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Stay by my side forever <中編>

 綾乃さんがブーケに選んだのは、赤いチューリップだった。ブーケとしては薔薇や百合の花が人気なのに、綾乃さんはあえてこの花を選んだ。丸くない、茎を束ねたシンプルなブーケを。俺の、誕生花を。

 花言葉は『愛の告白』、そして『永遠の愛』。もしかして、綾乃さん、知ってた? 何だ、俺が教えるまでも無かったのか。少し落胆しながらも、その何倍も嬉しく思った。


 そして、一つの祝電に、綾乃さんは顔を伏せた。


『徹さん、綾乃さん、ご結婚おめでとうございます。お二人がかけがえのない人と出会えた事を、とても嬉しく思っています。どうぞ末永くお幸せに』


 きっと、誰からの祝電か気付いたんだ。

そう。この素敵な祝電をくれたのはおそらくあの人だろう。

俺は次の祝電に耳を傾けながら、その人との会話を思い出していた。




「いらっしゃいませ。……あら」


 宝飾店の中へ入ると店長の女性が少し驚いた顔をした。俺の顔を覚えていてくれたのだろう。尤も、こちらも外から覗いて店長が居る事を確認してから入ったんだけど。


「お久しぶりですね、お元気そうで。ええと、確か前にいらっしゃったのは……」


「3年ぶりくらいですかね」


「そんなに前でしたかしら。今日はどのような物をお探しでしょうか。……もしかして?」


「……はい。結婚指輪を」


「まぁ! それはおめでとうございます! 今日はお一人で?」


「もうすぐ来ると思いますが、遅れているみたいで」


「そうですか。では奥へどうぞ」


 ずらりと結婚指輪が並んだショーケース前にある椅子へ座ると、紅茶を出され、店長直々に指輪の説明を受ける。


「二つの指輪をくっつけると一つのデザインになる、という指輪なども人気ですよ。裏に結婚式の日付やお互いの名前を刻印したりして」


「なるほど」


 差し出されたカタログには“2017.4.5”、“YUSUKE to SAYA”など、色々な刻印のサンプルが載っている。文字数に限りはあるけれど基本的に何を刻印しても良いようだ。婚約指輪には何も細工はしなかったので、今回は刻印してみてもいいなと思った。


「新郎様の指輪には、新婦様のお名前にtoを付けて新郎様のお名前、になります。fromを使う方もいらっしゃいますね。お二人のお名前をお伺いしても?」


「徹と綾乃です」


「あやの様……坂木様…」


「どうかされましたか?」


 俺達の名前を呟くと黙り込んだ店長に尋ねると、彼女は意を決したように顔を上げる。


「……恐れ入りますが、新婦様の苗字は……?」


「榊です。俺の坂木とは違って、神棚に供える榊です。面白い偶然ですよね」


 何故、と不審に思いながらも隠す必要も無いので、俺は漢字を宙に書きながら正直にそう答えた。

 その時、上着に入れていた携帯が音を立てる。


「綾乃さん? うん、先に店に入ってるよ。あとどのくらいで着きそう? ……うん、分かった、待ってる。急がないでいいからね」


 綾乃さんは昨夜遅番だったため、寝坊してしまったらしい。だから昼過ぎ集合にしようって言ったのに。俺に時間を合わせようと努力してくれるのは嬉しいけれど、そのせいで体を壊したら元も子もないのに。今度からはもっと気を付けなきゃな、そう思って携帯を仕舞った時だった。店長が遠慮がちに頭を下げた。


「申し訳ございません、私急に気分が悪くなりまして……」


「え? 大丈夫ですか?」


「はい。ただいま代わりの者を呼んでまいりますので少々お待ちくださいませ。あの、あの……坂木様」


「はい?」


「ご結婚、真におめでとうございます。どうぞ、お幸せに」


「え? ああ、はい。ありがとうございます」


 潤んだ瞳で見つめられ、その意味が分からずに戸惑う。

まさか俺に惚れている……訳じゃないよな、彼女の態度は祝福ムードで溢れている。

じゃあ、俺と同じくらいの息子が居る、とか。そんでその息子は幼い頃に病気か事故で……いやいや、考え過ぎだろう。

 釈然としないものを抱えながら代わりに来た女性店員とデザインについて相談していると、ようやく綾乃さんが店に到着した。


「ごめんなさい、遅くなっちゃってっ」


 綾乃さんは息を切らし頬を上気させている。よほど急いで走って来たに違いない。


「そんなに急がなくても良かったのに」


「だって、すごい遅刻しちゃったしっ。本当にごめんね」


 謝りながら咽た綾乃さんは、幾度か咳を繰り返し、そのせいで涙腺が緩む。

あれ、この顔……誰かに似てないか?

どこかで似た表情を見た気がする。それも、最近の記憶の中で。いや、ついさっき。


「あっ……」


「どうかした、徹くん?」


「いや、何でもないよ。指輪、どんなのにしようか。オーダーメイドのにする?」


「うーん、どれも素敵で迷っちゃうなぁ」


 見本やカタログを熱心に見つめる綾乃さんの横顔を見つめながら、さっきまでここに居た人の事を思った。店長のネームプレートには、川上と書いてあった。結婚したのだろうか、それとも旧姓なのだろうか。


 間違いない、彼女は綾乃さんの―――実の母親だ。




「結局決められなくてごめんね」


「いや、俺ももう少し選ぶ時間が欲しかったから大丈夫だよ。結婚式までまだ時間はたっぷりあるし、二人が気に入る物にしたいよね」


 宝飾店を出て並木道を並んで歩く。今日はこれから結婚式場で行われる模擬挙式に参加する予定だ。モデルの新郎新婦が挙式をするのを結婚予定のカップルが参列者として見学する事が出来て実際に披露宴の料理も食べられる。


「ごめん、ちょっと待ってて」


「え、徹くん?」


 急いで引き返す俺の背中に、戸惑う綾乃さんの声が届く。

 自分でも余計なおせっかいだと思う。だけど、他でもない綾乃さんの事だから。……放っておけなかった。


 俺はさっきまで居た宝飾店に戻って来ていた。


「な、何かお忘れ物でしょうか?」


 ぎょっとした顔をしながらも、俺の後ろを見て誰も居ない事に安堵する店長に、紙とペンくださいと言う。そして用意されたメモ用紙に、俺は結婚式の日取りと場所を走り書きして渡した。


「結婚式の日時と場所です」


 店長が―――川上さんがはっとした顔で俺を見上げた。

その顔は、雰囲気が彼女にとてもよく似ていた。俺がこの世で一番愛する、彼女に。


「来るも来ないもあなたの自由です」


 相手の返事は聞かずに俺は店を出る。信号で振り返ると、彼女はそのメモを見てぽつねんと佇んでいるのがガラス越しに見えた。その様子はまるで迷子のようで、そんな所も綾乃さんによく似ていると思った。




 ―――祝電と言う形で祝うのが精一杯だったのだろう。

 でも、大丈夫だよ。綾乃さんは強い女性だから、あなたの事をすでに許している。

再会を果たせる日もそう遠くないはずだ。


 綾乃さんが祝電の言葉を噛みしめるように目を閉じると、宝石みたいな涙が一粒、薔薇色の頬に零れ落ちた。




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