Stay by my side forever <前編>
婚姻届けの提出はあまりにもあっけなかった。
区役所の職員は俺の差し出した婚姻届けに不備が無いかを確認すると、「問題は無いようですね。はい、結構です。受理いたします」と言っただけだった。「おめでとうございます! これで晴れてお二人はご夫婦となります!」なんてノリはドラマの中だけみたいだ。それもそうか、そんなサービスをする暇もないくらい毎日たくさんの人が結婚して、同じくたくさんの人が離婚していくのだから。
横を見ると綾乃さんも同じことを考えていたみたいで、二人でほんの少し肩を竦めて微笑み合う。
結婚記念日をいつにするかは、結構悩んだ。出会った日とか付き合った記念日とか、たくさんの候補があった。お互いの誕生日が10月と3月だから、5月や7月にして記念日をばらけさせようか、そしたら一年中なにかしらの記念日でお祝いが出来て楽しいね、なんて意見もあった。だけどその時期はお互い仕事が忙しく、俺も新しい環境に慣れるので精一杯だろうということで結局秋以降、という事になってしまった。
俺は別に気にしていないけれど綾乃さんは年齢をすごく気にしているようだ。最近は30代をいくつも過ぎてから結婚する事なんてさほど珍しくもないけれど、年齢差もあってどうしてもこだわってしまうみたいで、口に出す事は無かったけれど綾乃さんの気持ちはすぐに分かった。俺としてはプロポーズした直後にでも結婚したかったくらいだから問題は無い。ほら、俺って独占欲と所有欲は人一倍だから。
後は一刻も早く安定した収入を得られるように努力するだけだ。まあ、自信はあるけどね。
それから俺たちは結婚式場へと向かう。
新郎の準備なんてあって無いようなものだ。俺はコーヒーを飲みながら時間を潰し、ささっと着替えると集まった親族らに挨拶をした。
「正臣叔父さん、今日は来てくれてありがとう」
「あ、ああ……。甥っ子の結婚式やからな、当然やろ」
正臣叔父さんが俺の言葉にぎょっとした顔をする。彼とは時子さんの土地の譲渡という形で一応和解をしている。過去の経緯から決して仲良くはなれなかったけれど、それでもこんな言葉を言えるようになったのは綾乃さんと出会えたからだ。彼女が居なかったら俺はいつまでもひねくれた子供だったに違いない。
「徹ちゃん、……結婚おめでとう」
その後ろから従妹の莉衣菜が振袖姿でぴょこんと顔を出した。その表情はやや硬い。
「ありがとう、着物綺麗だね」
「もう、綺麗なのは着物を着た私やろー?」
頬を膨らました莉衣菜が俺を叩く真似をする。それが可笑しくて俺も笑う。
「徹ちゃん、絶対に幸せになってね」
「うん、もちろん、幸せになるよ」
「絶対やけんね? 約束して。徹ちゃんは絶対に幸せにならんといけんよ?」
「莉衣菜……」
目にたっぷりと涙を湛えた表情を見て、俺はそこで初めて莉衣菜の気持ちに気付いた。
「うん。幸せになるよ。絶対、幸せになる。約束する」
俺のしっかりとした返事に、莉衣菜はようやく笑顔を見せた。
「ご新婦様のご用意が出来ました」
その言葉を聞いた途端、俺は居ても立っても居られず控室へと向かった。逸る気持ちを押さえながら部屋へと入る。するとそこにはウェディングドレス姿の女性が後ろ向きに座っていた。
「綾乃……さん?」
俺の言葉に、その人はゆっくりと立ち上がる。そして、振り返った。
そこには、見た事も無いくらい美しい女性が立っていた。
純白のドレスに包まれた、華奢な肩。透き通る白い肌。俺を見つめる、潤んだ瞳。今すぐに誓いのキスをしたくなるような色付いた唇。
「徹くん。どうかな? 変じゃない……?」
恥ずかしそうに尋ねる綾乃さんを、周囲の目も気にせず抱きしめそうになる。
「綾乃さん……すっごく綺麗。こんな綺麗な花嫁さん、生まれて初めて見たよ」
気の利いた言葉なんて言う余裕すらなく、うわ言のように感想が口をついて出た。
本当に“花”みたいだった。
花みたいなお嫁さんだから“花嫁”、先人はうまい事を言う。
一輪の花のようにたおやかで儚げで、それでいてしなやかで凛とした美しさがある。
綾乃さんってこんな綺麗な人だったんだ。知っていたけれどこれ程までとは思わなかった。我を失い、魂を奪われる程に、俺の目は綾乃さんに釘付けになっていた。
俺は世界一美しい花嫁を貰う、世界一幸運な男だ。
きっと世界中の男に嫉妬されるに違いない。




