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進歩と調和

「何でそんな事を言うんですか?!」


 最後の授業が休講になったため、少し早めに店に行くと、事務所から男性スタッフの非難めいた声が聞こえて来て、俺は立ち止った。


「ごめん、斉藤くんが頑張ってコーナーを作ろうとしてるのは分かってるんだけど、並べ方が……」


 相手の女性の声を聞き、それがすぐに綾乃さんの声だと俺は気付いた。対する斉藤というスタッフは最近入って来たばかりのパートで、元フリーターの25歳くらいの男だ。ゲーム担当なので俺と直接関わる事は少なかったが、少々自分勝手で認められたがりの目立ちたがり屋なのだとカズがボヤいてたっけ。

 入るに入れず仕方なく話が終わるのを待っていると、聞くともなしに二人の会話が耳に入って来る。どうやら、新作コーナーが手狭だったので什器を一つ増やし、そこに何を置くかで揉めているらしい。


「空いた棚を商品で埋めるのは、当然のことでしょう?」


「うん、その意見には私も賛成。だけど、その埋め方が問題なの。他の棚は上から下へ商品を展開しているよね。だけどそこだけ横方向に2スパンに跨って広げるのは見た目的におかしいと思わない?」


 その言葉に、俺は売り場の新作コーナーに目をやる。すると綾乃さんの言葉の意味が分かった。

 うちの店は一つの棚の上の方にビッグタイトルと呼ばれる有名なゲームを大々的に設置し、その下に似たジャンルの小タイトル商品を陳列している。

 しかし、その端に新たに設置された什器には、隣の什器にあった商品をそのまま横にスライドして広げただけになっている。

 はっきり言って、見辛い。それなら元々あった什器にビッグタイトルだけを展開し、新しい什器に小タイトルのゲームを並べた方がよっぽど見栄えがいいだろう。


「とりあえずの処置だから問題ないでしょう?3日後には新しいゲームが入荷するんですから。松岡社員も適当に埋めておいてって言われたし!」


 松岡社員というのはゲーム担当の男性社員だ。数日前から出張で不在だったはずだ。とりあえず、でやっつけ仕事をするなら、最初から何もしない方がマシだと俺は思う。棚が空いてるのが駄目なら、ゲームのポスターでも貼っておけばいいのに。


「……あのね、〝適当に〟って言葉は〝いい加減に〟って意味じゃなくて、〝ほどよく適切に〟って意味なの。例えとりあえずの処置でも、あの並べ方は間違っていると思う。だから、やり直して欲しいの」


「榊社員はレンタル担当でしょ、ゲームのことまで口出さないで下さいよ」


 懇切丁寧に説明する彼女に、斉藤は腹立たしさを隠す事も無く拒絶した。


 あ、やばい。こんな言い方されたら、綾乃さんの気持ちが折れてしまう。止めに入るべきだろうか? それとも、黙って見守るべき?


 ―――仕事とプライベートの境界線は、どこで引けばいいのだろう?


「……担当じゃないけど、私はこの店の社員だから、店全体を見る責任と義務がある」


 綾乃さんは、押し殺したような声でそう宣言した。

 ……泣くかと思った。泣き虫な綾乃さんは、喜怒哀楽すべてを涙で表現する。いつもスタッフを注意するときは自分が叱られたような顔をしていたのに。こんなに毅然と自分の意見を言えるような人じゃなかったように思う。

 綾乃さん、どこまで成長していくの。俺が追いつく前に、どんどん先へ行っちゃうんだから。


「分かる人が見たら、その店が手抜きしてるって考える。一度でもそう判断したら、その後どんなに頑張っても信用は取り戻せないものなんだよね。100個の良い所より、1個の悪い所をずっと忘れないのが消費者の心理なの。だから、あの陳列は認められない。やり直して欲しい」


 再び綾乃さんは斉藤に熱意のこもった声で要求した。

 自分でした方が圧倒的に早いのに、斉藤に丁寧に説明した上でやらせようとする。それが今後の斉藤のために、ひいては店のためなるからだ。それが人を〝教育〟するということか。


「嫌です! 俺はこんなに頑張っているのにどうしてそんなに責められなきゃいけないんですか!」


 斉藤がとうとう癇癪を起した。25歳だというのに、なんて幼いんだろう、と思った。


 ―――ここがデッドラインだ。これ以上あいつに言いたい事を言わせてたまるか。


 俺がドアノブに手を掛けて修羅場に突入しようと意気込むと、肩をぐいっと引かれた。肩越しに後ろを見遣ると同じく早めに来たカズの真剣な表情があった。

 ここは俺に任せておけ、とでも言うように大きく頷くと、俺を押しのけて事務所へと入っていく。


「まーまー、二人とも落ち着いて。今見てきたけど、確かにお客さんに分かりにくい陳列でしたよ。全部やり直さなくても、ちょちょっと直せば良くなりますから、斉藤さん一緒にやりましょーよ」


 先程の真剣な顔が嘘のようにへらへらした声が中から聞こえてくる。張りつめた空気が緩むのが外に居ても伝わって来る。


「佐藤……」「佐藤くん……」


「ほら、早くやらないと残業になっちゃいますよー?」


 そう言うと斉藤はしぶしぶといった感じで重い腰をあげたようだ。

カズが素早く制服に着替えて二人で売り場へと出て行く。カズが振り返って目配せしてくる。


 綾乃さん(そっち)のフォローは任せたぞ、とその目は言っていた。


 ……ったく、美味しい所横取りしやがって。


 俺はスタッフに強く言いすぎて落ち込んでいるだろう彼女に「綾乃さんは間違ってないよ」という肯定と「すごく格好良かったよ」という賛辞の言葉を伝えるために、再びドアノブを握った。



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