは熱心だった。
モクが見る限り寡黙では在ったが誰とでも同じように話もし、僅かずつ馴染んできている。
鍛え抜かれた体格はしなる鞭の様に引き締まり、長身に加えて顔立ちも何処か気品さえある。
高い鼻筋、きりりとした眉、鋭い眼差しは若かりし頃のキリ-に似た雰囲気を漂わせていた。
フレアと並んで話をしていると特に往年のキリ-とキッドを彷彿とさせる。
戦闘兵士の訓練ではオリ-がやはり群を抜いていた。
速成でアリスが仕込んでいた為ナイト相手で既に躱す術を身に着けつつあるが、リオウはフレアが仕込んでいた。
「早いな、素材としてはどうだ?」
モクの問いにフレアは笑った。
「良いよ。何かやってるらしいし、危なげない腕だ。」
では危ないのは素性だけか、と呟いた。
フレアには告げて在ったがリオウのプロフィールに記載された自宅住所はモクには馴染の物だった。
今では七代目が継ぐ森田組を30数年ぶりに訪れたのは先週、義妹の息子は丁寧だが他人の様に伯父を迎え、きっぱりと言い切った。
『高城冬弥と云う名も、この写真の顔にも覚えが無い。』
裏を取りたくても既に湯川も仙堂も居ない。
モクの知る組員はなく明らかに代替わりした若い組の顔がそこに有った。
「焦る事は無いさ。」
若い声にモクが振り返ると歳に似合わぬ怜悧な眼差しとぶつかった。
「眼さえ放さなければいい。まだ単独任務なんか無いんだから大事にはならないだろう。」
確かに戦闘兵士としては駆け出しにもならないリオウでは現状一人で動く事は無く、事を起こしても幾らでも潰しは可能だった。
「イザとなれば強硬手段だって取れるしな。それよりハルとランスがかなり伸びてるらしい。ナイトが外回りに出したがってたぞ。」
軍事外交官を目指すハルは陸短時から週に二日、高村綜教授の特別講義を受けに彼の自宅に通っている。言語も概ね習得し必須であるフランス語やドイツ語、イタリア語などは実に流暢な発音であった。後は経験が物を云う。ヨーロッパのディランに付ける話は当然出ていた。
ランスについてはロブが仕込み始めた。
今すぐでは無いがロブは自分の後継と目しているようで、そうなればやはり海外経験は必須であろう。
「だいぶ形が着いて来たな、だが・・・」
モクの云いかけた言葉をフレアは正確に捉えている。
「そうなんだ。出すのは良いが此方が手薄になる。戦闘兵士だけでは弱いからな。キッドが云っていたコオハクシュリの様なオールマイティプレイヤーが欲しい処だな。」
探索や捜索、調査から任せられて腕も立つ人材が乏しい事は、今の立川連隊G倶楽部にとって大問題であった。
「そう云えば、ルウに聞いた事があるんだが・・・」
モクが四月に帰参して入れ替わる様にフェニックス基地に移動したルウがちらりと云っていた事を思い出した。
「G倶楽部の外注と云うか、先駆け的な仕事をしているのが二人ほど居る様だ。聞いた事は無いか?」
フレアが驚いたように首を横に振った。
「知らないな、そんな奴が居るのか。」
モクがそれを聞いたのはフレア達が初年兵訓練の真っ最中の事であった。
翌日、モクとフレアはロブに確認してみた。
「いやあ、云い難くてな。」
頭を掻きながらロブが云うには、圧倒的に足りない手を補うための苦肉の策だったらしい。
「ダンテが器用なのは知って居るだろう。眼を着けた奴をそそのかしてレンジャー試験を受けさせ、担当教官をしながら一人掴んだ。そいつが思ったより使えるんで去年もう一人拾ったんだ。そっちは事情が有ってまだ使って無いんだが、先の奴は大きな仕事まではさせて無いが調査や事後の経過なんかに使っている。」
G倶楽部の力からすれば半分ほどだと云いながらも、既にいくつかの仕事をさせているらしい。
「面白いな。」
フレアの言葉にモクも頷いた。
「使える物は何でも使えば良い。本人が承知してなら問題は無いだろう。」
二人の発言にホッとした様に、
「隠す心算じゃ無かったんだが・・・だらしのない話だし、いつ言うか迷っていた。」
フレアの眼が笑った。
「フェニックス基地では割と当たり前にやってるぞ、一緒に動くのは。部隊に立ち混ざれば表に出なくて済むしな。なにしろキッドは此処でヘリ倶楽部や空挺、陸戦隊なんかと混ざって動いていたんだし。」
「確かに。」
G倶楽部の創立メンバーのモクと、G倶楽部の申し子とも云うべきフレアに賛同されてロブは肩の荷を降ろしたように表情を緩めた。
「近い内に会わせよう、向こうも基地が違うし所属部隊の絡みも有るから此処だけにかかずらう訳には行かないが。」
頷くフレアを見ればこのままでは済まないとモクならば解かる。
だがその性格をまだ掴みきって居ないのか、ロブはのどかな顔で笑うだけだった。
奴は自覚が在るのだろうか、とモクは表情を隠す様に煙草に火を点けながら考えた。
フレアが立川連隊G倶楽部に関わり始めて此の方、完全に鼻面を掴まれている。
当然掴むだけではなく、思う様引き回されても居る事を。
確かにかつての総帥、神藤中佐やジ-ンよりもレベル的には遥かに劣るロブでは致し方も無いが・・・あの時期は全世界を巻き込む戦争直前でジ-ンの後継を育成する間も無かったが、いったん途切れた繋ぎは二十年経った今、思ったよりも大きな問題となりそうだった。
この先では無く、今。
ジ-ンの後継としては戦闘兵士ながらも幅広い才を持つキリ-が居たが、あの時期では温存して置く訳にも行かなかったし、何より戦闘兵士としての腕が飛び抜けた存在だった。
しかも今となってはフェニックス基地の司令として立っている。
現段階でモクに出来るのはロブを育成して補佐をする以外に無さそうだった。
「・・・と云う訳だ。まぁ今更俺が云うのも何だがな。」
モクが自らの考えを伝え相談したのは当然ナイトとアリスだった。
ナイトが大きく息を吐いた。
「言い訳はしたく無いが他に居なかった。経験を積めば何とかなるだろうとの見越しで決めたんだが・・・済まない。」
「お前が謝る事じゃ無いさ、俺にも責任は有る。まして時代は違うしな。なるべくフォローを入れて形を創っていくしかない。」
今から思えばあの頃のG倶楽部は何と優れた人材に恵まれていたのだろう。
軍事外交から戦闘兵士まで誰を取っても遜色の無い逸材が揃っていた。
云っても仕方が無いのだが、戦争さえなければとやはり考えてしまう。
(昔を懐かしむなんざジジイの証拠だな。)
苦笑したモクにアリスが眼を向けた。
「純粋な戦闘兵士のレベルに在るのはフレアとオリ-、育ってリオウぐらいだ。ヤックは厳しいしダンテは・・・ダンテこそ多方面で使った方が良いと思う。あれほど器用な男はそうは居ない。ただ、本人が何と云うかだが。」
なるほどと、モクが呟いた。
戦闘兵士崩れなら腕は確かだ。それなら基地局を任せられる存在になる筈だった。ハクやシュリ同様の仕事が出来るだろう。その方向で進めるならまずするべき事は・・・
「ナイト、G倶楽部の支援要員と早めに会わせてくれ。中を固めて外に繋ぐぞ。」
「承知。」
いきなりと云って良い程唐突にモクが動き出した。
元より整理された頭脳を持つモクである。目標が決まれば動くのは容易で動き出せば早かった。ロブとナイト、アリスでまずはG倶楽部の人員の整理を行い専門職種を組み替える。
戦闘兵士にはフレアとオリ-、些か問題ありだがリオウの三人。
それ以外の全員、バルーとシキ、ハルとランスに加えてヤックとデイル、エランにレインまでがナイトとロブに委ねられた。
徹底的な基地局要員の仕込みに入って言語、地理、そして各国の情勢までを改めて叩き込む。
その間にモクとフレアはダンテの拾った二人の支援要員と面談し、確かな手応えを感じていた。
動き始めて僅か二週間でモクは立川連隊G倶楽部を完全に掌握しきっていたが、早朝から夜半まで休む間もなく働き詰めで身体も頭脳もフル回転だった。
「何だって?」
G倶楽部本部で忙しく動き回るモクの脚をやっと捉まえたのはフレアだった。
「だから、そんなに無理をするなって云ったんだよ。」
怪訝そうな表情のモクにフレアは怒った様な顔を向ける。
「何で急にやる気になったんだか知らないけど、最近は話もろくに出来ないじゃないか。疲れて死ぬぞ。」
どうやら心配しているらしい。口の悪さに閉口しながらもモクは笑って答えた。
「今までサボってたからな、宿題が山積なんだ。来週にはフェニックス基地だしそれまでに形を整えたい。」
剥れたフレアの頬をつついて、
「悪いな、リオウをまかせっきりにして。もう少しで多少は落ち着くはずだ。」
「・・・解かった。でも無理はするなよ。」
無理をしてる気は無かったが今までの付けが溜まっているのは承知している。
本腰を入れ始めると今まで見ずに過ごしてきた何もかもがひどく緩く見えて居たたまれなかった。
総帥としてのロブの甘さ、レベルの低い部員、残された山積の課題・・・その総てが己の拙さに見える。まさにツケが溜まっている。
そしてこれが今のG倶楽部の本当の姿だった。
形を取り戻さないと顔向けが出来ない。
誰に?・・・
全力で戦い散って行ったあの仲間たちに。
天国の門で再会した時に笑えるように、これ以上逃げない為に、今のモクの全力で掛かるしかなかった。
遅ればせなのは百も承知。
だからと云う訳では無かったが、三週目に入ってだいぶ形が着いて来て、モクは久しぶりに早めに自室に戻ることが出来た。
シャワーを浴びると身体がぎこちない。
参ったな、と人には言えない体調の変化に苦笑しながら冷蔵庫のミネラルウォーターを出した処にフレアが怒った様な表情で入って来た。
「やっと帰ったか、無理をするなとあれほど言ったのに。」
「・・・お前は俺の母ちゃんか・・・」
思わずため息が漏れた。
ガキの癖にやけに心配するのはモクが父親よりも歳上だからだろうが、気に掛けて貰われるのは正直面映ゆい。
「ある程度カタは着いた。暫くはフェニックス基地でのんびりするさ。」
それでもフレアの表情は変わらない。
「晩御飯は食べたのか?」
聴かれて食事と云う存在を思い出した。
「その顔じゃ喰って無いだろ、作って来たから喰って寝ろ。」
手にしていた紙袋をテーブルに置き、
「ビタミン剤も有る。飲んでおけ、まだ死なれちゃ困る。」
モクに一言も云わせず言い捨てるとさっさと出て行った。
苦笑しながら開くと笑えるほど小さな二段重とスポーツドリンク、瓶に入ったビタミン剤が出て来たが、重箱を開けて思わず眼を見張った。
筑前煮と出汁巻き卵、魚の照り焼きにまだ温かいご飯が如何にも美味そうに湯気を立てている。何より驚いたのは元から食の細いモクに丁度いい量で、それが可愛いらしい重箱にまるでままごとの様に詰まっていた。
晴天のフェニックスの空港までは立川連隊から輸送機で運ばれ、其処に迎えが出ていた。
「エラ-!」
フレアが飛びつく。
モクが直接エラ-に会ったのは既に十四年前になる。
確かにそれだけの年代を重ねてきた男の顔は実に良い顔になっていた。
何処か中性的だった優しいそれは厳しい自然と更に過酷な状況の中で揉まれて、引締まり落ち着いた男らしい表情に変わって、悠長な動作に長い時間が如実に表れていた。
「久しぶりだな。」
がっちりと握った手は逞しい。
「貴方の帰還をみんな喜んでいる。そして、ようこそフェニックスへ。」
モクは言葉も無かった。
ポンコツのバスに荷物と人間を押し込みエラ-が笑った。
「一時間は揺られる覚悟をしてくれ、街が以前より北に広がったから少し遠くなったんだ。」
バスで良かったと思いながら、
「まだ広がってるのか、元気な事だな。」
「まったくもってお蔭様でだ。ふんだくって呉れた予算は有意義に使わせて貰っている。」
「俺達は何もしてないさ、暁が頑張ってる。」
ミラー越しに窓の外、広々とした景色を指してハルやオリ-に何やら説明するフレアの幼い顔を見てエラ-が笑った。
「だいぶ落ち着いたようだな、日本に行くまでは荒れていたから心配だったが。」
荒れる・・・?
不審そうなモクの顔にまた笑う。
「キリ-に聴いてくれ。それより早速嘉門からの依頼が有ったそうだな。」
「キッドが蹴っただろう、アルバインに行くのを断るとは思わなかったが・・・体調が思わしくないのか?」
フレアから聞いた時第一にそれを考えたが、フレアの前で迂闊な事は云えなかった。
母親を心配して落ち込まれると正直モクでは扱いに困る。
幾らクソガキでも女の子は難しいし、モクには苦手な分野だった。
「アルバート国王なら会いたいはずだが。」
だがエラ-は声を立てて笑った。
「いいや、あれは元気だ。断ったのは単にガードに向かないとキリ-に云われたからだ。判るだろ、あの顔と性格じゃガードとしての役には立たない。相変わらず花嫁を喰う派手な顔だし。
まあ確かに一日働くと翌日はきついらしいが、心配しなくてもキリ-ががっちり押さえているよ。その辺は昔と全く変わってない。」
フェニックスは十四年前には如何にも雑多な町だったが今もたいして変わらないと云う。
相変わらず一般市民と不法入国者、そして日本の入植者とG倶楽部員が入り混じって混沌とした賑やかしい街であるらしい。
「此処七.八年は中国人まで入り込んでいる。キッドとキリ-はそっちに強いから問題は起こってないし、李家絡みだから巧くやってるよ。」
問題なのはと続けた。
「日本陸軍だ。」
思わぬ名称にモクはハンドルを握る男を見返した。
「G倶楽部が作った街だから自分たちの物だと見ているらしい。公言するほど馬鹿じゃないが中南米からの避難民に良い顔をしない。」
旧アルカイダのヤケクソが放ったニューヨークへの小規模な核弾頭の余波で、水没した幾多の島から逃れた生き残りに手を差し述べたのはフェニックス基地だった。
中東担当のモクには僅かな救いとなったが、G倶楽部の任務を知らない日本陸軍の多くの軍人は何故フェニックス基地で受け入れるか解かって居ない。
安定している南米や立て直してきたメキシコ、アメリカ合衆国が見るべきとフェニックス基地司令のキリ-にねじ込んだらしい。
フェニックス基地陸軍統括責任者が昨年替ったからだと云いながら、
「まぁキリ-は歯牙にも掛けてないがね。文句を言うならキッドをけしかけるぞと脅していた。」
フレアを拘束した軍憲を潰す勢いで乗り込んだキッドなら、フェニックス基地に居る数百の陸軍なぞ片手で捻り潰すだろう。
「相変わらず・・・おかしな夫婦だな。」
自由奔放に走り回るキッドを制御できるのは未だにキリ-一人だったし、そのキッドの此処一番と云う時は完璧にフォローして目的を果たす。
一般的な夫婦では在り得無い。
やはりあの二人はG倶楽部の戦闘兵士として未だに確固たる存在感を示していた。
「大きな懸案としてはそんな物だが・・・ちびが来たから局地的な小規模嵐が発生しそうだな。」
キッドとキリ-に向けられていたモクの意識に思わぬ言葉が入って来た。
「暁?」
エラ-がニンマリと笑いミラーを確認しながら低い声で囁いた。
「奴に云わないでくれよ。ちびを追いかけて日本に行きたい奴が居るんだ。俺にプロフィールを作れと煩くて適わん。」
「・・・・・男か。」
呆れたようにエラ-が笑った。
「何を云ってる、当然だろう。あれが十歳からずっと追い掛け回して未だに諦めていない。ちびがうんと云えば速攻で結婚式だ。物も云わずに祭壇の前まで担いで行くだろう。」
言葉を失くしたモクにエラ-は勝手にしゃべり続けた。
フレアが五歳の時にキッドが拾ってきた当時十歳のメキシコ人の孤児は、他の拾い子たち同様に兄弟の様にコロコロ育てられたが、どう云う訳かフレアが十歳の時突然プロポーズしたと云う。
だがフレアはYESとは言わなかったらしい。
当然だろう。たかが十歳と十五歳では幾らませていてもガキのママゴトに過ぎない。
だがフレアが日本に来てからの二年間もエラ-に偽造書類を頼んだりキッドに泣き付いたりと諦める気配は無く、其処に今回のフェニックス基地研修が入った。
「手ぐすね引いて待ち構えてるよ。」
何とも云いようの無いモクにエラ-はチラリと視線を投げて指差した。
「着いたぞ。あれがゲートだ。」
北米大陸の西南に位置するフェニックスの街とは反対にフェニックス基地は空港を挟んで北に展開していた。
過去にモクが訪れた時と周辺の自然は変わらないが、確かに街自体は大きく様変わりしている。ゲートをくぐり良く手入れされた広大な農場と広がる牧草地、畜舎が遥か遠くに並びその間に多くの人間が働いていた。
以前と比べると遥かに規模が大きいし、レベル自体も上がっていた。
「これは大した物だ。」
モクの素直な賞賛にエラ-と隣にやって来たフレアが嬉しそうに笑った。
「人手だけは有るからな。」
賃金よりも喰えることが最大の目的の人間には、フェニックス基地は未だに駆け込み寺並みの有難さが在るとエラ-が笑った。
「ちびがもぎ取った予算で設備投資を出来たお蔭で、来期あたりは多少は黒字が出そうだ。巧くすれば自立の時期も早まるかもしれないな。」
住宅地と商業地区を挟んだ隣が工業地区、その向こうに病院や行政区。
それを越してG倶楽部の本部と難民地区、日本陸軍が整然と並んでいた。
エラ-はバスをG倶楽部棟の前で止め一行を降ろす。
「宿舎にはルウが案内するよ。」
と、云う傍から古びたドアが開きキッド、キリ-、イヴとルウがわらわらと現れた。
此処での最年長はモクだが一番若いキッドでさえも十八の娘を持つ良い大人だ。
その良い大人たちの心から嬉しそうな再会の場面は年齢など一切関係なく、若いG倶楽部員達に素直に伝わった。
「同じ時代を生きた繋がりは深いな。」
ハルの呟きにオリ-も頷く。
「俺達もああなるのかな、何だか想像できないが。」
ププッとランスが吹き出した。
「フレアなら良いが俺は御免だぞ、お前達に抱きつくのも抱きつかれるのも。」
笑ったオリ-が、
「お互い様だ。それにしても確かにフレアの母ちゃんは美人だな、良く似ている。」
「父ちゃんも格好良い大人の男だ。陸短の女どもが騒ぐはずだな。」
「ちびの男はどいつだ。」
ランスの声に被さる様な低い声が若手G倶楽部員達の後ろから掛かった。
振り返るとメキシコ系の一見年齢の解らない、やけにガタイの良い男が立っていた。
威嚇するようなきつい眼差しがハルからリオウまで流れる。
言葉は判るがその意味の解らない一行が顔を見合わせる。
「どいつだ、名乗り出ろ。」
ずいっと踏み出した脚が鋭い声に止められた。
「止めろ! ホセ!!」
母親と話していたフレアがスタスタと近づくなりハル達と男の間に割って入る。
「久しぶりの再会を喧嘩で始める気ならそれも良いが、私の仲間に手を出すなら許さないぞ。」
「・・・仲間だと? こんなガキ共の何処が良いんだ。もう日本など行くな、此処で俺と暮らせ。お前には狭い日本など似合わない。」
「相変わらず馬鹿だな。私はお前とは一緒にはならないと何度言えば解かる。まして今は大事な仕事が山済みなんだ。自分の事ばかりかまけて居られるか。」
遣り合う二人を見て、モクはこれが兄弟のように育ってフレアを望む男かと改めて見直した。
黒い瞳、艶やかな黒い巻き毛と褐色の肌。
自信に満ちた言動は若くフレアを本当に好きな事は解かる。
言い争う二人を収めたのはキッドだった。
「ホセ、客人に無礼は働くな。お前には仕事が在るだろう。さっさと片付けて来い。」
言い捨ててモク達に中に入る様に促した。
「済まなかったな、悪い奴じゃ無いんだが感情の起伏が激しくて。久し振りにちびに逢って・・・嬉しいんだろう。」
キラキラした瞳に見惚れるほどの唇が笑いかけると、ランスやデイルは年齢差を知って居てもドキドキしてしまう。
頬を染めた若いG倶楽部員にモクは苦笑するしかない。
知らないと云うのは実に幸せな事だ。
互いの紹介をして研修チーム一行はルウに宿舎に連れて行かれ、モクとフレアは打ち合わせの為に本部に残った。
「研修としては幾つかの細かい作業に着いて貰う。」
昔と比べると驚くほど柔らかな笑顔でキリ-が告げた。
「二週間しか無いからな、本当なら南米まで見せたい処だが厳しいだろう。その代りに俺とキッドの戦闘訓練とエラ-、イヴの情報端末機器の講義、北南米の情報ぐらいは詰め込める。銃火器は必要無いだろうが戦闘兵士とスナイパーとの連携は外せないな。」
如何にも嬉しそうにモクに眼を向けて続けた。
「何かリクエストが在れば、此処で出来る事であるなら引き受けるが?」
フレアが黙って居るのでモクが口を開いた。
「ガキ共は任せるが俺としてはお前達と打ち合わせておきたい。今後のG倶楽部の方向性と此処との連携だな。日本の方が恵まれているうえ今まで逃げて来た俺が今さら言うのも申し訳ないが・・・完全に箍が緩んでいる。鍛え直して本来の形を取り戻しておきたい。G倶楽部であると云う以上、甘さは必要ないからな。」
不思議な静寂が場を包んだ。
モクの一つしか無い眼に映ったのはキリ-の引き締まった表情と同様のエラ-、涙ぐんだイヴの肩をその手が軽く叩く。
「・・・やっと帰って来た。」
呟いたのはキッド。
「長い休暇を取ったから、これからはこき使うよモク。覚悟して働くんだね。」
「・・・・ああ、俺の残り時間はそう多くは無いだろうが全力で取り組もう。今まで済まなかったな。」
と、その眼をフレアに向けた。
「此処は良いぞ、年寄りの話に付き合っても詰まらんだろう。ハル達を見てやれ。」
一瞬何か言いかけて、だがフレアは黙って出て行く。
その背中を見送ってドアが閉まるとイヴが唖然としたように首を振った。
「モク、凄いね。さすがに華の九期生だけ有る。あのちびがあんな顔をしながらも云う事を聴くなんて。」
「まったくだな。」
キリ-も続けた。
「半野良キッドの上を行く野生児をよくもまあ飼い慣らした物だ。」
怪訝そうなモクにエラ-が笑った。
「ちびは此処では小山猫の異名を取ってるんだ。俺達でも気に喰わないと咬みついてくる。ホセは其処が気に入ってるようだが・・・」
「無理だと云ってるのにな。ホセ程度じゃ手に合わない。」
キッドの言葉にモク以外が笑った。
「・・・暁は口は悪いが素直で優しいぞ、気も付くし。この間は晩飯を喰いっぱぐれた俺に弁当を差し入れてくれた。キッド仕込だろう、旨かった。」
「トカゲの丸焼きか?」
「ワニだろう、得意なのは。」
「私にはアナコンダの串焼きだった。」
エラ-とキリ-とイヴの言葉にキッドが自慢げに胸を張る。
「野戦料理だけじゃない。サバイバルナイフ一本で野生の牛丸ごと一頭をばらせる腕だ。」
とてもじゃないがキッチンで作る料理じゃない。
聞くだけで食欲も失せる話に堪りかねる。
日本の何処に居るんだ、そんなモノ。
「筑前煮と出汁巻き卵と白身魚の照り焼き。」
溜息を吐きながらモクが呟くと一斉に声が上がった。
「何処で覚えた!!」
「俺が知るか!」




