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永遠の別れ

 僕はまだ、夢の中にいた。

 夢では雨の中、お父さんとお母さんの葬式が執り行われていた。知らないおじさんが喪主っていうのを務めた。親戚のおじさんらしい。


 僕は今まで親戚に会ったことが一度も無かった。それはどうやら、お父さんがお母さんと駆け落ち同然で結婚したかららしい。お父さんには許嫁がいたらしんだけど、お母さんに会ってそれを断り、勘当されていたようだ。子供には分からないと思っているのか、葬式が終わると親戚だと名乗る知らないおじさんとおばさんが声をひそめることもなく話していた。悪い女に捕まったから罰が当たっただの、これで遺産の相続人が一人減って万々歳だの、あの二人の子供なんて引き取りたくないだの。


 勝手にやって来て、勝手な話をするそいつらは汚く、醜かった。

誰ひとりとしてお父さんとお母さんの死を悲しんでない。


 ……死んでしまえばいいのに……


 僕がそう思った時、葬儀場の表にタクシーが止まり、中から白髪の上品な和服姿のおばあさんが傘を広げて降りてきた。

 お母さん、おばさま、と窓越しに和服の女性を見た醜い奴らが口々に呼びかける。そのおばあさんはそいつらに目もくれず、辺りを見渡して僕と目が合うと、つかつかと近づいてきた。こいつもあいつらの仲間か、と僕はおばあさんを睨みつける。


「あんたね? 忠臣の子供の徹っていうのは」


 おばあさんは訛りのある言葉で話しかけてきた。上品な見た目と裏腹な言葉遣いに僕は少しだけ驚いた。


「そうですけど、あなたは?」


「うちは忠臣の母親たい。あんたのおばあちゃんやね。この雨のせいで、がば飛行機が遅れて葬式に間に合わんかったったい。ごめん」


「……」


「今まで会ったことなかけん、知らんのもしょうがなか。うちは忠臣のことをどうしても許すことが出来んかったとよ」


「……」


「うちが馬鹿やった。まさか忠臣がうちより先に行ってしまうなんて思いもせんかったったい……」


 そういっておばあさんは目尻からすぅっと涙を数滴零した。僕はポケットからハンカチを取り出すと、おばあさんに手渡した。ありがとう、と言って涙を拭くと、おばあさんは焼香をあげた。そして長い間二人の遺影を見つめ、また、ハラハラと涙を零した。僕はそれをじっと見ていた。焼香が終わると、おばあさんはまた僕の所にやってきて、隣の椅子に座った。


「徹。うちと一緒に暮らさん?」


「……」


「福岡やけん、友達とも離れ離れになってしまうけどもなぁ。でもうちは一人暮らしやけん、気兼ねせんでよかよ」


「……行きます」


 僕はとまどいつつも即答した。僕はまだ子供だから、親族か施設に引き取られるのは分かっていた。あの醜いやつらに引き取られるくらいなら、施設の方が何倍もマシだと思っていた。でも、このおばあさんはお父さんとお母さんのために泣いてくれた。それだけで、理由は十分だった。

 正直、思い出のいっぱいつまった家に帰るのも辛かったし、学校での友達の反応も怖かった。いきなり両親を亡くした僕に、向けられる視線を想像しただけでも耐えられなかった。どこか遠くへいってしまいたい―――そう思っていたんだ。


 そして、いつの間にか僕の両目からも水が溢れていた。ひざにぽたぽたと垂れて、初めて気付いた。両親が死んでから初めて流す涙だった。


 あぁ、これは悪い夢じゃないんだ。

本当のことなんだ。

お父さんとお母さんは、本当に死んでしまったんだ。

たった一人、僕を残して。


 こうして、息子夫婦を亡くしたおばあさん―――時子(ときこ)さんと、親を亡くした僕は一緒に暮らし始めたんだ。



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