好き≒執着
一周年記念はどこに行きたい?
そう聞いた俺に、綾乃さんは久留米がいい、と答えた。
何で久留米?九州に行きたいなら、温泉や麦焼酎で有名な大分だって、黒豚や芋焼酎で有名な鹿児島だって…あれ、酒ばっかりだな。もとい、キュマモンってゆるキャラで一躍有名になった熊本、マンゴーとヤシの木の宮崎、カステラと夜景の長崎、他にも行くべき所は一杯あるだろう?
そんな俺の不満顔が伝わったのだろう、綾乃さんが「だめ?」と不安そうに首を傾げた。しかも、上目遣い。それを見た瞬間に、俺はあっさりと陥落したのは言うまでもなく。くそ、そんな可愛い顔して言うのは反則なんだからな。
結局行先は久留米になり、俺の提案に綾乃さんが乗ってくれる形でプロ野球観戦が決まった。
生で試合を見た事が無い綾乃さんにはとても興味深い経験だったようだ。球に合わせて忙しなく目線を動かし、いちいち歓声を上げる。その様子は見ていて飽きない。
そしてビールを美味しそうに飲む彼女もとてもかわいいと思う。一度酒で失敗して以来、綾乃さんはあまり酒を飲まなくなった。他の人の前では飲んで欲しくないけど、俺の前では大歓迎。だって、酒を飲むと綾乃さんは少しだけ甘えてくれるから。ほら、今も。博多駅に向かうバスの中で、綾乃さんから手を繋いで来てくれた。そんなことで幸せになってしまう俺って、何なんだろうと思う。子供か。
駅に到着すると、二度目だからか博多駅の構内にも妙に明るくなっていて、「徹くん、こっちだよ」と引率してくれたりして、どっちが地元人か分からないくらいだった。
前々から、市の方から土地を譲ってくれないかと打診が来ていた。
きっと何かの複合施設か何かを造る土地を探していたのだろう。俺はそれを断り続けていた。だって、ここが無くなるなんて信じられなかった。俺が両親と暮らした家はもう跡形も無くなっていたから、この家まで無くなってしまったら思い出が消えてしまう、そう思っていた。お願いだ、俺から全てを奪わないでくれ。ここが最後の心の拠り所なんだ、って。
だけど、綾乃さんがこの家に来た時に気付いたんだ。『あぁ、ここはもう俺の居場所じゃないんだ』と。絶望感とか虚無感とかそんなんじゃ無く、自然とそれを受け止める事が出来た。
それはきっと、さっきの出来事が原因だろう。
家に着いたら綾乃さんはまず仏壇に手を合わせてくれた。それがたまらなく嬉しいと感じる。そして綾乃さんは俺に言ったんだ。「明日はお墓参りに行きたい」って。
まさか、今回の久留米旅行はそのためだった?
「いいよ、お墓参りなんて。今仏壇に手を合わせてくれただけで十分だから」そう言った俺に、「そうはいかないよ」と彼女は首を振った。「ちゃんと挨拶させていただかないと。……ううん。私が挨拶したいの。徹くんのご両親とお祖母さまにお礼が言いたいんだよね。徹くんに出会わせてくれてありがとうございますって、直接言いたいの」
俺は照れくさそうに言われたその言葉に、熱いものが込み上げてきそうになるのを必死で押さえた。だけど、一度高ぶった感情はとても収まりそうに無かった。
お風呂を立ててくる、そう言って洗面所に逃げると、水で顔を洗って縁を強く掴んだ。
好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ、俺は綾乃さんが好きだ。とてつもなく、そしてこの上なく、綾乃さんが大好きだ。
この人に出会えて良かった。この人を好きになって良かった。
―――この人を好きになれる自分で良かった。
今ではどうして一時期だけでも離れていられたのか分からない。
自分のちっぽけなプライドなんて、さっさと捨ててしまえばよかったのに。
もう、間違えないから。
……今度こそ頼むよ、神様。




