そして未来へ
「そういう徹くんはどうなの?」
「え?」
綾乃さんと反応と違って、俺は何のことか分からない、という演技をした。
「だから、森口さんとっ」
あの流れのまま何とか話を逸らそうとしたけど、失敗したみたいだ。
「いや? 俺は別に何ともなってないけど?」
俺はサラリと嘘をつく。
「ほんとに? 何も?」
綾乃さんは重ねて俺に尋ねる。
うん、何も、と返して笑顔を浮かべた。突然微笑んだ俺に、綾乃さんが怪訝そうな顔をする。
「どうして笑うの?」
「それ、ヤキモチだよね。嬉しいなぁ」
俺が喜んで見せると、もういい、もう知らない、とむくれる綾乃さん。
笑顔はもちろんだけど、怒ってふくれっつらをする彼女もめちゃくちゃかわいい。
まったく堪えてないない様子の俺を見て、綾乃さんは呆れて絶句した。
よし。これでセーフ。
俺はガッツポーズをした。心の中で、こっそりとね。
翌日、孝太郎さんの精密検査の結果が出た。
過労による不整脈などの症状、そして結石の発覚。入院が必要だけど、1週間ほどで退院できるとのことだった。
横で安堵する綾乃さんを見て、俺もそっと胸をなで下ろした。
彼女が東京に帰ると告げると、美鈴さんはあからさまにガッカリした様子を見せた。
「また、今度帰って来るから……お母さん」
綾乃さんの照れながら言った言葉で、美鈴さんは涙を零した。
良かった。二人はきっと本物以上の親子になれる。俺はそう確信したんだ。
孝太郎さんに向き直った綾乃さんは、父親に俺との関係をすべて話そうとした。だけれども、孝太郎さんはその話はもういい、とでも言うように手を横に払うと、疲れたから寝る、と言って布団をかぶってしまった。
どう接していいのかという照れくささと、まだ二人の関係を完全に認めたくないという気持ちが見え隠れしていた。
お父さんにちゃんと話したかったのに、という彼女に、俺は多分大丈夫だよ、という曖昧な言葉を与えた。何で、昨日お父さんと何話してたの。そう尋ねられ、俺は内緒だよ、と言って微笑む。
俺と孝太郎さんの間で交わされた会話。
それは俺の中で大切に仕舞っておきたいと思ったんだ。
男同士の約束、それは口に出すと無粋なものに姿を変えてしまいそうだったから。
孝太郎さん。あなたに託された想い、確かに受け取ったよ―――。
俺は寝た振りをしてるだろう彼がいる病室を見上げた。
雲一つない青空が、全ての窓に反射して煌めいていた。
「徹くん、誕生日おめでとう!」
その言葉と共に差しだされた赤いチューリップの花を見て、俺は今日が自分の誕生日だったことを思い出した。綾乃さんが自分の誕生日を忘れていた時は信じられないと思っていたのに、このザマだ。
だって、この頃色んな事がありすぎたから……っていうのは言い訳かな。
白い木を編んだような鉢に、赤が映える。
赤いチューリップ……花言葉は『愛の告白』。
俺の誕生花をわざわざ調べて贈ってくれたんだ。
きっと、綾乃さんの誕生日が終わった後で調べてくれたんだろうな。
それだけ俺が贈った花を喜んでくれていたということなんだろう。
その気持ちが、どんなすごいプレゼントを貰うよりも嬉しかった。
俺が笑うと、彼女も笑ってくれるから。
笑顔の連鎖は止まることを知らなかった。
―――でもね。
綾乃さん、知らないでしょう?
この美しく咲き誇る小さな花に、『愛の告白』以外の意味があることを。
知りたいでしょ?
……あのね。
この花にはね、『永遠の愛』っていう花言葉もあるんだよ。
いつか、教えてあげる。
綾乃さんが、俺に『永遠の愛』を誓ってくれる、その日に。
「今日は大分暖かいね~」
綾乃さんが繋いだ手を振りながら俺を見上げる。
そうか、春はもうすぐそこまで来ている。
俺が綾乃さんと出会った季節。
「そうだね。桜が咲いたら、花見にでも行こうか」
「……うん!」
彼女が幸せそうに笑う。その笑顔が俺を幸せにしてくれる。
そして俺達は歩き出した。
まだ見えない、未来に向かって。
「永遠の愛」の花言葉は、そんな意味があったらいいな~、という創作です。




