運命の輪
『え? サイズ?』
受話器の向こうから明るい声が響いて来る。後ろから聞こえるのは愛華ちゃんだろう、とぉちゃんとお話したいぃ~と駄々をこねる声が聞こえてきた。
真理子さんの娘の愛華ちゃんは何故か俺に懐いてくれていてすごく可愛い。そしこれが自分の娘だったりしたらもっと可愛いんだろうなぁ。しかもそれが綾乃さんソックリだったりしたらどうしよう、なんて気が早すぎ?
「はい」
『私はね~、9号!』
「あ……ええと、あの、真理子さんじゃなくて、綾乃さんの……」
『ふふっ、分かってるわよぉ。ちょっとからかっただけじゃないっ!』
「勘弁してくださいよ……」
『スリーサイズを答えなかった分、これでも遠慮したんだからぁ。これも修行の一環よ~?』
何の修行だ、何の。
心の中で盛大にツッコミつつも、ここは黙っておく。この人を怒らせたら大変な事になるのは分かっている。こんどは腹パンチだけじゃすまないかもしれない。少々からかわれるくらいがなんだというのだ。人はこうやって大人になって行くんだなあ、きっと。
真理子さんは心底可笑しそうにケラケラ笑った後で、綾乃は8号よ、と教えてくれた。真理子さんが結婚指輪選びに綾乃さんが同行し、その時についでにと測ってみたことがあるらしい。
「8号?」
俺はパソコンで当たりを付けておいたHPを見ながら首を傾げた。そこには7、9、11、13と奇数刻みになっていたからだ。間が抜けている事には気付いていたが、そうゆうものなんだろうと気にも留めなかった。
『あ、もしかして綾乃にあげたネックレスと同じブランドのにしようとしてるんでしょ? あそこは8号にするならお直しが必要になるから、早めに買わないと間に合わなくなるわよ~。でも、誕生日に渡すのならまだ大丈夫ね』
あのネックレスは綾乃のイメージにピッタリだったわ~さすが徹くんね、と褒められてるのか貶されてるのかよく分からないお言葉を頂戴する。
俺は女性の指の基本サイズってどのくらいですか? と聞いただけなのに、その一言でここまで話が進むとは。ほんと何から何までお見通しらしい。真理子さんの旦那さんが浮気でもしようものならすぐにバレるに違いない。恐ろしい女だ。
「ありがとうございます」
『頑張れよ~、青少年!』
お礼を言うと激励の言葉を叫ばれて通話が切れた。
青少年…少年…たしかに未成年だけど……これ、地味にダメージでかいな。
微妙に肩を落としてパソコンの電源をOFFにすると、俺は出掛ける準備を始めた。
着いた先は、さきほど見ていたHPのお店。
ガラス張りの店内に入ると速攻で女性の店員さんがいらっしゃいませと微笑みながら近寄って来る。落ち着いた物腰の仕事が出来そうな雰囲気を身に纏っている女性だ。
「何かお探しでしょうか……あら? 失礼ですがお客様、去年の今頃も当店をご利用されませんでしたか?」
「あ、はい」
良く覚えてるなと感心しながら頷くと、やっぱり、とその店員は会得顔で頷いた。
「お客様が帰られた後、うちの若いスタッフが騒いでましたから。明らかに恋人への贈り物を選ばれたと言うのに。それで、今日はどういったものを?」
「指輪を……」
「指輪ですね。今季はこのデザインがオススメとなっております。お値段もお手頃ですよ」
ネームプレートに店長・川上と書かれたその女性は、ガラスケースに展示されたカラフルなリングを指し示した。
「えーと、そういうものではなく」
「と、おっしゃいますと?」
「……婚約指輪を」
照れ臭そうに言うと、店長はまぁ!と驚いた声を上げた。
その声で他の店員や客が振り返ってしまい、かなり居心地が悪い。
こんな若い男が婚約指輪を買うなんて、デキ婚だとでも思われているのかもしれない。実際、俺が逆の立場でもそう思うだろう。そんな軽はずみな気持ちでここに来たわけじゃないんだけど、それを言う訳にもいかず。
「おめでとうございます!」
店長はそう言うと、奥の方にあるブライダルコーナーへと俺を誘導してくれた。
もうこうなったらとことん厳選してやる。毒を食らわば皿まで、だ。
冷や汗をかいた俺は変な開き直りを覚えた。
この前、待ちに待っていた物が届いた。
実際にこの目にするまでは信じられなかった。
確かに自分の名がそこにあると理解した途端、俺はいそいそとパソコンを立ち上げて指輪を探していた。
勘違いしちゃいけない。これはただの切符にすぎない。
これから長く苦しい日々が待っているんだろう。
だけど……夢見てもいいですか? 願ってもいいですか?
―――あなたが永遠に隣にいてくれる未来を。




