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Only you are seen

 人の記憶は、どのくらい鮮明なのだろう。嫌な記憶は日々薄れ、良い記憶は日々美化されてゆく。

 だが、たまに忘れていたはずの記憶が甦る事がある。それはどこかの景色を見た時だったり、誰かのささいな一言だったり。


 そして俺の過去の記憶がフラッシュバックしたのは、綾乃さん手作りのハンバーグを食べた時だった。少しだけコクがあって、野菜の甘みを感じて、でも本格的過ぎない、家庭の味。遠い日に母親が作ってくれたハンバーグと同じ味がした。もちろん、正確には違う味なのだろう。

 だけど、口に入れた瞬間に子供の頃の記憶が鮮明になるほど酷似していた。その時の家の様子――匂いや温もり――や両親の笑い声が聞こえそうなほどに。こんな偶然ってある?


 俺が沈黙したせいで、料理が口に合わなかったのかもしれないと彼女が慌てる。まさか母親を思い出して涙が出そうになった、なんてマザコン発言を言える訳も無く誤魔化すと、綾乃さんは不思議そうな表情をしながらも、何とか納得してくれたようだ。


 別に母親に重ねてるわけじゃないよ。

だって、こんなに綾乃さんを抱きたいと思っているからね。


 そして恥ずかしそうに出されたケーキは、幸せの味がした。うまく膨らまなくて、という言葉通り、見た目は売り物のケーキとは雲泥の差。だけど、その味も逆の意味で雲泥の差だった。売り物じゃこうはいかない。来年はもっと頑張るから、という言葉に有頂天になった。綾乃さんは最近こういう風に何気なく未来の約束をしてくれるようになった。それがたまらなく嬉しい。必死で我慢したけど、きっと彼女にもバレているんだろう。


 綾乃さんを抱きたくて抱きたくて仕方が無かった。きっと、彼女を一人の女として意識し始めた時から、ずっと。

 プレゼントがあるの、と言う綾乃さんの言葉を半ば無視して、俺は彼女をベッドに押し倒した。不安に揺れる瞳。怖がらせたか? 一瞬手を引きかけたけれど、その瞳に拒絶の色が無いことが分かって、俺は心底安堵した。怖がらせたい訳じゃない。


「二度目なのにこんなに緊張しちゃうなんて」


 固まっている綾乃さんの緊張を(ほぐ)そうと話しかけると、思ってもみない返事が来た。二度目? 一瞬()の男の事かと勘違いしかけて、あ、と正解に思い当たった。

 そうだった、彼女は俺と一度寝たと思ってるんだった。ファミレスで俺に土下座しそうになっていた彼女を思い出してくすりと笑みが零れる。その様子があまりにかわいくて、俺は彼女の誤解を解かずにいたんだった。実際は谷間を拝ませてもらっただけなんだけどさ。そんなことすらどっかに行っちゃってた、なんて、どんだけ余裕無いんだよ、俺。


 思った通り、綾乃さんは初めてだった。

処女信仰なんてものは無いけど、それが死ぬほど嬉しい。彼女が知っているのは俺だけ。今までも、そしてこれからも。綾乃さん、覚悟はいい? 他の男が欲しくなる暇もないくらい、数えきれないほど抱くからね。


 幾度となく想像した、綾乃さんの身体。そのどこまでも白い肌を目にした瞬間に我を忘れた。目が、指先が、細い身体が、彼女の全てが俺を誘う。

彼女の名前と、好きだという言葉。

 この世にはこんなに言葉が溢れていると言うのに、俺の口から出るのはその二つだけ。なのに、伝えたい気持ちは後から後から溢れてくる。だから、何度も何度も名前を呼んだ。数えきれないくらい、愛を囁いた。


 愛してる。

その手も声も、何もかもが愛おしくてたまらない。

あなたは、俺のもの。そして俺は、あなたのもの。


 あなたが居ない人生を、俺はどう送って来たんだろうか。

あなた無しでは生きられないのは、俺の方。


 綾乃さんは、最初唇を噛みしめて堪えていた声を、徐々に漏らす。

蕾だった花が、開くように。その吐息が、仕草が、俺を煽る。高ぶる感情を必死で押さえ、彼女が反応する場所を無我夢中で探った。


 初めて触れる、彼女の全て。

知らなかった。俺ってそっちの方面は淡白な方かと思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。好きな相手と抱き合う事が、こんなにも楽しくて飽きないなんて。

 何度キスをしても、何度抱いても、一向に落ち着く気配が無い。もっと、もっと、彼女に近づきたい。一つになりたい。いやむしろ同化したいとまで思う。繋がれば繋がるほど別々の生き物なのだと分かり絶望しつつ、だからこそこんなに求めあい、そして震えるほど愛おしいのだと歓喜する。


「徹くん。……大好き…」


 目じりに涙を浮かべて、彼女が囁く。

俺も泣きたくなって、彼女を抱きしめた。キスをして、髪を撫でて。

綾乃さんが俺に応えようと手を伸ばして抱きついてくる。

二人で高みに昇って行くのが分かる。

そして、―――俺は綾乃さんの中に全ての愛を注ぎ込んだ。


 我に返ると、綾乃さんがぐったりとしていた。

やばい、最後の方は自分のことに必死で無理をさせてしまったかもしれない。

汗ばんで額に貼りついた髪を耳に掛けると、彼女が目を開いた。


「綾乃さん? 大丈夫? 身体キツくない?」


 ここで綾乃と呼べないのは、慣習のせいなのか俺がヘタレなのか。


「うん、大丈夫。最初は……痛かったけど、今はもう……。それよりも私寝てた?」


「ちょっとだけ」


 寝てたというか、気絶してたというか。


「ご、ごめんね。何か途中から訳分からなくなって、ふわーとなって……その、き、気持ち良くて……」


 真っ赤になって謝る綾乃さん。後半はもう、聞こえないくらいの小声だった。

 綾乃さんも気持ち良かった? 安心した。自分勝手に動きすぎて、気持ち良いのは俺だけかもしれないと思ってたから。

 それに、その顔は反則だよ。せっかくこれ以上は遠慮してあげようと思ったのに。

 静まったはずの身体に火が付いてしまった。消せるのは綾乃さんだけなんだよ?


 耳元で愛してると囁くと、彼女の身体から力が抜けるのが分かった。

耳が弱いってことはすでに習得済み。それ以外にも、綾乃さんの感じるポイントは全て覚えたからね。

 止めてって言われてももう止められないよ。俺をこんなに夢中にさせたあなたが悪い。

こんな俺にした責任は取ってもらうからね?


 俺はこの期に及んで恥ずかしがる恋人を、強く強く抱きしめた。



Only you are seen:あなたしか見えない


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